読書中 「Moral Minds」 第7章 その3

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong




第7節は罰の続き.

きちんと認識して罰を与えることはむずかしいのだというのがハウザーの主張のようだ.罰を行うにはその状況で何ができるかという高度な判断が必要で,かつ相手の行動が意図的だったか偶然だったかを判断できなければならない.


第6節で見たように動物はだましとだまし検知ができる,では罰はあるのか?
クラットンブロックとパーカーが行った進化ゲームシミュレーションでは,順位制があり,劣位者が罰されなければ規範違反で利益を得る場合には優位者にとっては罰する戦略が合理的で,かつ報復がないのでこれは安定する.また劣位者も群れの競争力という点で交渉力があり,同盟もできるので優位者への罰も可能だということだ.


では実際の動物での観察例はあるのだろうか?
テリトリー制の動物の中には侵入されると追い回すものがある.順位制の動物には,劣位個体が食料を隠していたり,隠れて交尾しようといると優位個体が攻撃するものがある.劣位者がすべきでないことをしたと知ると猛然と攻撃する.どうも自分に直接的な利益があるなら罰は存在するようだというのがハウザーの見解のようだ.

間接的な利益に関するポリシングの証拠も弱いながらあると主張している.
ワタリガラスは貯蔵所に隠した食料についてはお互いの所有権を認め合う.そしてこそ泥をはたらく個体には所有者だけでなく,その他の個体も攻撃する.所有者以外の者はこそ泥が盗みをやめるなら将来利益を得るだけだ.また社会性昆虫の中にはワーカー産卵をお互いに抑制していると考えられている.


しかしこれらの例は(人の罰が問題になるよう)な協力関係を裏切ったような場合ではない.そのような例は動物では知られていないようだ.ハウザーは動物で協力関係を維持するための罰は非常に弱いか存在しないのだろうといっている.


ここでハウザーは罰することのコストを何故負担するのかという問題には触れていない.これは行動生態で進化を考えるときにはもっとも問題になるところなので,動物にこれが見られないときには有力な説明の仕方だろう.是非解説が欲しいところだ.



第8節は社会規範.

うまくできた社会規範は個体にとっても平均して適応的だ.
ハウザーは社会規範を重要視している.それは互恵的協力こそ黄金原則の基礎であり,これが適応的な心理メカニズムであるなら,この互恵原則は状況依存であり,誘惑の問題がつきまとう.そしてそこからどのようなときに協力するかという規範がヒトの道徳を考える上で重要なのだと説明している.


この章で見てきたようにヒトは協力関係を大規模に築けるということで他の動物と大きな系統断絶を起こしている.そして私たちは道徳を持つが,どうしてそう判断するかを説明できない.では何がヒトに独特なのだろうとかんがえてハウザーはここまでヒトと動物を比較してきた.


物事からその本質(原因,結果,行動)を引き抜いてくる能力は萌芽的ながら動物にも見られる.
忍耐する能力(喜びをあとにできる能力)はヒトがぬきんでている.また他人からのだましへの反応もヒトは独特だ.そして罰はさらに独特だ.ハウザーは罰についての進化心理学的な説明はまだないと考えているようだ.


ハウザーは動物に道徳があるかという問いについては私たちはまだ満足できる答えを持っていないといっている.ハウザーの本書の目的についてアナロジーを見せることにより,道徳とはどのような部品からなっているのか,どのように発達するのか,どのように進化したのかの科学的な質問を提示することだったとしている.


ここまで引っ張ってきてこのようなぐずぐずのまとめなので読んでいてちょっととまどってしまうところはあるがそれが正直なところなのだろう.ある意味本書はよくわからないところをさらけ出す試みともとれるのだろう.


ハウザーは最後のまとめとしておおむね以下のことをいっている.

ヒトは大規模に協力できるが,グループ間の紛争も産む.
グループ内では模倣とコンフォーミティバイアスに内集団びいきと強力な罰のシステムが加わって大規模協力できる.しかしこの基礎になっている規範セットは進化的過去に大きく関連している.これは現代のそして将来の道徳にとって大きな意味を持つ.直感的な道徳判断をするシステムは,自分たちの行動に原則的な理由ををつけるシステムと衝突する.それは私たちの環境が進化的な過去と異なっているからだ.
ロールズ的モデルは道徳的な正邪の判断を打ちまくる.カント的モデルはこのような直感に原理的な議論を打ち返す.そしてその中間で,ヒューム的なモデルは苦悩を作り,どちらかに傾くのだ.


長らく読んできた本書もエピローグを残すのみとなった.ちょっと感慨深い.




第7章 第一原則


(7)応報の技術


(8)適応的な規範