読書中 「The Stuff of Thought」 第7章 その5

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


冒涜の意味論.最初に日本語話者にはちょっとわかりにくい宗教的な冒涜を解説して見せたあと,ピンカーはそのほかの冒涜語に焦点を移す.冒涜語の意味論その2は病気と汚物だ.


ピンカーによるとこれも歴史的には厳しい表現だったものが現代ではその鋭さが失われているのだそうだ.
英語では「汝の家に悪疫あれ」(ロミオとジュリエット)「天然痘があなたを襲うように」A pox on you!  などが古い用法だ.衛生が進み抗生物資のある現在,これらの言葉の恐ろしさは減退してしまった.
ピンカーはもとの恐ろしさを理解するには,医学書の伝染病にかかる膿疱,出血,眼潰瘍,下痢などの症状を読むことが役に立つかもしれないと示唆して,宗教の時と同じく現代的にいうとこんな感じだろうという表現を作って見せている.
「私は,あなたが火事にあって第3度のやけどを体中に負うことを望む.さらに脳卒中により,車椅子でねじれたままよだれを垂らして一生を送り,骨髄ガンにかかって家族を破産させることを望む」
日本では昔,悪疫に関するタブー語があったのだろうか.私には知識がないが当然あったのではないだろうか.


現代では「癌」という言葉に少しタブーが残っているという程度まで,悪疫のタブー度がマイルド化しているそうだ.これは日本でもそうかもしれない.
そして現代においてこの代わりになる冒涜語は身体の臭いや穴,排泄行為についてのものになるのだそうだ.


ピンカーによると現代アメリカでは shit piss asshole はテレビや新聞では使えない.ニューヨークタイムズは哲学者はリー・フランクフルトの著書について「On Bull ----」と表記するしかなかった.Fart はこれよりほんの少し許容度がある.タイムズはこれを屁の意味では使わないが,年齢差別主義の意味でold fart としては使うようだ.ass, bum, snot, turd も境界線にあるようだ.


これは日本でもほぼ同様だ.「うんこ,しっこ,けつのあな」はテレビや新聞では見かけない.(業界共通の放送コードリストというのはないようだがまとめページhttp://monoroch.net/gallery/kinshi/を見てみると「うんこ」は該当のようだ(別のウェブでは該当しないという主張もある)が,「しっこ」「けつのあな」は該当しないようだ.ほとんどは差別用語なので,身体の臭いや穴,排泄行為についてはあまり意識していないリストなのかもしれない)「おなら」「屁」はOKだろう.


先にマイフェアレディ/ピグマリオンで出てきた「Not bloody likely」(とんでもねえ)が冒涜語であったのはBloody(どえらい,ひどいという意味がある) は体液を思い出させる別の用語だからだ.ピンカーはそもそもこれは印刷されることがないので人々はその語源を知らないといっている.これはちょっと面白い現象だ.日本でも印刷されることがないと漢字がわからず語源がわからなくなるという現象はあるのだろうか.すくなくとも女性性器を表す3文字語の漢字表記についても語源についても私は知らない.ピンカーの推測ではBloodyは血液,そして恐らく女性の生理と関連してタブー語になったのだろうという.


なぜcunt(女性性器,女,卑劣感などの意味)がタブー語になるのかと考える人もいる.それは単に女性性器を指しているのではなく,アメリカでは女性に向けて使われるもっとも攻撃的な言葉であり,英国やコモンウェルスでは男性に向けて使われる無礼な言葉だ.女性性器は男性の間で渇望の対象になってもなぜタブーになるのかという疑問があるかもしれない.しかし生理用品が現れる前の生理を考えればそれがタブー語であるのがわかるだろうとピンカーは解説している.
これは日本でも同じなのだろうか.日本では女性性器を表す3文字語のタブー感は特別に強いように感じる.私の感じではそれは特に卑猥感が強いのでタブー感も強いような気がするが,生理や血との関連でそうだったということなのだろうか.


ピンカーは冒涜語の受容性についての一般論にうつる.全体としてタブー語の受容性は,それが指しているものの受容性と緩い関連があるということだ.これはある意味当然の話だろう.
受容性の順序は大便,小便,屁,鼻水,つば(つばはもはやタブー語ではない)だ.これは大衆の前でこれらを出すことの受容性と一致している.
鼻水とつばの順序は私の感覚では逆だが,どうなのだろうか.(普通の日本人と一致している自信なし)


ピンカーはオーストラリアでのアンケートのデータを示している.
最上位は大便と吐瀉物,男性の間では生理の血液が次だった.次が小便と精液だった.そして屁と膿と鼻汁が続き,女性の間での生理血液,げっぷ,皮膚,汗,爪,息,傷口からの血,毛髪,乳,涙の順だ.下品さとの相関は完全ではない.
そして排泄物はちょっと特殊だという.吐瀉物vomit, 膿pus は大変不快だが英語ではタブー語ではない.しかし排泄物は下品さのクラスターを作っているのだと.


そしてこれらの排泄物にかかるタブー現象はユニバーサルだと解説している.日本でもほぼそうでありこれはそうなのだろう.そしてそれは伝染病の感染リスクと結びついているからだ.これは排泄物にさわったり食べたりすることの忌避によく現れている.ピンカーはこの忌避反応はオートマチックで非常に強いので通常それを考えるだけでも不快になるのだといっている.


そして伝染病を媒介する害獣もののしり語にはなっている(rat, louce, worm, cockroach)が,タブーではないと指摘している.日本語でも「ゴキブリ野郎」といえばののしり語になるだろう.(もっとも「ミミズ野郎」は伝染病関連のののしり語というわけではないだろうが)なぜ排泄物と媒介動物で異なるかについてピンカーは語ってくれない.ネズミやゴキブリと病気の直感的に感じる関連性は排泄物ほど強くないということだろうか.


第7章 テレビで言っちゃいけない7つの言葉


(3)冒涜の意味論: 神,病気,汚物,性にかかる思考




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