「法と遺伝学」

日本で出版された数少ない法学と進化生物学を結ぼうとする書籍.関連書籍として以前書いた書評を載せておこう.



法と遺伝学 (法政大学現代法研究所叢書)

法と遺伝学 (法政大学現代法研究所叢書)



法と遺伝学の両分野に関わるいろいろな論文を編集したもの.


最初は遺伝看護の制度論というやや立法的観点からのもの.これはコスト負担へ言及がなくあまり面白くなかった.


つづいて重篤な遺伝病の子供を持つ母親が,医師から(原発性の突然変異との判断から)「そのほかの子供に現れる確率はごく小さい」といわれて第二子第三子を作ったところ遺伝病が出たため損害賠償を争ったケースについてのもの.これはなかなか考えさせられる事例で,非常に理解説明が難しいことをどのように説明すればよいのか悩ましい.
つづいて事情紹介的なものが2編.遺伝子情報保護の立法が望まれるというものと遺伝研究と特許にかかるもの.


第5章はクローンとデザイナーベビーにかかるもので,本書は「ヒトクローン・デザイナーベビーは法律・条約で規制すべきである」という立場から問題点が描かれている.この中には条約の舞台裏の欧州と米国の争いなども描かれていて興味深い.デザイナーベビーが許されると考えるべきかどうかにはまったく踏み込んでいないが,やはりまずここを整理しないと読者としての納得感は薄い.特に本書のようなクロスオーバーを目指す本では,「規制は当然で議論するまでもない」という感覚はいかがなものかと思われる.


続いて編著者の思い入れのある民法典と進化心理学についての小論が収められている.ほとんどない試みでその意欲は買える.主に相続法について書かれているが,論点が進化心理学から見た最適相続と民法典の規定との比較に止まっており,物足りない.そもそもなぜそのような規定になったのか,その背後にある立法意思を進化心理学的に考える,あるいは,なぜ最適相続でない法の規定に対して相続人は遺言により最適を目指さないのか等の論点を明確にすれば今後相当面白くなるだろう.


最後の太田氏による倫理と進化についての整理があり,なかなかコンパクトによくまとまっている.
全体としては玉石混淆気味だが,あまりほかでは議論されていない内容も含まれており,最初の試みとしては買えるのではないだろうか.