「Missing the Revolution」 第8章 進化心理学と犯罪行動 その3


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists


第8章のアンソニー・ウォルシュによる進化心理学と犯罪を扱った章.犯罪について条件付の戦略と考えることを考察した総論の後でウォルシュは,ではどのような条件依存であるのかの議論をし,4つの仮説を提示している.


1. (その時点での)条件依存戦略仮説


繁殖戦略に関する男女の性差から条件依存的な犯罪傾向が生じることを説明する.

男性はより繁殖成功の分散が大きいので,1.女性に従い一夫一妻を守り子育てに投資する.2.女性をだまして多数のセックスをするという2戦略がある.
多くの男性は若い頃はニセの愛をささやいてだまし戦略を使う.しかしより成熟してくると落ち着く.しかし一部の男性はだまし戦略を使い続ける.犯罪はこのような傾向が可能にしているのだというのがこの理論ということになる.そしてこれは,欠陥によって犯罪が生じるというのではなく,普通の男性の(年齢,リソースなどの)条件依存的な代替戦略として考えるということになる.

若い頃に偽の愛を多くささやくのが普遍的かどうかについてはよくわからないし,このような性向が本当に条件依存的かどうかも微妙なところだ.むしろ頻度依存的にある可能性もあるのではないだろうか.まあ,ばれそうかどうかによって条件依存的になっていることはあるような気もする.ウォルシュはだましとそれに対する検知についてアームレース的な状況もあると指摘している.


もっともこの仮説のポイントは,若さや金を持っているかどうかによって,結婚詐欺だけでなく,配偶を巡る暴力的な犯罪傾向も異なるということだろう.それは犯罪の年齢別カーブを見ればよくわかるし,このようなアプローチ以外は理由を説明できないということだと思われる.


またウォルシュはこのような犯罪傾向の極端な例がサイコパスだといっている.であれば条件依存というより頻度依存的な状況ということになるだろう.(ウォルシュは実際には大半の犯罪者はサイコパスとは異なり条件依存的だという見解のようだ.)ウォルシュによるとこのようなサイコパスは犯罪学者にとっては受け入れが難しいという.確かにサイコパスは刑事政策的には大変難しい問題を引き起こすだろう.被害者の応報感覚や社会防衛の観点からはもっとも厳重に処罰すべき対象となるが,この頻度依存的な性向を現行の刑法の責任論でどう捉えるかは議論があるところかとおもわれる.残念ながらウォルシュはここには踏み込んでくれていない.
同じような現象は動物界にも見られ,そしてサイコパスは行動的にははっきりとしたクラスターを作っていることを指摘するに止まっている.


2. 幼い頃の条件にかかる条件依存戦略仮説


これは幼い頃の環境に従って大きな行動パターンが変わるというもの.ある意味では発達戦略的な側面とも捉えることができるだろう.
例としては幼少時に父親が不在であれば女性の初潮年齢が早くなる現象が取り上げられている.チズホルムはこれを5-7歳の時の両親へのアタッチメント一般に拡張した.そしてこれを拡張すると,幼少時の人間関係が希薄なら,期待される将来的な人間関係に無意識に調整が生じ,より性的に活発になるということになる.これが女性の「売春婦・マドンナ理論」ということになる.下世話にいうと「くだらない男にであうと売春婦になって短期的な利益を追求する」ということにある.男性の場合ははっきり述べられていないが,幼いときより自分がリソースリッチになれないことを予測できる環境にあれば,よりリスク受容的になったりすることがあるだろう.


ウォルシュは,この条件のパラメーターには遺伝的な変異があるだろうと推測している.であれば遺伝と環境の相互作用の問題となることになる.
しかし,であれば犯罪学としてはどう対処するのがよいということになるのだろうか.ウォルシュはここも語ってはくれない.


ウォルシュはこのような幼いころの条件依存的な発達戦略的な現象は人類学にはこのサポートデータが多くあるのだといい,いくつか紹介している.

クンサン族とマンドルク族の比較.クンサンは貧しく両親は養育に力を入れる,そしてマンドルク族は豊かで男性はより地位を巡って争い,短期的な戦略を追求.西欧でいう犯罪的な行動(子の世話をしない,攻撃的,男らしさの追求,男女関係が刹那的)はマンドルク族で多く見られる.
アチェ族ではグループ間の闘争により男性死亡率が高く父親不在の子が多い.女性はより多くの男性と性交し,より多くのリソースを得ようとする.


3. 自分の能力にかかる条件依存戦略仮説


男性には2戦略あるというところは最初の年齢やリソースにかかる条件異存戦略と同じだが,条件依存にかかる条件は,年齢やリソースではなく,自分のほかの能力,特に知性にかかるのではないかという考え方.つまり,知性が高ければより一夫一妻的になり子育てに注力する方が有利であるが,そうでなければより性交を増やす方向に注力した方が有利になるというもの.そして後者は他の男との暴力的な関係になり,より犯罪的であるというもの.


この説のポイントは「知性」かどうかというより,その条件自体が遺伝的なものかどうかというところにあるようだ.条件自体が遺伝的であれば,犯罪傾向にも見かけ上の遺伝性が生じることになる.


4. 生き残りへのバイアス


4番目は女性の犯罪が何故少ないかについて考えるもので,アン・キャンベルが唱えているものだ.そのポイントは,「親の投資の性差からいって,母は子の生存にとってより必要.だからよりリスク回避的な行動をとる.」というところにある.
至近的な心理メカニズムとしては怪我などをより怖がる.そして地位への争いにはリスクがあり,これをあまり好まない.
女性は望ましい男性を巡って他の女性と争う場面もあるが,滅多に暴力的な争いにはならない.動機も「名声」を巡るものは少ない.女性の魅力は若さと美しさでタフで暴力的であることは魅力がないと評価される.



これらの仮説はどう評価されるべきだろうか.ウォルシュはメタアナリシスの結果を紹介している.

1-3の仮説は基本的に同じ予測をする.性的な行動パターン,ペアボンドの強さ.子供の世話が犯罪率と相関するというものだ.
メタアナリシスを行うと,481/539は予想を支持,51/539は有意な結論無し,7/539が否定ということになる.(この7つの研究のほとんどは自己申告ベースのデータの基づくもの)


これまでの社会学からの解説については次のように酷評している.

非進化的な説明でも同じことが説明できるという主張もある.(社会クラス,差別,地位を巡る不満,暴力のサブカルチャーなど)しかしこれは原因の説明になっておらず,単なる叙述に過ぎない.そしてなぜ犯罪は圧倒的に男性に多いのかを説明できない.

また男性による女性への支配欲で説明しようという主張もあるが,そもそもなぜ男性は女性を支配したいのかが説明できていない.またなぜ地位の低い男性のほうがより暴力的なのかも説明できない.

またこれまでの説明では犯罪の年齢カーブも説明できない.


最後にウォルシュはこうまとめている.

進化心理学は,ヒトがルールに従う傾向があることは認めるが,その理由を進化的に考える.
そして犯罪はルールを破るものに生じるチャンスの問題なのだ.進化心理学はなぜ若い失うもののない男性に犯罪が多いのかを説明できる.そしてほかのすべての行動の説明を統合できるのだ.

進化心理学は環境の重要性を理解している.既存の理論に拡張,応用できるのだ.
進化心理学は社会科学と連続しているのだ.これは犯罪学の発展にとってチャンスなのだ.

犯罪の理解や刑事政策にとって進化心理学の知見は重要なものだろう.犯罪をどう防ぐのか,どのような犯罪にどのように対処し,刑罰を考えるべきなのか.理論の統合の今後の進展を願ってやまないものである.