9月28日,日本学術会議・自然人類学分科会の主催による公開シンポジウムが本郷の東大キャンパスで開かれたので参加してきた.日本学術会議とは「日本学術会議は,科学が文化国家の基礎であるという確信の下,行政,産業及び国民生活に科学を反映,浸透させることを目的として,昭和24年(1949年)1月,内閣総理大臣の所轄の下,政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立され,職務は,科学に関する重要事項を審議し,その実現を図ること,科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させること.役割は,主に I 政策提言,科学に関する審議, II 科学者コミュニティーの連携, III 科学に関する国際交流, IV 社会とのコミュニケーション」ということだそうだ.(同会ホームページより(一部省略))目的と職務と役割の微妙な違いとか何となく気になるところだが,このような公開シンポジウムはまさに趣旨にかなっている活動なのだろう.大変ありがたいことだ.
会場は本郷の理学2号館という戦前からの建物.理学部は正門からはいって安田講堂の後ろが大体の存在位置だが,赤門脇の経済学部と医学部の狭間に一棟だけ理学部2号館がある.医学・生物系の生い立ちがあるのかもしれない.通路には様々な分析機器などがおかれていて,いかにもそれらしい雰囲気だ.
さてこのシンポジウムのテーマは標題のとおり「戦争と人類学」.最初に自然人類学,霊長類学,社会人類学の研究者から30分の講演があり,その後古人類学,先史人類学,進化人類学,歴史学の研究者から15分のコメント,最後にパネルディスカッションという内容だった.話の内容は様々で全体としては幅広いものに仕上がっていた.なお,いつものとおり講演者の敬称は略させていただく.
最初の講演は中橋孝博による「日本列島を中心とした先史時代の戦争を骨から探る」
中橋は弥生時代九州の研究者.人骨についた戦傷と思われる傷の有無を巡って,いつ頃から日本で戦争が起き始めたのかについての話だ.
最初に「戦争」の定義は難しいことについて注意喚起.それからまず縄文時代について.戦傷かもしれない傷のある人骨は非常にまれだそうだ.5000体のうちせいぜい数例ということらしい.中には鋭利な刃物で切られたような傷もあるし,解体時につくような傷に近いものもある.いずれにせよ縄文時代には武器は出てこない.断定的にはわからないが,大規模な戦争はなかったのではないかという印象だ.
これが弥生時代になると防御集落,武器,武器型祭器,戦士・戦争場面の造形物などが出土する.またはっきりと戦傷であると確認できる人骨も多く出土する.自分のフィールドである北九州の弥生時代の例を取り上げながら,実際に戦争で傷を受けて死亡した場合の人骨にまで傷が残る割合を推定し,100人単位の戦死者が発生している可能性が高いとのことだ.
時代別に見ていくと弥生初期には福岡,佐賀,熊本の各平野で小規模な戦傷人骨が出土するが,後期になると北部平野と南部平野の境界で狭くなったところに集中して多くの戦傷人骨が出土する.政治権力が集中して2大大国の争いになっていく様子がよくわかるという鮮やかなプレゼンだった.
次はゴリラ研究の専門家山極寿一による「類人猿の暴力とと闘いから見た初期人類の社会性:狩猟仮説の再検討」
最初に第二次大戦後すぐの欧米の人類学にあった狩猟仮説,キラーエイプ仮説について解説し,これらは戦勝国の戦争を正当化したいという気持ちから生まれた説ではないか.またこれらが学術的には否定されている現在でも大衆文化には残存しているのは,「原罪」,「本能だから許される」という考えが背後にあるのではないかという前振り.自然科学らしくない前振りは講演者の芸風ということだろうか.
ここからゴリラが凶暴な野獣だと誤解されていたという話にスムーズにつながって,フィールドでの調査の結果そうではないということがわかるとして迫力のある動画も紹介された.集団が出会って緊張してドラミングしているオスをなだめて間に入るメスの姿はなかなか興味深かった.
