- 作者: William A. Searcy,Stephen Nowicki
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2005/09/04
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第2節はHistoryと称して信号理論のこれまでの歴史が語られる.
とは言ってもティンバーゲンから始めるわけではなく,現代的な歴史ということで1978のクレブスとドーキンスの論文から始まる.クレブスとドーキンスはハミルトン革命を受けて個体淘汰の観点から信号を考え直した.古典的動物行動学では信号は協調的なコミュニケーションの文脈で考えられていたのをひっくり返し,基本的には信号は発信者が受信者の行動を操作しようとしていることが原則であり,その例外があるなら特別な説明が必要だとフレームワークを転換させた.
この操作という考え方はなかなか刺激的で始めてこの考え方に触れたときには膝を打ったのをおぼえている.
さていったんフレームワークが転換すると,今度は操作のためであるなら,それが真実が虚偽であるかは全くの偶然になってしまうはずであり,であれば,そもそも何故受信者はそれを信頼して行動するように進化したのを説明できなければならないという難問が生じてきた.
そしてこの問題の解決の鍵はザハヴィのハンディキャップ理論であった.ハンディキャップ理論自体は性淘汰を説明するために1975年に提唱されていたが,ザハヴィは定量的に説明しなかったためにこの説明はすぐには受け入れられなかった.
ここからハンディキャップ理論の受容の歴史が詳しく語られる.私はこのあたりについて,利己的な遺伝子の初版の説明(ドーキンスはこの説明が面白いことを認めながら懐疑的)と第二版の注(グラフェンのモデルの説明により完全に納得)で興味深い展開があったことを知り,また粕谷先生の「行動生態学入門」やMonographs in Behavior and EcologyシリーズのSexual Selectionなどで論争の片鱗にふれることはできていた.始めて包括的な歴史を読んだのはメイナード=スミスのAnimal Signalsであった.本書はさらに詳しく性淘汰時の信号だけでなくコンフリクト時の信号も含めて包括的な歴史が解説されている.
メイナード=スミスやベルによる当初のモデリングはそれぞれ単一の遺伝子がハンディキャップ特質とメスの選好を支配し,3つ目の遺伝子が配偶者選択をのぞく生存優位性を支配するというものだった.そのようなモデルはハンディキャップは現実的なパラメーターのもとでは進化し得ないことを示した.
ポミアンコフスキーと巌佐による量的遺伝モデル(1998)も同じ結論を示した.
問題はメスの選好遺伝子は生存適応価と選好が共分散する限りにおいてしか有利にならないことだった.そしてこの共分散は間にハンディキャップ遺伝子が介在する間接的な形でしか生じないのだ.結果的にきわめて弱い有利性しか発生せず,これは子孫に賦課される生存適応性の低下によって簡単に打ち消されるのだった.
この当初のモデルの失敗は,しかしハンディキャップ理論の火を消しはしなかった.当初モデルはハンディキャップとオスの生存性は生存力のあるオスがハンディキャップに耐えて生き残れるから相関するのだと仮定していた.これはメイナード=スミスによれば「純粋エピスタシスモデル」と呼ばれる.これはザハヴィのオリジナルの論文(1975)の文章の解釈に近い.
ザハヴィは理論への批判に対して1977に「ハンディキャップの表現は個体の生存力にあわせて調整される」という新しいハンディキャップの考え方を打ち出した.
これには2つの状態があり得る.
「条件的ハンディキャップ」ハンディキャップはオスがハンディキャップ遺伝子と生存力遺伝子の両方があるときのみ発現するというモデル.(ウエスト=エバーハード1979)
「生存力露呈ハンディキャップ」ハンディキャップはハンディキャップ遺伝子を持つオスすべてが発現させるが,自分の生存力に相関する形で発現する.(メイナード=スミス1985)
この2つのモデルの検討はこのような性質が進化しやすいことを示していた.(アンダーソン1986,巌佐1991)
これは生存力の弱いオスはハンディキャップの不利を避けることができるからだ.またハンディキャップと生存力のリンクがより強く,よりよい生存力の信号になり,メスがこれを選好すると利益が出やすいことによる.
この間に攻撃的な文脈における信号の信頼性についての議論が始まった.両者が何かを争っているときに対戦相手の戦闘力やリソース保持能力(RHP)を示す信号,そして戦闘の意図を示す信号は重要かもしれない.
確かに動物のコンフリクト時にはディスプレイが発信されている.そしてその理由は不明確だった.
メイナード=スミスとプライスはこれをゲーム理論で解析した.
