「Missing the Revolution」 第7章 ヒトの社会の研究における霊長類学のインパクト その1


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists


第7章はロドセスとノヴァクによる霊長類学とヒトの社会の研究についての章.ロドセスはユタ大学の人類学の準教授で専門は政治経済学,歴史人類学,血縁と社会組織,宗教,人類学史,グローバル化理論,チベット,ネパール,南アジア.ノヴァクも同じくユタ大学の人類学の準教授.骨学と過去の社会行動・政治が専門だそうだ.ヨルダン,英国,クロアチア,米国などから発掘される遺骨から過去の暴力を推定しているような研究を行っているようだ.もっとも本稿では,ヒトの社会のリサーチにおいて霊長類との比較が議論されている.


一般的に社会科学者はヒトのリサーチを動物のリサーチに結合しようとする霊長類学者の試みに反対しているそうだ.要するにヒトと動物は違うのだと主張するのだ.ヒトはシンボルを使ったコミュニケーションによる社会を作っているという主張だ.これはある意味当然だろう.同じはずはないのだから.
ロドセスとノヴァクは,確かにその溝は大きいが,リサーチは重要であり,複雑な行動の分析は,社会や言語と同じようにリサーチに値すると主張する.文化は言語が無くとも生じるし,共通の行動デザインがあるのだというわけだ.


結局共通する部分がどのぐらいあるかという量の問題と言うことになるだろうが,ロドセスとノヴァクは,もう一ひねり加えて,民族誌的データだけではヒト集団の多様性しか見えてこないが,霊長類と比較することによってヒトの社会が大きな可能性の中でクラスターを作っていることがわかると主張している.このあたりは民族誌データを主に扱っている人類学者としての重みのある主張のように思われる.
本稿では,考え方が歴史的にどう議論されていったのかを概観することになる.議論のトピックとして,グループ間の移動,メスの同盟,採集集団間の抗争が取り上げられている.



霊長類行動学は20世紀の後半に展開した.これは認知科学や分子遺伝学と同じ時期のことだ.しかしロドセスとノヴァクに言わせると霊長類行動学はローテクでむしろ民族文化人類学のフィールドスタディに近いという.このあたりはちょっと面白い.
ロドセスとノヴァクによれば霊長類のデータがなければヒューマンユニバーサルもどこまでが特別なのかわからないという.確かにそれはその通りだ.そしてその比較が少しずつできるようになってきた.もっとも一般の社会科学者がどこまでヒューマンユニバーサルに興味があるのかはまた別の問題だという気もするが.



伝統的な社会科学者や哲学者はヒトの社会性についてどういう見方をしていたのだろうか.
ロドセスとノヴァクにまとめでは,これまでの社会科学はヒトの社会性について「バンドボンドモデル」にしたがってきたということになる.これは夫婦の絆(ボンド)を持つペアの集合体としての(通常父系的な)部族(バンド)があるというモデルだ.
そして家族は他の霊長類にあるかもしれないが,家族間,グループ間の同盟はヒト特有と考えた,
アリストテレスは日常の必要性は家族に,それ以上の必要性はグループに求めると理解していた.このバンドボンドモデルはラドクリフ・ブラウン,ラルフ・リントン,ジュリアン・スチュワード,マードック,ホワイト,リーヴァイ・ストラウス,サーリン,サービスたちが用いている.これは1960年頃までのトレンドになる.



ロドセスとノヴァクによると1950年代から生物人類学者が物事を進化的に考え始めたということになる.それが狩猟仮説だ.2足歩行も脳の増大もすべて狩猟が原因だと考える仮説だ.
これに民族人類学者も狩猟採集民のデータをとって加わった.リーによるカラハリ・ブッシュマンのリサーチ,ターンブルによるムブティ・ピグミーのリサーチ,ウッドバーンによるハヅダのリサーチなどがある.そして部族は固定的に父系的なわけではなく,フレキシブルなことを発見した.マーシャル,リーたちによるクンサン族の研究では環境の影響や個人の選択による多様な居住パターンが発見された.


家族も狩猟仮説から解説されるようになった.これは1966年のカンファレンスが契機になったものだ.
男は狩猟に行き肉をとり,女は子供の世話をしながら採集をしたというのだ.これは他の霊長類が母子ユニットにあるのと対照的だった.(テナガザルも一夫一妻的だが,ヒトは経済的な同盟であるところが違うと主張された)


この狩猟仮説はポピュラーエソロジーや当時の社会生物学と融合した.この流れになるのが,デズモンド・モリス,タイガーとフォックス,アードリーたちだということになる.
当然ながらフェミニストは反発して,女性による採集によって得られたエネルギーの方が重要だと主張し,「採集仮説」で対抗した.これによると女性はエネルギー的に独立していて,ウォッシュバーンやランカスターの唱える家族モデルは成り立たないということになる.様々な議論がこの仮説についてなされた.


このような狩猟仮説の変異を巡る議論は20年続いた.同時に霊長類のデータも集積されてきた.ランガム,ハーディ,ヒンデたちだ.それはグドールによるチンパンジーの観察をまとめた大部の書物によく現れている.1990年代以降にはさらに多くの研究者によりデータが集積されるようになっている.

ロドセスとノヴァクは,このようなデータを得て,ヒトの社会進化との関連ももう一度考えられたといっている.それによると基本はバンドボンドモデルの再確認作業だ.ここからが霊長類学がヒトの社会行動リサーチに与えるインパクトと言うことになる.


ロドセスとノヴァクはこのあたりを詳しく解説している.まとめると以下のようなことだ.

クンサン族以外のデータはよく見ると基本的に父系的部族で居住し,狩猟を行っている.
メスが分散するというのはアフリカ類人猿に共通で旧世界ザルと異なる.
もっともヒトの居住パターンについてはそれほど単純ではなく多様で複雑だという見方も片方で残った.
また家族については狩猟仮説は消えたわけではない.肉は対人関係の重要な要因であるという考えだ.
女性に提供できる肉により,男性は女性と深い関係を築ける.(操作的な側面).分業の強調,肉とセックスのトレード.
1980年頃からは肉に限らず,男性から提供できるサービスは何かということが問われるようになった.そして防衛(他のオスの子殺し,捕食者,リソース)が重要であるという認識が高まり,配偶システム全般についての議論がなされるようになった.

ロドセスとノヴァクによると,全般的なトレンドとして狩猟仮説からボディガード説にうつっていったということになる.
するとバンドについてはチンパンジーに,ボンドについてはゴリラに近いということになる.これらの霊長類のリサーチデータはヒトの社会行動リサーチにとってもよい材料となるということになる.




関連書籍


ロドセスとノヴァクの本
ノヴァクの本は人骨から戦争を分析する内容のようだ.


House of Mourning: A Biocultural History of the Mountain Meadows Massacre

House of Mourning: A Biocultural History of the Mountain Meadows Massacre

Untaming The Frontier In Anthropology, Archaeology, And History

Untaming The Frontier In Anthropology, Archaeology, And History