人類進化については狩猟仮説ではなく,サスマンの対捕食者戦略重視の考え方を好意的に紹介していた.また霊長類の中での人類の特徴としては食物を共有することが重要だという見解.
このあたりで時間がなくなってきてあとは駆け足.生活史からヒトの特徴は対捕食者戦略としての多産化ではないかという独創的な考えを披露していたが,ここはかなり粗い議論でちょっと違和感があるところだ.そこから食物分布,捕食者からメスの群居性,子殺しからオスの連合,それが社会のタイプにかかるというチャートを示して説明しようとしていたが,残念ながら時間がなく論旨はよくわからなかった.聞いたかぎりでは原因と結果と相関が整理されていない印象.
最後に群れ社会の特質から議論を進め,人類においても定住,農耕で集団意識,境界線の存在が生じ,紛争が大きくなったのではと結論していた.ここもデータらしいものが示されていたが,時間がなくよくわからなかったのが残念だった.
3番目の講演は栗本英世による「現代アフリカの戦争におけるエスニック,ローカル,グローバルな特性」
栗本はナイル系民族間の政治,紛争,難民,国家などが専門の文化人類学者.(社会人類学が専門とも紹介されており,私にはこの微妙なニュアンスの違いはよくわからない)
まずは概観から.
これまで文化人類学はあまり真正面から戦争を取り扱ってこなかった.それは一時的で異常なものだと考えられていたり,それを研究することに倫理的な忌避感があったりするためであったと考えられる.これとは別に未開社会の戦いについては研究の蓄積があるし,植民地平定のための研究や現代戦でも敵の研究という文脈で動員がかかったケースもある.
戦争にかかる人間観としてはホッブスとルソーが定番として紹介される.
これまで「なぜ戦うのか」についてあげられているのは,名誉などの心理・文化的要因(この中には復讐などが含まれる),戦利品などの経済的要因,生存のため(資源,土地,女性,奴隷),人口調節(結果的機能),「敵」の必要性などがあるが,単一の解釈では難しく多元的に捉えるべきだとのこと.ここは原因のレベルがごちゃ混ぜで議論としては甘いという印象だ.
ここからが本題で栗本の現在のリサーチは「かつての未開社会のおける現代の戦争」
これは文化人類学の新しい課題であり,近年冷戦後の新しい現象として紛争が多発していると説明される.また自分がリサーチしていたフィールドが戦場になってしまってやむなく研究対象になるという側面もあるのだという話があってなるほどという印象.
これらの特徴としては,1990年以降多発,形態としては国内紛争で,主体は多様化し,多数の武装集団が離合集散を繰り返す.武器の拡散が見られ,市民に多大の犠牲が生じている.「民族」によって動員がかかり,国際社会は要請なくとも介入する.難民がいろいろな役割(資金調達,先進国でのロビー活動など)を果たしている.また背後に大国の利害が見える場合が多い.
そしてスーダンにおける実際の状況が説明される.スーダンは産油国であり,1986から2005まで政府軍と解放戦線の間で戦争状態にあった.また直近ではダルフールでも問題が生じている.このうち南部地域の一部では6民族集団が牛の奪い合いを演じている.このあたりは境界が不明確で,牛の略奪自体は昔からあるのだが,武器(特に自動小銃など)の拡散により過激化,また長老文化の崩壊により歯止めがなくなっているという.牛は文化,社会,経済的に引き続き重要で,略奪された牛は国境を越えて換金される.
略奪に走るのは元兵士のならず者で,法の機能が崩壊し,牛を防衛するには自力救済しかなく,若者の間に暴力の文化が蔓延しているという.牛の防衛における暴力の文化というのは,ニスベットとコーエンのアメリカ南部文化のリサーチにも出てくる話で,興味深い.
講演者は草の根運動の重要性(もっとも合意してもまたすぐに争いが再開したりして大変ということだが)を強調して講演を終えていた.
ここから4名によるコメントということだが,実際には15分づつの講演という感じだった.
まず古人類学の海部陽介.
