「ぼくには数字が風景に見える」


ぼくには数字が風景に見える

ぼくには数字が風景に見える



これはアスペルガー症候群サヴァン症候群で,かつ共有感覚者である著者による驚くべき自伝である.彼は他人の感情把握が苦手な子供として生まれ育つが,数字に関する優れた才能と共有感覚を持っている.


この本の第一の興味はこのような感覚者が実際にどう物事を感じているかを開示してくれているところにある.数字には色と形があり,著者にとってはすべての数字が同じ大きさであったり同じ色であったりするのは不自然なのだ.そしてそれぞれの自然数はそれぞれ独自の特徴があり,素数はすぐにわかるのだそうだ.そして,計算や記憶もそのような形や質感によって説明されていて興味は尽きない.代数は数がそれぞれ独特であることと変数の概念がうまく結びつかないので逆に苦手だったというのも面白い.また著者は語学についても非常に優れた才能を持っていてそのあたりの説明もとても興味深い.円周率を22500桁暗記した話,1週間でアイスランド語を話せるようになった話などが詳しく描かれている.


しかしこの本の魅力はそこを越えたところにある.幼い頃から周囲と溶け込めず大変苦労しながら,しかし両親の献身と本人の勇気によって世界に踏み出し,パートナーとも巡り会い,人として成長していく姿が描かれているのだが,著者の抱えた障害を乗り越えようとする勇気に胸打たれる.そして何よりこの本に不思議な魅力を醸し出している要素として,その描写が非常に独特なことがある.これはアスペルガー症候群によるものだと思われるが,描写に虚飾が全くない.これを読んだ人にどう思われるかということについての作為がまったく感じられないのだ.そしてその時々の本筋とは無関係に思えるちょっとした周囲の細かな描写が不思議と魅力的だ.まったく作為がないために逆に,これから筋がどう展開していくのかまったく読めない.これは読んでいて本当に新鮮だった.これまで私たちは書き物のお約束に毒されすぎているのかもしれない.