読書中 「The Evolution of Animal Communication」第4章 その1

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)


第4章は利害が相反するときの信号.オス同士の闘いの時に自分の強さを示す信号が代表的なものだ.利害が相反するのだから誇張した方が自分が有利になりやすく,操作,だまし,それによる信号システムの崩壊が生じやすい状況だと思われる.


さて最初の第1節は理論編.

ここではまずメイナード=スミスの持久戦のゲームから取り上げられる.これはESSが負の指数分布となるといういかにも数理生物学的な解で,もう20年以上前にメイナード=スミスの「進化とゲーム理論」を読んだ時にタカハトゲームと並んで印象的だったのをおぼえている.


「持久戦モデル」(メイナード=スミス 1974)

v:勝利の対価
m:対戦のコスト,これは持続した時間に比例する.

対戦者はそれぞれm1, m2 のコストを選び,これが大きな方が勝つ.
メイナード=スミスは特定の定数mがESSに成り得ないことを示し,(これはある時間m1がESSだとするとそれより少しだけ長い時間m2に容易に侵入されてしまうことから明らか)ESSは負の指数分布に従うランダムな時間選択だということを導いている.


ここまでにはどのような信号システムも入ってこない.しかしメイナード=スミスはさらに一歩進めて,もし対戦者が自分のm1を前もって示せばどうなるかを考察した.彼の回答は,そのような信号は適応的ではあり得ないというものだった.もし対戦者がそれを信用するなら,もっともよい戦略はマキシマムの時間を表示することになるだけであり,それは信用されなくなるからだ.


そしてやはり正直な信号をよみがえらせたのはザハヴィのアイデアだ.
これを最初にモデル化したのはアンクイスト(Enquist 1985)だ.グラフェンはこのモデルを史上最初の生物学的信号モデルだと評している.


<ボックス 4.1>アンクイストのモデル

強い個体と弱い個体が同数いるグループを考える.何らかのリソースを巡ってうち2個体が対戦する.それぞれ自分の強さは知っているが相手の強さはわからない.
最初のステップで対戦者はAかBのどちらかのディスプレーを選んで行う.Aは強い個体,Bは弱い個体を表す信号だとする.2番目のステップで対戦者は,(1)引き下がる,(2)攻撃する,(3)もう一度Aをディスプレーして,相手が引かなかったら攻撃する のうち1つを選ぶ.

ここで(2)と(3)の区別をしている理由の解説がないので,モデルの微妙なところがわからないのがもどかしい.またどうやってESSが出てくるのかの解説もないのももどかしい.
要するに(2)であれば問答無用で闘いに突入するので相手は闘いのコストを回避できないが(3)の選択肢は相手に逃げるチャンスを与えるということなのだろうか?しかし(3)より(2)が有利になる場面というのはあるのだろうか?わずかでもよいからディスプレー時間に機会コストがあるという仮定なのだろうか?


アンクイストは正直な信号が進化的に安定になる条件を考えた.


ESS戦略は以下の通り
自分が強ければ,ステップ1でA,ステップ2で,相手がステップ1でAなら攻撃,Bならもう一度Aをディスプレーして,相手が引かなかったら攻撃.
自分が弱ければ,ステップ1でB,ステップ2で,相手がステップ1でAならあきらめる,Bなら攻撃.


ここでアンクイストはブラフ戦術(弱い個体がAをディスプレーする)が侵入できるかを検討した.


v:勝利の価値
c:同じレベルの個体同士の闘争コスト
d:弱い個体が強い個体に攻撃されたときのコスト


正直な弱い個体の利得は弱い個体と対戦すると(1/2v-c),強い個体と対戦すると(0)
両者が同じ頻度であれば利得は(1/2)*(1/2v-c)となる.


ブラフ戦術をとる弱い個体の利得は,弱い個体と対戦すると(v),強い個体と対戦すると(-d)
(1/2)*(v-d)

すると(1/2v-c)>(v-d)であればブラフは侵入できないことになる.
これは展開すると
(d-c)>(1/2)*v

これはブラフ戦術をとる弱い個体が強い個体から受ける攻撃コストが,弱い個体同士の対戦でのコストより十分に大きければよいということになる.


このモデルでは強い個体から攻撃されることがハンディキャップコストとされている.そしてより有利な反応を受ける信号によりコストがかかり,より弱い発信者がより信号のコストを払うという点でハンディキャップ理論の条件を満たしている.(本条件のもとでは強い個体が払うコストは強い個体と対戦するときのcにすぎない)
そしてこれは攻撃能力だけでなく,攻撃意図についても同じ議論が成り立つ.


またグラフェンの論文でも対戦の場合にも相対的な攻撃能力をコミュニケートすることが可能なことを確認したと説明されている.すでに論文を直に読んでみたように,グラフェンの場合はなわばりに侵入するオスの信号というような非対称的な場合を念頭に置いて考えているところやステップ型のモデルになっていないところが随分異なっている.


だましについての理論はどうなっているだろうか.
同じグラフェンの論文はもしコスト構造の異なるオス群がいるのなら,だましが生じることを示唆している.コスト構造が異なるオス郡外手初めてだましが生じ,そして平均して信号が正直でないと信号システムは崩壊する.だから外側に何らかの制限が必要だというのがグラフェンの論拠だった.本書では制限の議論までは紹介していない.