最初に歴史的な考え方の変遷.20世紀前半は,残虐性は人間の本性だというとらえ方.文化の交替は異民族の侵略という理解.これが大戦後,暴力は社会的な産物で,文明が戦争を作ったのだという理解に変わる.世紀末あたりからはより実証主義にシフトしているという.好ましい方向だろう.
最近の知見としては,農耕・狩猟にかかわらず民族誌から見ると戦争は人間社会に普遍的にあったことが認められている.遺跡からも先史時代から戦争があったことがわかっている.
ここからは古人骨,化石骨でどこまでわかるかという専門分野のお話.
戦争で死んだと思われる人々の集団埋葬跡は14000-12000年前から見られる.
単純な暴力の跡はさらに前にさかのぼれる.頭蓋の陥没骨折,尺骨の防御骨折,刺し傷などがある.クロマニヨン人では3-4万年前までさかのぼれる.
ネアンデルタール人の骨にも特徴的な傷があり,食人跡ではないかと推測されている.(もっとも食人と戦争は直接は関係ないかもしれない)シャニダール化石には刺傷の跡.
ジャワ原人にも頭蓋に陥没跡があり,殴られた跡ではないかと疑われる.
道具としてはドイツで40万年前の木製の狩猟用の槍が出土している.
最後に化石から見ると種の違う人類集団同士が接触した可能性が3つの時代に起こりえただろうとコメントして終了した.
次に先史人類学の赤澤威.
B. C. 12000-11000のエジプトのサハバ遺跡の状態を詳しく紹介.59体の埋葬された死体が集団で見つかっており,男性の死体にはおびただしい石の鏃の跡がある.(これは結構衝撃的だ)女性や子供の遺体にはあっても1つで,男性が戦闘によって死亡し,女性子供は何らかの関連で死亡し,いっしょに埋葬したと思われる.
この社会が農耕以前であったのは確実で,このような規模の戦争が可能になったのは定住が鍵になったのではないかと推論していた.あとのパネルディスカッションでもコメントされていたが,1例からの推論ということで,まあ大御所ならではということだろうか.
3番目は進化心理学の長谷川寿一
奥様の長谷川眞理子先生が早稲田の講義で使ったスライドを借りてきましたというコメントからスタート.
この講演内容はKeelyの「War before Civilization」に多くをよっていると紹介の後,伝統的な小規模社会での戦争についてのメタリサーチの結果が説明された.
まず伝統的小規模社会とは,文明以前の,狩猟あるいは粗放的な農耕社会.50-150人ぐらいの集団で生活し,警察活動はない.内では共同生活,外のグループとは敵対したり交易したりする.
このような社会の85-90%で,近隣集団との間で戦闘,略奪,襲撃,待ち伏せなどの行動が見られる.男性は誰かを殺して初めて一人前になれるという社会もある.(例外的に戦争をしない社会の例としては,永らく近代国家の統治下にある場合,地理的に隔離されている場合,人口密度が非常に低い場合などがある.)
殺人率は10万人あたりで表示すると,40-700人.これはニューヨークで10,日本では1未満という数字になる.
男性の戦争参加率は,近代国家に比べて遙かに高い.戦争による死亡率も遙かに高い.殺人による死亡の割合は文明社会の5倍以上.
これらのリサーチの結論は「文明以前の方が人々は殺し合っていた」というもの.
このような戦争の意識的なメリットとしては,トロフィー(名誉の印),食人の場合の食料,家畜・奴隷の略奪,なわばりの拡大などがある.(なわばり拡大の統計もあって,古代ローマを上回る拡大率を示している小規模社会も多く,印象的)
原因については,究極因としては資源(特に戦争が多発するのは,文明が崩壊して絶対的に資源が足りないとき).そして至近因としては復讐心理,女性を略奪したい,相手が約束を破った際の怒りなどがあげられる,
戦争は双方にとって損害が大きいので,緩和する仕組みとしては婚姻,交易による部族同士のネットワークによる交渉ルート,オプションの確保などがある.
