日本進化学会2006参加日誌 その1

今年は代々木の国立オリンピック記念青少年総合センター.いろいろな都合で3日間の開催ということになったらしい.このため第2日,第3日はぎゅっと圧縮された日程でなんと最終セッションは夜の9時半までだ.気合いを入れて全日程に参加してきた.


初日は午後からでメインシンポジウムと日本進化学会賞・木村賞受賞記念講演がメイン.
メインシンポジウムでは分子生物的な英語の講演が2つ.二つ目はゲノム中のGC比率がこれ自体自然選択にかかるという話のようだった.いろいろな生物で,あるいはゲノム中でGC比率が異なっていることが言及されることがあるのは知っていたが,その背景とか適応的意義がそもそもあるのかについては考えたことがなかったので,ちょっと新鮮,ただどこまで重要な現象なのかはよくわからなかった.3つ目は大御所赤澤先生のネアンデルタールの道具箱についての悠然とした講演.この悠然ぶりは大御所ならではだ.質疑応答で現代人類とネアンデルタールに遺伝子フローがあったのかどうかという質問に「どうでもいいと思っている」とお答えになったところは「あってほしかったのに・・・」という雰囲気が醸し出されて面白かった.


今年の進化学会賞,木村賞受賞は高畑先生.受賞講演は木村先生の思い出を語りながらご自身の業績を振り返るもので,昨年の長谷川先生の最尤法の講演と同じく淡々としたいい講演だった.中ではところどころ木村先生の中立説がなかなか世界から認められなかったことについてのトラウマが日本の遺伝学者に残っていたことがうかがわれた.



二日目は9時半-9時半の12時間.特筆すべきは長谷川眞理子先生の八面六臂の大活躍で,午前中の「霊長類-ヒトの進化速度のパラドックス」シンポジウム,午後一の「進化学夏の学校」午後二の「言語の起源と進化」と出づっぱりであられた.御喉は大丈夫だったのでしょうか.


まず1コマ目,大ホールのシーラカンスプロジェクトも,夏の学校1「植物の進化」も面白そうだったが,ここは迷わず「霊長類-ヒトの進化速度のパラドックス
形態・化石からみた人類の進化の概要の説明が海部先生から.最新の知見をふまえた復習といった感じで頭の中が整理された.咀嚼器官の進化傾向についてはこれまでそれほど興味がなかったのだが,草原に進出した名残で現代人類もエナメル質が厚いというのは頭の中にメモしておこう.アフリカの古気候についてもおさらい.またジャワ原人の専門家海部先生の見解としてはフローレス原人は80万年前にジャワ原人から分かれたホモエレクトゥスの島嶼における矮小種と考えてよいというのもちょっと収穫.
続いてヒトのY染色体の分子進化速度が速いという知見について.確かに興味深いが,何を示しているのかについてはこれからという印象.
最後に長谷川眞理子先生から「ニッチ構築とヒトの進化」ヒトの進化の理解についてはこれまで生活史戦略について軽視されているが,ここはとても重要だと考えているとのこと.特に離乳後の子育てに非常に手がかかるということと閉経後に長寿であることがチンパンジーと著しく対照的であり,子育て,採餌双方からみて社会の役割が大きくなり,親子の絆形成が重要になっている.これがヒトの心理に大きく影響を与えているはずだというもの.狩猟採集民の男性と女性の生涯獲得ネットカロリーの図は興味深かった.


1コマ目が30分押して昼休みは30分しかなかったが,5分で昼食をすませてポスター展示へ
時間が無くて余りじっくり読めなかったが,高橋麻理子先生のインドクジャクの研究が印象的.もう5年も6年も前にいくらデータをとっても,先行研究で示されているオスの上尾筒の目玉模様の数とメスの選り好みの相関が現れずに苦労していた研究のその後の進展が示されていた.ついに求愛コール回数との相関データがとれ,考察においてもマクジャクとの形態比較,共有形質の推定から求愛コールの方が新しく進化したメスの選り好み対象形質ではないかと推測されている.どん詰まりで厳しい研究プログラムがだんだん中身のある研究に深まっていて,なんだかみているこちらまでうれしくなってしまった.あとはインドまで行って求愛コールがハンディキャップであることを示せれば美しいですね.