同程度の戦闘力のある個体の間でコンフリクトがあり,よりエスカレートする意図がある方が勝つとしよう.もし意図を表す正直な信号があれば,より意図の少ない方がそれを信じて撤退するのは合理的だ.しかしそうなると嘘の信号を出すものが集団に侵入できるようになる.すると信号を無視する性質が進化するだろう.戦闘力やRHPを表す信号についても同じ議論が成り立つ.
もしそうならそもそも信号を出すことは合理的でなくなる.しかし動物界ではコンフリクト時の信号も最も多く観察されるものだ.そしてここにザハヴィのアイデアが登場した.正直な信号はハンディキャップなら進化できるのではないか.
アンクイスト1985は,ゲーム理論を用いて,信号にコストがかかり,そのコストや勝ったときの利益が個体により異なるなら,攻撃意図や戦闘力の信号が進化的に安定であることを示した.
信号の信頼性にかかる信号のコストの重要性というザハヴィの洞察は重要だったのだ.
アンクイスト1985,アンダーソン1986,ポミヤンコフスキー1987により,信号は信頼できるという見方が広がった.そしてこの見方はアラン・グラフェンの2つの論文により決定的になった.
アラン・グラフェン1990a ;オスのハンディキャップ特質とメスの選好の進化にかかる集団遺伝学的モデル.ここではオスのハンディキャップにはコストがかかり,そのコストは質の低いオスにより働くと仮定していた.そしてグラフェンはハンディキャップ特質がオスの質に比例する(つまり信号が信頼できる)ことが進化することを示した.
アラン・グラフェン1990b ;正直な信号にかかるゲーム理論モデル.ここでは性淘汰のみならず攻撃的シグナルも扱った.ESSに必要な仮定は
- 信号発信にはコストがかかる=信号のレベルを上げると発信者の適応度は下がる.
- 受信者は発信者の信号レベルに応じて信号者の質を判断する.
- 信号者は質を高く評価してもらうと利益を得る.
- 信号の限界コストと限界利益の比は「発信者の質」に対して逓減的になる.----これは限界利益はどの個体にとっても同じだが,限界コストは質の低いオスほど高くなると仮定することによって得られる.
そしてグラフェンはこのようなESSがあるからこそ信号は信頼でき,かつコストがかかるものであると主張した.
本節では,最後にグラフェンによるモデルのもっともわかりやすい説明としてルフス・ジョンストンによるグラッフィックモデルの説明が載せられている.確かに非常にわかりやすくて有益だ.
またジョンストンの第2のモデルでは,発信者のコストではなく利益に差があっても信号が信頼できるようになることが示されている.
第1章 イントロダクション
(2)歴史
関連書籍
ハンディキャップ理論というと,当然最初はこの本だ.
最初に読んだときは,非常に楽しかった.ザハヴィのナチュラリストっぽさもいい感じだし,通読すると信号がハンディキャップコストによる信頼性と深く結びついていることが実感できる.
The Handicap Principle: A Missing Piece of Darwin's Puzzle
- 作者: Amotz Zahavi,Avishag Zahavi,Naama Zahavi-Ely,Melvin Patrick Ely,Amir Balaban
- 出版社/メーカー: Oxford University Press USA
- 発売日: 1999/06/03
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邦訳
- 作者: アモツザハヴィ,アヴィシャグザハヴィ,長谷川眞理子,Amotz Zahavi,Avishag Zahavi,大貫昌子
- 出版社/メーカー: 白揚社
- 発売日: 2001/06/10
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利己的な遺伝子では初版と第二版の間に受容があったことが注からわかる
これは第二版の邦訳
- 作者: リチャード・ドーキンス,日高敏隆,岸由二,羽田節子,垂水雄二
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 1991/02/28
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粕谷先生の本で始めて性淘汰のモデルの解説にふれた.ただしグラフェンのモデルと同時期の出版(1990/10)で,ポミヤンコフスキーのモデルまでは解説があるが,グラフェンにふれられていない.
- 作者: 粕谷英一
- 出版社/メーカー: 東海大学出版会
- 発売日: 1990/10/01
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この本ではグラフェンのモデルが解説されている.
Sexual Selection (Monographs in Behavior and Ecology)
- 作者: Malte Andersson
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 1994/05/27
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そしてメイナード=スミス本
Animal Signals (Oxford Series in Ecology and Evolution)
- 作者: John Maynard Smith,David Harper
- 出版社/メーカー: Oxford University Press, USA
- 発売日: 2004/01/08
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