読書中 「The Stuff of Thought」 第6章 その6

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


前節では新語が造られるときの音の性質について考察があった.この第3節では意味の側面から考察がある.どのような意味について新語が造られるのか?つまり,ヒトはどのような意味の言葉を作りたくなるのだろう.


ピンカーは「必要は発明の母」という言葉をあげて,語彙にギャップがあるところを最初の探索候補として考察を始めている.言いたいのだがちょうど良い言葉がないという部分だ.


ちょうど良い例は専門家のジャーゴン
写真でもスケートボードでもヒップホップでも学問でも,専門家はすぐに語彙を供給してくれる.ライトなコンピューターユーザでもそれまで誰も使ったことのない言葉をすぐ使える.モデムとかリブートとか,RAM,アップロード,ブラウザ,などだ.そして最後に「大学教授は男女を同じく取り扱わなければならないこのご時世で,私達はMs. なしにどう暮らしていけるというのだろう」とコメントしている.


でもそれだけだろうか.ピンカーは別のことわざも示している.「のぞみが馬(ということがかなう)なら,乞食だって乗るだろう」(望みが何でもかなうなら苦労はない.)そしてちょうどよい言葉が実際に発明さえていないものを例示する.ここは「確かに」というものから始めてだんだん乗りがよくなる.ピンカーが思いっきりギャグをかましていて大変笑えるところだ.

  1. 21世紀最初の10年の表し方:80年代とかいう言い方ができないと言うことだろう.
  2. 結婚していないヘテロセクシュアルなパートナーたち:同棲中のカップルは日本語でも適切な呼び名はないかもしれない,内縁の夫婦とはちょっとニュアンスが違うのだろう.
  3. ジェンダーフリーな3人称の代名詞(he/sheの代わりになるもの,これまで60以上提案されたが,定着していない na, shehe, thon, hermなど):これも日本語でも難しいところだ.もし英語で何かが定着したら訳語は難しいだろう.「その人」ということでいいのかもしれないが.
  4. 誰かの子供で大人になった人のこと
  5. 甥と姪を会わせて呼ぶ呼び方
  6. 子供の連れ合いの両親,(イデッシュにはmachetunimという言葉があるそうだ)
  7. 何回聞いても覚えられないこと一般
  8. 空港のラウンジでずーっと携帯にしゃべり立てているあなたの隣の間抜け
  9. 車の後輪にへばりついたあげくに車庫で落ちる茶色の雪
  10. 明け方におしっこが生きたくて目が覚めて,トイレに行くほどではないけど,もう一度深く寝られないという状態

そしてこれはユーモアの一部分として定着していると言って,コメディアンのリッチ・ホールや作家のダグラス・アダムズがあるべきなのに無い言葉自体を,それぞれsniglet, liff と名付けていることやその例を紹介している.これも少し紹介してみると以下の通りだ.

elbonics: n. 映画館で椅子と椅子の間にある肘掛けを巡って繰り広げられるアクション.
furbling: v. 列にいるたった1人であっても,空港や銀行で客誘導のロープをたどっていくこと
lamlash: n. 驚くべきほど退屈な情報で一杯になっているホテルのドレシングテーブル上のフォルダー

さらに言語の達人バーバラ・ウォールラフは,読者の指摘と書き込みをもとに,彼女のアトランティックマンスリーの新造語のコラムを本にした「The Word Fugitives 単語の逃亡者」で,辞書の通常の公式を反転させた.つまり,あるギャップを見出しとして先に出して,そこに投稿された新語候補を並べたわけだ.例もたくさん紹介されている.すこし紹介するとこんな感じだ.

二人を紹介しようとしているが,片方の名前を思い出せないときの一か八かの瞬間:whomnesia, persona non data, nomenclutchure, notworking, mumbleduction, introducking
口げんかの3時間後に完璧な言い返し方を思いつくこと:hindser, stairwit, retrotort, afterism


さらにワシントンポストのコラムや「新たに加えるべきユダヤ語のリスト」なる電子メールリストなどからも傑作な例が数多く紹介されている.


一息ついてピンカーは,しかしこのような新語のほとんどは一般に使われるようにはならないという.deshoppingのような「今年の新造語大賞」のような語でもそうだ.アメリカ方言協会では毎年,もっとも注目に値する有用な新語を発表している.10年たってフォローアップしてみると無惨なものだそうだ.


いくつかは現役の政治家に関するもので,彼の引退とともに終わっている.newt, to gingrich
別の言葉はそのときのトピックに関するもので,その事件が忘れられると言葉もなくなる.-razzi(ダイアナ妃の悲劇1997年のパパラッチから)drive-by(1996年のクリントンのキャンペーンから,お手軽という意味)
また新技術に対して定着しなかった名前もあった.notebook PC(英語の会話ではまだlaptopと呼ばれているそうだ,日本との違いも興味深い)s-mail (普通の郵便のこと,snail mailから)W3(ワールドワイドウェッブをこう呼んだときもあった)


日本ではそもそも新語と言うより流行語というとらえ方が多く,早晩流行が終わると消えていくことが当然という風潮だろう.「アサヒる」とか「オザワる」とか言う言葉は上記の雰囲気に近いかもしれない.ちょっと古いが定着させようとして失敗した「E電」のような例もある.


しかしたしかに広がって使われるようになる言葉もある.その違いは何なのだろうか.



第6章 名前には何があるのか


(3)発明のない母:名付けられないこと,名付け不可能なことの謎