続いて2コマ目は大ホールで進化学夏の学校2.またまた長谷川眞理子先生で「進化とは何か」.先生の著書「進化とは何だろうか」岩波ジュニア新書が実はシニアに読まれているとか,7年たったらもう古くて古くて改訂したいので買わないでくださいとか(そんなに古いところがたくさんあったっけ,ブライアン・チャールズワースのものが訳されてはいるが,今でも日本語の入門書としてはあれが一番だと思う)楽しいトークも満載でファンの私としては満足.進化を巡る6つの誤解の最後は利己的遺伝子のトンデモ本による悪影響と引き続きある「種の保存のため」の誤解.未だにいくら講義で説明してこれを書いたら単位はやらんといっても「種の保存のため」と試験答案に書いてくる東大教養課程の学生が20%もいるそうだ.ちゃんと不可をつけているのだろうか.国語の教科書とディズニーのレミングの映像が原因ではないかという推測だったが,私はNHKの自然番組を疑っている.さすがに最近はずばり「種の保存のため」とまではいい込まないが,全体のメッセージは似たようなものではないだろうか.


3コマ目はクジラの進化のシンポジウムも面白そうだったが,「言語の起源と進化(1)」に.
最初はまたまた登場の長谷川眞理子先生.今回もヒトの進化における生活史戦略の重要性の強調が主体.チンパンジーは2年半観察した.いろいろな類人猿の言語プロジェクトを一言で言うと,彼等は要するに別にしゃべりたくないのだという断言が印象的.類人猿の心の理論の研究は要するにはっきり結果が出ないという点が特徴で,視線研究からもチンパンジーには3者確認が困難であることが示されている.つまりヒトは他人と関わろうとすることに特徴があり,その社会性こそヒト進化の理解の鍵で,その詳細にせまるには生活史戦略が重要だという趣旨であったように思う.
次は山梨先生の認知言語学の紹介.この学問体系についてはほとんど知識がなかったのでお勉強になった.あとは藤田先生の生成文法の最新状況についての説明が参考になった.ミニマリストアプローチと「再帰性」の概念の重要性はちょっとお勉強しなければ.ということでフロアの岩波書店のブースでジャッケンドフの「言語の基盤」を購入してしまった.結構重厚で重い本だ.


ここで夕食.


さて4コマ目はどこに参加するか迷いどころだ.メインホールの現代進化学の論争もなかなか引かれるものがあるし,(特に矢原先生の「植物の自殖と他殖はどちらが有利か」が面白そうだ.松井先生の恐竜絶滅の話も興味深い)言語の進化の続きも気になる.さらに,保全生態学のシンポジウムも面白そうだ.(この7時半から9時半というすごい時間に面白そうなシンポジウムてんこ盛りというのはなんかすごい)しかしここは三中先生の科学哲学のシンポジウムに参加することにした.
まず森本先生の「決定論と確率概念」
行動生態学レプリケーターダイナミックスがシャノンの情報理論と同じ構造を持つという指摘はなかなか面白い.ただ私の感想としては前段はちょっと肩に力が入っていて振りかぶりすぎ気味だ.あとお願いですから(夏の学校2で長谷川眞理子先生も「進化にまつわる誤解」というところでお願いされてましたが)「進化論」という用語はお避けになっていただければという感想.せめて「進化学」とか「進化理論」とか,本来は「行動生態学レプリケーターダイナミックス」とか「集団遺伝学の遺伝子頻度の微分方程式系」とか表現していただければと思います.(長谷川先生は出版社から持ち込まれた本の企画について出版社が「進化論」という用語にこだわったので,「ここは私は譲りません,どうしてもというならおやめなさい」といって流したそうだ,すごい)
次は網谷先生の「種問題と哲学」
いきなり大フォントの「なんて勇気があるんだ」でつかみはばっちり.普通の生物学研究者の「とりあえずほとんどの場合使えるし便利じゃん」というところをうまくすくい上げた枠組み.話も分かりやすかったし,好感を持ちました.
続いて南部先生の「生物はいかに体系化されるべきか」
系統樹と分岐図について,真の系統樹という概念を認めるのか,因果律をどうとらえるかから理解しようというもの.私にとって因果律についてはデネットの「自由も進化する」を読んで以来一筋縄ではいかないという強い印象があってここは興味深い話題だった.
最後は田中先生の「道徳律の進化」
D. S. ウィルソンの群淘汰についてと進化の目から倫理を考える方向について.群淘汰についてはストレルニーとソーバーが何を言っているのか私のお勉強不足を痛感.ストレルニーを尊敬しているということで今後大いに期待したい.
予想よりずっと面白いシンポジウムであったがすでに9時40分.三中先生の総括コメントを期待したが,それはなくお開きになった.


ということで大会2日目の夜は更けていった.(この項続く)


購入した「言語の基盤」

言語の基盤―脳・意味・文法・進化

言語の基盤―脳・意味・文法・進化