「日本人になった祖先たち」

日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造 (NHKブックス)

日本人になった祖先たち DNAから解明するその多元的構造 (NHKブックス)




ミトコンドリアによるヒト集団の系統分析については主にヨーロッパの人たちについて分析し,物語も交えたサイクスの「イヴの7人の娘たち」という本があるが,この本はその後の研究の進展も含め,これを日本人を含む東アジアの人たちについて解説してある.6年ほどたっているのでいろいろ知見が進んでいるであろうと思い手に取った.


最初にミトコンドリアやDNAの初歩をおさらいして,アフリカ起源説が確立していることを説明している.そのあとミトコンドリアのハプログループの系統図を大まかに提示.見ただけで結構複雑そうだ.


アジアへの拡散はまずインドの説明から始まる.これが結構衝撃的.これまでインドの人は言語も顔立ちもアーリア系つまりヨーロッパ起源であると思っていたが,言語はその通りでもミトコンドリアハプロタイプはまったくそうではないのだ.
起源大陸であるアフリカ系をLと呼び,そこからハプロタイプは大きくMとNに分かれる.そしてNの系からR,Uが派生してこれがヨーロッパ系を形作っているのだが,インドでは基層をMが占めている.このうち一部はドラビタ属の言語と分布が重なっているのだが,残りは言語とは特に関連がない.いずれもインド大陸独特のMの型のようだ.さらにRが多く含まれ,イランから流れでて分布しているヨーロッパ系のUがごく一部に見られるという構造になっているのだ.ある意味これはヨーロッパで農耕民族的なハプロタイプが連続的な傾きを持っているのと似ているのかもしれない.民族は文化を受け入れながら融合していくものらしい.


本命の東アジアは大きく北方型と南方型に分かれる.そしてそれぞれに独特のM派生系とN派生系を持っているのだ.流入経路自体も南回りとシルクロード周りといろいろあったようで,複雑な歴史を示していると解釈すべき様だ.


本書ではいったんオーストラリア,アメリカを概説してからいよいよ日本人についての解説が始まる.日本人のハプロタイプは優れた研究者たちの努力により非常に優れたデータがあるそうだ.日本人にはいろいろなハプロタイプが観察されるので,そのハプロタイプ1つづつ,東アジアとの関連を示しつつ解説していく趣向になっている.北側から流入し,アメリカとも関連があるもの,南から入ってきていると思われるもの,シベリアに多いもの,東南アジアに多いもの,さらにヨーロッパ系のものも見られるようだ.サイクスのような作り話を紡ぎ出したりはしていないが,十分ロマンを感じさせる.


続いてハプロタイプの集合体としての日本人の特徴についての説明が入る.平均すると日本人のハプロタイプの組成に最も近いのは朝鮮半島の人たちと北東中国の人たちらしい.そして縄文人に稲作を持ち込んだ渡来人が重なるという二重構造論に矛盾しないと考えてよい.縄文人の名残は沖縄に見られ,北海道のアイヌについては独自の歴史もあるようだ.さらに渡来人のハプロタイプ構成への影響はきわめて大きいので,一時大量に渡来したのではないかという節も流されたが,渡来当初に増加率が異なっていればすぐに渡来人のハプロタイプが優先するようになるので矛盾はないだろうという.

次に古代人から取ったハプロタイプから言えることをまとめ,最後にY染色体ハプロタイプにも触れている.これまた驚いたことにミトコンドリアハプロタイプとは大きく異なって見える.著者は日本では大きな征服戦争がなかったので,むしろ中国朝鮮で歴史時代以降中央アジア征服王朝などによってY染色体ハプロタイプ構成が変わってきたのではないかと示唆している.


やはり6年間の学問の進展は大きかった.そして自分たちの民族の成り立ちには感慨とロマンが感じられる.歴史は単純ではないのだ.




関連書籍




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最初にヨーロッパ系のミトコンドリアの物語を扱った本.この本ではヨーロッパ系に見られるミトコンドリアハプロタイプについて解説されていた.と同時にそれぞれのハプロタイプの娘がどのような過去を生きていたかについて空想力豊かに過去の物語を描いており,なかなか面白い読み物だった.



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その邦訳


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そして同じ著者によるY染色体の物語.この本は前半はよいのだが,後半はトンデモ風な言説に傾いていて,第一作と同じような完成度を期待して読んだときにはとてもがっかりした.


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さらにその邦訳