赤ちゃんはどこまで人間なのか

赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源

赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源



これはなかなかいい本だ.
発達心理学的な「赤ちゃんの心」の知見を通じて人の心の理解を解説しようという趣旨で進化心理学をふまえている.とてもいいのは視点の切り口がすっきりしていて統一感があることと,論点を絞っていてコンパクトにまとまっていること,さらに独自でかつきわめて説得力のある見解,主張がきちんと述べられているところである.

全体の統一は,人の心の本質は「赤ちゃんの心」そしてその発達を見ると理解が深まるというところにある.早くから発達したのだから「本質」というのは論証としてはちょっと微妙な部分もあるのだろうが,直感的にはとても納得できる.
特に力が入っている論点は芸術の本質,道徳の起源,嫌悪感,そしてデカルト的な魂の存在と宗教といったところ.

芸術の解説のところにはうならせられる.一見お馬鹿な現代芸術や贋作だとわかると価値が下がることに意味は,芸術には制作者の意図が重要視されているという要素があるのだと解説する.赤ちゃんの認知から説明されるのはなかなか快感である.基本的にはピンカー説の信奉者だった私だが,さらにより理解が深くなった気がする.

道徳については言語と同じく人には生得の原型的な道徳観があり,そこに教わった道徳が具体的に形作られるという主張である.利他的であることの究極因は血縁や互恵的利他で説明できる.問題は至近因としての感情.共感や思いやりは生得的であり,それはおそらくそのような性質があった方が人の集団の中ではうまくやっていけたのだろう.そして共感は模倣を通じて発達する.この辺は丁寧に説明されてなかなか説得的.
つづいての道徳の章は結構力が入っている.人の心の理解という主題を少し踏み越えて,どうすれば道徳の輪を広げて世界をよりよくできるのかという問題にも向かい合っている.
道徳の詳細は文化により異なる.そしてこの違いを超えて道徳の輪を広げられれば世界はよりよくなる.そのためには理性で「公平」を達成し共感を広げることだと主張される.
なかなかここは真摯に語られていてさわやかである.詳細では西洋の問題になる道徳問題がかいま見えて,そこも興味深い.(今の米国の主流の主張は「道徳の自由」だとか,獣姦とか国旗を雑巾にすることとかが「理由は説明できないが許せないもの」の代表だとか)

魂の問題と宗教は西洋知識人としては避けては通れないらしい.著者は人は生得的にデカルト流の精神と肉体の二元論であり,それはその方が適応的であったためであるという説明をするが,最後にはこれまで得られた知見によると二元論は真実ではあり得ないと認め,子供がどのように神の概念や不思議な話,自分で作ったファンタジーを受け入れるのかを説明する.ここへのこだわりは日本人にはよく理解できないが,逆に西洋知識人の感性が見えてきて興味深い.

簡潔な文体で訳文のリズムもよい.人の心に興味のある人にはぴりっとさわやかな一冊として推薦できる.