"Biological Signals as Handicaps" by Alan Grafen その7

モデルを2つ提示し,ハンディキャップシグナルがESS戦略として成立しうることを示した後,グラフェンはいろいろな議論を行っている.


まず第4章はこのモデルの性淘汰シグナル以外の解釈について.
グラフェンは前提を満たしていればよいのだからいろいろな局面にこのモデルは適用できるとしている.


最初の候補はオスの競争における自分の強さを示す信号だ.
ハーレムや縄張りを持つオスに挑戦するオスにとって,自分の質を  q として,この広告を  A_{(q)} とすれば,ハーレムや縄張りオスはその広告から挑戦者の質を評価することになる.  P_{(a)} 
ここで挑戦者にとってより強いと思ってもらった方が有利であれば  w_2>0 (a),
広告にコストがかかれば  w_1<0 (b),
さらにより質の悪いオスにとって広告負担が高ければ(例えばエナジーリザーブが少ないオスにとって大きな吠え声を上げる機会コストが大きいなど)   w_{13}>0 (c),
ハレムオスや縄張りオスから強いと評価してもらえる利得がより質の高いオスの方が高ければ   w_{23}>0 (d),
ハレムオスや縄張りオスは相手の実力を正しく評価できるほど得をするならば   p=q のとき   D(p,q)=0 (e)
となる.


これらがすべて満たされたときにはこのモデルの枠組みが使えると主張している.
もっとも (a) は,強いと評価されるとハレムや縄張りを闘争なしで得られそうだが,あるいは強いと評価されてより激しい闘争に巻き込まれることもありそうだし,(d) も結構微妙な気がする.もちろん十分に当てはまる場合もあるだろう.




次の候補には雛のエサねだりがあげられている.
ねだる雛のエサの必要性が  q であり,これの広告は  A_{(q)} そして親による評価が  P_{(a)} ということになる.
ねだり広告にコストがあれば,  w_1<0 
親にエサが必要と評価されるとエサをもらえるので,  w_2>0 
となる.


グラフェンは広告はより弱いオスにとってコストがかかるので   w_{13}>0 だといっているが,よりエサが必要な雛は(より広告をする雛でこのモデルでは  A_{(q)} が大きい)より弱っていて,広告コストは逆によりかかるのではないだろうか.  w_{23}>0 も微妙な気がする.総じて雛のエサねだりについてはメイナード=スミスによるSPSゲームの方がよいのだろう.


(9/21追記)
よく考えてみるとワシタカのように親が2羽の雛のうち1羽のみ生かそうとしている状況では,雛は自分の質の良さを広告すべきことになる.その場合にはこのモデルが当てはまるのかもしれない.要するに親はどのような雛に給餌しようとしているかは一律ではなく生態的に異なっているかもしれないわけだ.うーむ,深い(追記終了)


またライオンから逃げるアンテロープのストッティングについても同様にこのモデルの枠組みが使えるだろうと示唆している.



第5章ではモデルの枠組みを議論している.


まずこのモデルでは受信者の広告には完全にアセスでき,質自体にはまったくアセスできないし,発信者は自分の質については完全にアセスできることが仮定されている.一般の情報理論では不完全に伝わることを前提にいろいろな議論があるのと枠組み自体が違っている.
またこのモデルでは広告は自分の質に拘束されずに自由に選択できるという前提になっている.これは意識的にという意味ではもちろんない.広告量が質に拘束されなくとも自然淘汰により質に応じた広告量を行う性質が進化するという意味だ.


実務上はメスはオスの質にも幾分かはアセスできるだろう.そして広告にもアセスできる.この場合モデルは複雑なものになるだろう.例えばメスはオスの質について事前推定値を持っていて,さらにそれに加えてオスの広告量が多いほど誤差を小さくできるというモデルがあるとすれば,よりよいオスはより誤差を少なくしてもらう方がよいので多く広告することになりそうだ.しかしこれはESSではない.オスの広告量がオスの質と比例するようになるとメスは広告量しか見なくなる.そうすればオスは広告戦略を変えてしまうだろう.安定したESSであるためには広告は何らかの形で質と直接連関し,どのような質のオスにとっても同じぐらい良い推定値を与えるようなものでなければならないのだ.
このグラフェンの解説は面白い.


別のモデルの制限として,これは「説得的な」信号であり,「情報的な」信号ではないとしている.
これは発信者と受信者に利害のコンフリクトがあるという趣旨のようだ.

グラフェンは利害が一致している場合はこのモデルの外側の世界になるといっている.雛のエサねだりもそうなのかもしれない.


またこのモデルでは説得的な信号に対して受信者がどう反応するかという戦略については考えていない.単にどう質を評価するかという戦略があるだけだ.本当のゲームにするにはメスの行動を問題にしなければならない.別のオスに出会う確率を上下させたり選り好みをする戦略を考えればメスの適応度関数も複雑に組み立てることができるという.


さらにこのモデルは発信者と受信者が固定されている,オス間の競争のように情報が双方から出されるならこのモデルでは捉えきれない.そのような関係ではコストは対戦による怪我などのものが有力になるだろうし,コストは相手が逃げるのと対戦するので大きく異なるので,多くの対戦の平均が重要になるだろうと示唆している.


本モデルの拡張としては広告量を多次元にすることが考えられるという.例えば尾の長さと幅を2変数として扱うなど.


最後にアンクイストのモデルとの比較を行っている.
アンクイストのモデルは本論文と違って2ステップで信号の解釈を含まない行動モデルだ.しかし結論の本質は同じになっている.要するに説得的な信号においては,信号にコストがあり,より質の低いものにとってのコストがより高ければ正直な信号が進化するのだ.そしてこれはザハヴィの主張に一致していると結んでいる.

(この項続く)