さすがに,データは豊富で,原因のレベルについても整理がされていて,わずか15分にもかかわらず見事なプレゼンだった.
最後は歴史学の石田勇治.ジェノサイドのついての講演
いかにも人文科学者らしくプレゼンソフトを使わずにレジュメ方式の読み上げ講演.
ジェノサイドの定義,民族浄化との関係などを前振りし,後にいろいろな知見を説明していた.
まず破壊自体が目的であることは少なく,領土,資源,異分子の排除,治安維持,威嚇などが複合的に動機を形成している.
民族対立の深い歴史が背景にある場合がある.
リサーチの課題としては,加害主体を取り巻く複合的な多層的関係の理解,ジェノサイド後の対策提案,予防対策の提案(予兆の把握,国際社会の認知,反応メカニズム)
最後にドイツの人類学はナチズムへの関与と反省に未だに深く影響を受けているとのコメントがあった.
最後のパネルディスカッションでは,武器と狩猟用具の違いなどが,フロアからの質問に答える形で議論されていた.戦争とヒトの本能という質問が出たときの長谷川のコメントは,まず遺伝と環境についての二分法の誤り「真実は遺伝も環境も」を指摘し,類人猿とヒトの最大の差は「攻撃性」というより仲間内での協力性であり際だっているという趣旨のもので,短い時間で見事なコメントだった.
シンポジウム全体では,山極,赤澤が定住や農耕によって戦争が激しくなったと議論しているのに対し,長谷川の紹介したメタリサーチはそういう結論にはなっていない.これに対して司会の遠藤秀紀がつっこんでくれるかと期待していたが,そこにはふれなかった.恐らく,殺人率ではメタリサーチのとおり小規模社会の方が高いのだろう.農耕により文明が発達するとある程度大きな社会になり,その中では法の支配が行われ警察活動も生じる.だからその社会内では暴力は顕著に減少するのだろう.しかしまれに隣の大規模社会との紛争が生じて,その際には大きな争いになるということだろうと思われる.中橋の紹介した日本の出土人骨から見ると,少なくとも大規模な紛争は弥生以降ということでそこは理解できる.しかし縄文時代が小規模社会であればもっと殺人率は高かったはずだ.小規模紛争ではあまり骨に達するような傷にはならなかったということなのだろうか.このあたりは聞いていて謎だった.また農耕以前の場合,定住がどの程度紛争の頻度や大きさに効いているのかも興味が持たれる.いずれもメタリサーチではどう扱われているのだろうか.
ともあれシンポジウムはいろいろな興味深い話とともに終了した.なかなか充実したひとときであった.
関連書籍
- 作者: ドナ・ハート,ロバート W.サスマン,伊藤伸子
- 出版社/メーカー: 化学同人
- 発売日: 2007/06/28
- メディア: 単行本
- 購入: 8人 クリック: 62回
- この商品を含むブログ (45件) を見る
Man the Hunted: Primates, Predators, and Human Evolution
- 作者: Donna Hart,Robert Wald Sussman
- 出版社/メーカー: Basic Books
- 発売日: 2005/03/01
- メディア: ハードカバー
- 購入: 1人 クリック: 3回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
- 作者: 栗本英世
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1999/07/26
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 5回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
- 作者: ピエールクラストル,Pierre Clastres,毬藻充
- 出版社/メーカー: 現代企画室
- 発売日: 2003/08
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 31回
- この商品を含むブログ (7件) を見る
Culture Of Honor: The Psychology Of Violence In The South (New Directions in Social Psychology)
- 作者: Richard E Nisbett,Dov Cohen
- 出版社/メーカー: Routledge
- 発売日: 1996/03/15
- メディア: ペーパーバック
- クリック: 6回
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: Lawrence H. Keeley
- 出版社/メーカー: Oxford University Press, U.S.A.
- 発売日: 1997/12/18
- メディア: ペーパーバック
- 購入: 1人 クリック: 5回
- この商品を含むブログ (1件) を見る