日本進化学会2006参加日誌 その2

大会3日目



朝の1コマ目は「人類進化の新展開」
進化学の教育と研究を考えるというワークショップにもかなり引かれたが,今回の大会はヒト進化関連のセッションが多いので集中して聞くことにした.
まずは化石の特徴からみたヒト進化のおさらい.続いてジャワ原人について.当然ながらフローレス原人についても話があり,形態的にみても,全体の形,骨の厚さ,おとがいがないことからみてホモサピエンスとは考えられないということであった.ただ大腿骨,骨盤には一部猿人的な特徴もあるとのことで興味深い.また彼等はウォーレス線を越えているというのもひとつのミステリーらしい.絶滅は現代人類が到達した5000年前よりさらに古く1万年前の火山爆発のときだろうということであった.
続いてネアンデルタール人,そしてホモサピエンスについて.化石や考古物の発掘(特にアフリカにおけるいろいろなシンボル革命を示す考古物)が進み,これまで謎とされていた3万5千年前から5万年前の認知爆発説はヨーロッパ考古学の発掘成果から見えたバイアスにすぎず,間違いということがほぼ明らかになっているといえる段階らしい.あと現代人論争がほぼ決着がつきつつある中で多地域進化説の最後の変容として「アフリカ起源+頻繁な遺伝子交流」説になっていることが紹介され,しかしジャワ原人とオーストラリア原住民の頭骨の類似は中間化石が出てまったく否定されたこと,最後に遺伝学の立場からテンプルトンががんばっていることが説明された.確かテンプルトンの説は2002年頃のネイチャーに載ってドーキンスのThe Ancestor's Tale(ついに邦訳が出たらしい.)に紹介されていて気になっていた話だ.現代人論争の最後の一幕になるのか.
最後に日本におけるホモサピエンスの渡来時期について近い将来面白い発表があるだろうということであった.


2コマ目は「進化学夏の学校4 古生物学」
これは結構面白かった.現代古生物学の潮流がよくわかった.まず導入でもさりげなく「時間的平均化」の説明が入り,実際のデータからいかにバイアスを取り除くかというところに力が入っていることが解説される.その後は化石記録の不完全性をいかに補正するかという統計的手法の紹介に次ぐ紹介.化石算出のある時代と実際の生息時代をどう確率的に補正して信頼区間を出すかとか,セプコスキーの始めた多様性の時代変遷の生データをどのように評価するのかについてのサンプリング確率を巡る議論,形態的多様性の異質性評価,進化的傾向があるかないかについての統計的検定などが次々と紹介されて飽きさせなかった.


3コマ目は長谷川眞理子先生主催の「社会性の進化」
これはとても面白かった.私的には今大会で一番興味深かった.
まず辻和希先生によるアミメアリPristomyrmex pungensについての発表.アミメアリが女王を持たないワーカー単為発生による集合的なコロニーを作る種だとは知っていたが,一部のコロニーに生じるラージワーカーについては知らなかった.こいつは通常のワーカーに比べやや大きく,(ラージワーカーが存在するコロニーについて分布図を作るとはっきりした二山形を示す)3つの単眼を持つという形態的相違に加え,行動的にもコロニーのために働かないという特徴がある.(じゃあ何でラージワーカーと呼ぶのだというつっこみがあとの質疑応答で入った.辻先生はラージフィーメイルの方がいいかもしれませんと答えていた)また遺伝的に解析するとはっきりと他のワーカーと異なる遺伝組成を持っている.ラージワーカー同士は他のコロニーのものも遺伝的にきわめて近縁である.従来の考えではこれは何らかの女王的な性質が現れているのではないかということだったが,辻先生はこれはコロニーに寄生する寄生個体だとする.

行動生態学者の視点から見て,このようなチーター個体がコロニーにいたりいなかったりするというのはいろいろな実験観察が可能なまれな機会だということだった.特に実際にこのチーター個体は利己的に繁殖するがコロニーの採餌には協力しないので,コロニー内の頻度は増加するが,コロニー自体は他のコロニーとの競争上不利になり,まさにD.S. ウィルソンの主張する群淘汰の状況になる.またSoberによりこれはプライスによる共分散分離の解法と等価であることが示されており,これにより量的な形質の予想と検証が可能になる.
またフィールドの観察では紀伊にあるコロニーではラージワーカーが増加していることが示されており,短期的に増加があり得るとするとこのラージワーカーとの共存は30年以上観察されているのでなぜ長期間にわたって共存しているのかということも大きな疑問になる.仮説としては分散不足があるのではということでモデルを作って解析していた.

ワーカーもラージワーカーも単為発生による無性生殖種なのだからある意味別種による寄生関係ともいえる.また遺伝子型について系統解析するとラージワーカーは独立に2度進化していることが示された.