だましが生じうるモデルについては紹介されている.


アダムズとメスタートン=ギボンズAdams and Mesterton-Gibbons 1995)

このモデルでは,ドーキンスとクレブスが問題提起したように,受信者がだましを検知しようとすればコストを払わなければならない.モデルはある個体が,別の個体に対してリソースを防衛している状況を表している.
防衛者は挑戦者を脅すか,脅しなしで防衛する.挑戦者は闘うか退くかを決める.脅しのコストは(1)信号生産にかかるコスト(これは常に払われる)という条件と,(2)怪我を被るリスク(これは挑戦者が闘いを選び,これに負ける場合のみかかる:また通常の闘いのコストに追加してかかる)という条件の2つを考察している.この怪我リスクがある場合のみ信号は安定する.

平衡状態では2タイプの信号システムが存在可能だ.
(1)ある閾値以上の攻撃能力のある防衛者は脅しディスプレーを行う.閾値以下の防衛者は脅しディスプレーを行わない.(この場合信号は完全に正直だ)
(2)ここでは閾値が2つある.これをI,J,と呼ぶ.(I

なぜアダムズとメスタートン=ギボンズモデルではだましが発生してグラフェンモデルでは発生しないのか.アダムズとメスタートン=ギボンズモデルでは怪我リスクについて,発信者が挑発し,さらに闘いに負けたときのみ発生すると仮定しているところだ.これはより負けやすい弱い個体にとってより高いコストを意味する.ここはグラフェンの仮定と同じだ.しかし弱い個体にとって信号を出すことによる利益が弱いほど大きくなるところが異なっている.
つまりコスト構造が単純ではないというモデルの構造によるものだと言うことらしい.

受信者の挑戦閾値より弱い個体にとってブラフをすれば,相手を追い払える場合の信号のエナジーコスト,挑戦してくる場合の怪我コストは,弱さにかかわらず同じだ(挑戦してくるような強い相手にはどうせ負ける).そして利益は,1つは挑戦者を引き下がらせてリソースをとるメリット(これは挑戦閾値より弱い個体にとって弱さにかかわらず一定),もうひとつは信号をだして避けられる闘いコスト,(これは挑戦閾値より弱い個体にとって,弱いほど利益が大きくなる)そして合計した利益は.挑戦閾値より弱い個体にとって,弱いほど利益が大きくなる.そしてこの合計利益が挑戦された場合のコストを上回るならブラフが有利になる.
あるいは非常に弱いオスにとってはブラフが唯一の勝てるチャンスなのだとも説明できる.


つづいてザマド(Szamado 2000)のモデル

ザマドのモデルはアンクイスト型の相互発信・相互アセスモデルだ.
ザマドは一定のパラメーターの条件の下では,以下のようなだましが混入することを示した.
強い対戦者はまずAをディスプレーして,相手が引かない限り攻撃.
弱い対戦者は確率pでA,確率(1-p)でBをディスプレー.第2ステップで(1)最初にBをだした場合;相手がAなら引き下がる,相手がBなら闘う,(2)最初にAをだした場合;相手がAなら引き下がる,相手がBなら相手が引き下がるのを待つ.


疑問,引き下がらなければどうするのか

このモデルの仮定
闘いのコストをC(自分の強さ,相手の強さ)で表すとすると,
C(弱,強)>C(強,強),C(弱,弱)>C(強,弱)
さらに同じ強さの対戦の場合平均利得はコストより高い,
つまり 0.5*V(平均利得)>C(強,強),0.5*V(平均利得)>C(弱,弱)
さらにパラメーターの一定の条件を満たし,強弱の個体頻度も一定の条件を満たす.

このモデルの場合には弱い個体の弱さは皆同じで,一定確率でブラフをうつ,あるいは一定割合の個体がブラフをうつ,あるいはその混合になる.アダムズとメスタートン=ギボンズモデルでは弱さは連続的でもっとも弱い個体がブラフをうつ.



本書ではまとめとして「だましはその信号が(平均的に)信頼できるからこそ効果がある.そしてそのためにはハンディキャップモデルに妥当していることが必要だ.利益を得る信号にはコストが必要で,それはより質の悪い信号者にとって高いコストである必要がある.」としているが,何がだましを平均以下に押し込めているかの要因については特に言及はない.しかし当初からグラフェンの論文にあるようにここは結構面白い問題のような気がする.

次節からは具体例に入る.攻撃ディスプレーのほかに地位を表すバッジ,甲殻類の武器ディスプレー,カエルのコールなどが取り上げられる.


第4章 利害が反するときの信号


(1)闘いのシグナル:理論



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言わずとしれたメイナード=スミスの古典.持久戦が解説されている.
今手に取ってみると印刷も悪く,活字も汚くて読みにくいが,この本を何も知らずに最初に読んだときには感動的だった.


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日本語で読める進化ゲームの本としてはこのあたりがお勧め.
「進化的意思決定」は数学的に結構詰めているので,参考になる.