読書中 「The Stuff of Thought」 第6章 その7

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


新語は語彙のギャップに造られる.しかし消えてゆく単語と定着する単語は何が違うのだろう.


ピンカーは,広がった単語の何がよかったかはミステリーだと言っている.語彙にギャップがあるだけでは駄目だ.簡潔さと明瞭さがあればいいわけでもない.WWWはワールドワイドウェッブより発音に長くかかり,もっと短い言い方も提案されたが生き残った.boot up, reboot は,誰もブートの意味がわからず,もっとわかりやすいstart up, restartを押しのけて現役だ.


ここでピンカーはboot up, reboot についてその語源を詳しく解説している.これはその言葉が作られて広まっていった現場にピンカー自身がいたのでとりわけ思い出深いらしい.(なお語源は,コンピュータの立ち上げの時に紙テープを読ませるプログラムをトグルスイッチで設定するようになったが,これがことわざの「靴紐で自分を引っ張り上げる:bootstrap」という状況に似ているように感じられ,再起動全体の過程をブートアップと呼ぶようになったというようなことらしい)


アメリカ方言協会の会長アラン・メトカーフはその著書「新語を予測する」において,新語の成功と失敗の原因分析を試みた.それによると成功のコツは,頻度が高い,出しゃばらない,ユーザーと状況の多様性,別の形や意味への拡張性,概念の耐久性ということになる.
ピンカーはこれでは謎は増すばかりだとコメントしている.新語は最初は頻度1のはずだ,だから頻度が増す現象自体に説明が必要なのだ.拡張性も同じだ.頻度が高ければより多義的で拡張性があるようになる.だから成功すればそうなるのだ.概念の耐久性も予測する上では意味がない.


すると「出しゃばらない」だけが残る.いかに楽しい新語でも消えていくのに残る単語はステルスのようなものだということになる.先ほどあげたしゃれた新語は確かに楽しすぎて語自体が主張しすぎている.マスメディアによる造語も同じだ.ピンカーはここでもいろいろな傑作な例を紹介している.
極めつきの例はコンセプトアーティストのミルトス・マネトスによる neen だ.ハイテク製品の美しさを表す形容詞(今度のiPodは最高に○○だ.),及びハイテク技術を利用した芸術メディア(CG, デジタルアニメなど)を指す名詞として,この語を広告代理店に依頼して作成しプロモートしたがうまくいかなかったというものだ.


アーティストがアートのパフォーマンスとして行うというところがいかにもアメリカ的だ.日本ではあまりこのような例は多くないだろう.プロモートした実例としては前回あげた「E電」が思いつくが,ほかにもいろいろな試みがあるのだろうか.


しかしおどけていたり,自意識過剰でも残る語はあるとピンカーは指摘している.たとえば podcast,blog なる組み合わせ造語だ.これはアモルファス的で,シラブルの構造を無視してぶった切っている.
このほかにもヤッピーという語もあるし,カウチポテトやクワーティ(技術的袋小路)そして極めつけのスパムなんてのもある.
これらは新しいわけでもない.ソープオペラは1930年代から,ホットドッグは1890年代から,ゲリマンダー1812年だ.


ピンカーは言語感覚から見てある種の特性を持つ必要があるのではと推測している.
それは何か正規なもので,すべての場合にいつも典型的にあるものでなければならない.固有名詞以外ではそれは一般的である必要がある.例えば「ラテ飲み」という語を作るのなら,いつもラテを飲むような典型的な都会人なるものがいる必要がある.そして,「クレイグは実際にラテを飲むわけではないが,完璧なラテ飲みだ」という文章が矛盾なく使えなければならないのだ.
単語は,そのエンティティすべてに渡って安定的な性質に対して保全される.自然物,事件,機能を持つ人工物,原因・結果・手段のある行動などにつけられ保全される.文章には正誤があるが単語にはないというわけだ.


すると多くの新語が失敗するのは,新語をつくったひとは単に名付けているのではなく,その現象にコメントしているからだということになるだろう.その現象が面白いと言うことを強調するような単語,「こんな経験にはほんとに困ってるでしょう?」「これはばかげてると思わない?」というコメントがついている言葉は,流行語にしかなれず,消えていくと言うことだろう.


確かに日本の新語でも「アサヒる」や「オザワる」はすぐにも消えてしまいそうだ.「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」「アラフォー」(アラウンドフォーティで40歳前後の女性のことを指すらしい)「モンスターペアレント」なども同様だろう.
これに対して「せこい」「ださい」「オタク」などが定着したのも頷ける.この傾向からいくと「キモい」とか「ウザい」というやな感じの言葉も定着してしまうのだろうか.個人的には「腐女子」「ツンデレ」あたりがどこまでがんばるか面白そうだ.「KY」は消えていくと予想しておこう.



ピンカーはそれでも事前に新語が定着するかどうかの予測は完全にはできないと言っている.ミステリーの残りは社会や文化にあるのだ.




第6章 名前には何があるのか


(3)発明のない母:名付けられないこと,名付け不可能なことの謎