"Biological Signals as Handicaps" by Alan Grafen その8

第6章はだましを扱っている.


グラフェンはまず定義を含めてこう述べている.

まず安定している信号システムがあるなら,それは受信者から見て「平均して」正直なはずだ.そうでなければ受信者は信号を無視する.そしてあるレベルの信号に対して発信者が2タイプあって,より利益を受ける方を「だまし」と呼ぶことにしよう.


本論文のモデルでだましが生じなかったのは何故か.それは広告の限界コストが単純で単調だったからだ.だましが生じるにはより安く広告できるオスが必要なのだ.そういうオスが誇張した広告を打ち,だましを行う.メスはこの誇張広告の割合も含めて信号に反応する.あまり誇張広告が多いと信号システムは壊れる.だからだましの相対頻度は小さいはずだ.


だましの例としてまずベーツ型擬態をとりあげている.
グラフェンはここまでの議論からは,派手に擬態するおいしい虫のコストは,これを避ける捕食者との関係以外のところにあるはずだといっている.これは例えば別の一般的捕食者にねらわれるなどのことがなければ警戒色全般がシステムとして壊れるだろう,つまり警戒色を避ける捕食者にねらわれやすい虫のみがこのコストを払えるという意味のようだ.
グラフェンによるとベーツ型擬態の広告は捕食者に対して「あなたは私にとって重要な淘汰圧だ,だから私はまずいとうことを誰にたいしても派手に宣伝できるのだ」ということを言っているということになる.

要するにだましはあり得るのだが,どこかにだましがうまくいかない理由がなければ信号システム自体が崩れる.そしてそれは信号システムにとっては一種の税金みたいなものだということのようだ.


第7章では信号と操作の違いを扱っている.

ドーキンスとクレブスは信号と操作は同じだと見なして議論してるが,グラフェンは違うと主張しているようだ.
例としてアンコウが虫に似た器官で魚をおびき寄せていることを取り上げている.ドーキンスとクレブスはこれが操作だといているようだが,グラフェンの理解ではそうではない.
まずこれは魚が虫のような外観を持つものに反応していることに,アンコウが寄生しているのだ.そして虫が虫のように見えるのは別の淘汰圧によるものであり,これにより利益を得ていない以上これは信号ではないという.

つまり信号は発信者受信者ともに利益を得るシステムだということだ.
このような議論をする意味についてもいろいろ議論されている.情報と戦略をきちんと区別することが重要で,それは戦略の進化を考えるときに重要だということのようだが,ここはよくわからなかった


第8章で経済学的なモデルとの比較を行っている.
これはなかなかユニークだ.
経済学では中古車ディーラーなどがより宣伝してより高い値段を付けるという形の平衡があるのかが議論されている.そして平衡はあるというのだが,グラフェンによるとこのモデルと本論文のモデルは異なっている.経済学モデルではお金が買い手から売り手に支払われている.生物学的モデルではメスは利益を得るのであって金を払うわけではないというわけだ.
しかし買い手は交換によって利益を得るというのが経済学の大前提だから,これは実は同じではないかという気もする.


第9章はハンディキャップの解釈についてのまとめ
グラフェンはハンディキャップを4種類にまとめている

  1. ザハヴィ型ハンディキャップ.質と広告の相関が連鎖不平衡によっているもの.これは成り立たないことが明らかになっている.
  2. 暴露型ハンディキャップ.情報はだまされない形で提示される.グラフェンによるとこれは質がそのまま提示されているのであって信号ではない.
  3. 条件付ハンディキャップ.質の高いオスのみ広告する
  4. 戦略的選択としてのハンディキャップ.本論文の主旨.しかし3と4は結局解釈の問題であってここでは同じに扱うといっている.そして1975,1977のザハヴィの主張は結局これにあったのだろうといっている.

最後に結論がまとめてある

  1. 信号システムがあり,受信者が利己的に行動しているなら,それは正直なはずだ.平衡状態においては受信者はそれ以外の解釈をとると不利になるはずだ.
  2. 発信者の利害が受信者の正確な評価からずれているとして,もし自分に有利になるように信号を変えないということが生じているならそれにはコストがかかる以外の理由はあり得ない.つまりより誇張した信号を行って自分を有利にするにはコストがかかる.
  3. 信号が1次元でより強い信号が有利であるなら,信号が正直であるためにはより弱いオスにとって信号の限界コストが高くなければならない.

そしてこれはザハヴィの主張に強く関連している.

なかなか論文は,教科書と違って難しい.しかし今回は夏休みということもあって何回か読み直してじっくり考えられて結構理解できた様な気がする.
ポイントはオスの戦略としての広告戦略を考えたこと.そして数学的なトリックの鍵はパス図と  \frac{\partial w}{\partial a}=0 だ.ようするに  P^{*'}= -w_1/w_2 なのだ.そして  w_{13}>0 w_{23}>0 または  w_{13}=0 w_{23}>0 または  w_{13}>0 w_{23}=0 であれば,  w_1/w_2 が  q に対して増加関数になるのだ.見事だ.