質疑応答ではまれには発生するオスと,これが遺伝子フローを起こしているかが問題になった.辻先生の解答は遺伝子フローの可能性はあると思うがまだデータがない.オスは発生ミスでごくまれに生じているのではという印象を持っているということだった,

面白い視点がてんこ盛りで充実した発表だった,別種の寄生関係としても動態モデルが作れそうな気もするし,そうすると群淘汰やプライスの解法とはどんな関係になるのだろうとか,やはり一回ソーバーについてはお勉強しなければと強く感じた次第である.(Unto Othersは買ってはいるけど積ん読状態だ)


次に韓国のChoi先生による繰り返し囚人ジレンマにおけるTrembleの重要性について
繰り返し囚人ジレンマにおいては,常に裏切り戦略と常に協力戦略とTFTのような条件付き戦略を考えると,初期条件にもよるが多くの場合条件付き戦略に向かって動態は動くが,いったん裏切り戦略が無くなると常に協力戦略がドリフトによって侵入可能になり,確率的にいつかは裏切り戦略が侵入できる領域に入ってしまう,いったんある領域にはいると今度は裏切り戦略のみがESSになるという問題がある.
ここで条件付き戦略にややきついもの(いったん裏切った相手には常に裏切り続ける)のようなものを想定し,かつまれに「手」のミスが生じる(これをTrembleと呼ぶ)ことを導入すると安定的に条件付き戦略がESSになれるというもの.

発表ではあくまで常に協力と条件付き戦略のみの混合体では2つの戦略に優劣がないとしていたが,条件を付けることにコストが少しでもあるなら上記混合体では常に協力が有利になり,裏切りがESSになるという問題は不可避になるので,なかなか面白い結果かもしれないという感想.


最後はやはり韓国のChoe先生による社会性クモについての発表.
このクモはまずMatriphagyで,一回の産卵で生まれた子グモに対してまず母親は無精卵を餌として与え,さらに最後は自分の身体を餌として与える.その後この子グモたちは共同生活を行い単独では倒せないような大きな昆虫を協力して狩りを行うというもの.自分の身体を食べるように誘っているような母グモとその後母親の身体に群がる子グモたちの姿とか協同の狩りの様子が動画で紹介され,衝撃的だった.
行動生態的には狩りにおいては最初に攻撃をしかける個体が餌のあまりいいところを得られず,次に参加する個体がおなかのおいしいところをとっていく,またこの最初に攻撃をしかける個体は常に最初に攻撃するという行動の固定制がみられる.これは利他性なのか,どうしてそのような行動が生じるのかが興味になる.
ただ発表ではその辺はこれからの研究待ちでまずは興味深い生態の紹介という感じだった.

このシンポジウムはいずれも大変面白く時間のたつのを忘れるほどであった.


矢原先生のブログにあるとおり,この社会性のクモの行動は,共食いが集団絶滅の兆候だ考えるのがいかにナイーブかということがよくわかる生態だ.もっとも共食いが非常に有利な形質でなぜもっとたびたび進化しないのかという方が問題だという矢原先生のご指摘には,目から鱗が落ちるような気がした.確かに食べるために殺し合ってはさすがにいろいろと問題があるのだろうが,別の事情で死んでしまった個体を食べるのは有利かもしれない.
そのような形質があまり進化しないのは,そのような形質を利用する寄生体が進化しやすいからだろうか.共食いをするという行動は,ホストを速やかに殺してそれを食べる同種ホストに乗り移るような感染病原体にとってきわめて強い病原性を進化させる淘汰圧になるだろう.
このクモの場合は母親が病気で死ぬわけではなく,特定のタイミングで子グモに提供するわけなのでこのような問題がないのだろう.
いや,本当にそうか.このタイミングを利用するような形質は進化できないだろうか.しかしその場合には強い病原性はないだろうから問題はないのかもしれない.このようなクモとそうでない近縁なクモを比較して内部共生細菌を調べると面白いかもしれない.



夕食後の4コマ目は「進化学の将来を考える」というパネルディスカッション.
前のコマのために大ホールを6時半まで借りると9時半までの料金を支払わされるので急遽企画したという裏話披露のあとパネルディスカッションに突入.いきなり斉藤先生が「物理帝国主義に・・・・」という話を振り,法則を見つけることについての議論が交わされたりして面白かった,その後も五條堀先生のうまい進行であまり堅苦しくない話が続いた.基礎科学を続ける意義と現在の政治的な状況,さらに若手研究者の今後などちょっと深い話も混じり(湯川先生のノーベル賞のあと大量に生じた物理研究者の中には恵まれない状況に追い込まれた人も多かったとの話にはちょっとはっとする)最後をしめるディスカッションとなった.

終了するとやはり9時半.なかなか濃縮大会であった.
企画運営された皆様にはこの場で感謝いたしたい.どうもありがとうございました.たいへん有意義でした.




早いタイミングで邦訳出版に漕ぎつけたドーキンスのThe Ancestor's Tale.何とか2冊に収めたようだが,上下巻でほぼ6720円だ.
原書の書評はこちら


祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

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積ん読のUnto Others


Unto Others: The Evolution and Psychology of Unselfish Behavior

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