ダーウィンの「人間の進化と性淘汰」 第13章


ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

ダーウィン著作集〈2〉人間の進化と性淘汰(2)

The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex.

The Descent of Man, and Selection in Relation to Sex.


しばらくぶりにダーウィンに戻ろう.性淘汰形質を様々な動物についてみてきて,ついに本命の鳥類にたどり着いたところだ.


第13章 鳥類の第二次性徴


ダーウィンは鳥類について,何と4章かけて詳しく説明している.


<性差の存在>
まず本章では様々な性差がみられることを強調している.武器,飾り,色,ダンス,匂い,歌による求愛がよく観察されている.ダーウィンは鳥類のメスの審美眼はヒトに近いといっている.
ここで性淘汰以外の生活習慣からくる性差もあるだろうとして例示しているのが面白い.特にオスメスで餌が異なる場合があること(ある種のハチドリ,ホオダレムクドリ,ゴシキヒワ)を指摘している.しかしダーウィンはそもそも性淘汰によりクチバシ等の形が変わった結果食性にも性差が現れた可能性があると留保している.このあたりは大変細かい.


<闘いの法則>
ここからダーウィンは性淘汰関連の様々な現象を順番に取り上げる.最初はオス同士の闘いだ.
ほとんどの鳥のオスはけんか好きで,メスはそれを黙ってみているとまず書かれている.世界中に闘鶏のような鳥同士を闘わせて賭けるという遊びがあるのはこの習性を利用していると指摘している.

エリマキシギはその襟巻を闘いの時の盾に利用していると指摘している.
エリマキシギは日本では旅鳥であり,渡りの途中に立ち寄るだけなのでオス同士の闘いは観察できない.ヨーロッパでの様子のドキュメンタリーは見たことがあるが,本当に襟巻きを盾に利用しているのだろうか.なおエリマキシギのオスの性淘汰形質である襟巻は色や形の変異が大きいのでなかなか興味深いところがある.ダーウィンはそこには注意していないようだ.

多くの鳥でオスの方がメスよりも大きいという指摘もある.オスの繁殖成功に闘いの勝ち負けが大きく聞いている証拠だろう.ダーウィンはここでは蹴爪についてかなり丁寧に説明している.一部の種のオスにみられる翼にある爪についても闘いに役に立っていると紹介している.


続いてダーウィンは闘いに勝ったオスが必ずしもメスに選ばれないと強調している.ダーウィンの考えははっきりと述べられていないが,まず闘いに勝てばそのオスはメスに選ばれやすくなりかなり有利になる.ここで武器のような性質が選択される.しかし必ず選ばれるわけではなく,メスにはメスの選り好みがあり,派手なシグナルが選択されるということのようだ.
ダーウィンにとって,オスに闘いがあることと,メスの選り好みをどう捉えるかは,理論的にはなかなか微妙なところだ.ダーウィンは闘うオスにも様々な鮮やかなシグナルがあることからこれを共通のフレームで捉える必要があると考えている.
現代的にいうと,メスの選り好みとオスの闘いは結びつく必要はなく,選り好みされるハンディキャップシグナルと,オスの強さの相互アセスのためのハンディキャップシグナルは別であっても兼ねていても良いということになるのだろう.ダーウィンは闘うオスのアセスメントのためのシグナルという考え方には気づいていなかったように思われる.オスが闘う際に派手な形質を誇示するのはあくまでそばにいるメスに誇示していると考えているようだ.


<音声および楽器による音楽>
情報伝達としての音声の例として,警戒音と渡りの際の先頭の個体が出す音をまず示している.
そのあとでさえずりについて論じている.ダーウィンはさえずりは明らかに雄によるメスへの求愛であり,またオス同士の争いにおいても重要であるようだと観察例をまとめている.そして派手な飾りがオス同士の闘いで誇示されることと,闘いでさえずりが重要なことは基本的に同じだろうといっている.繁殖期外にもさえずることについては練習だったり遊びではないかとコメントしている.
あとは様々な現象の紹介だ.ここも楽しそうだ.

  • さえずりには技巧が必要で練習や学習によってうまくなる.
  • 本当に良くさえずるのは小さい鳥に多い.これはなかなか面白い問題だ.スズメ目の系統的な問題なのだろうか?それとも何か生態的にそうならざるを得ない事情があるのだろうか?
  • さえずりと,派手な形態的形質は両立しない傾向がある.これはどうだろうか.日本では確かにウグイスのオスは地味だが,オオルリキビタキのオスは極めて美しいさえずりと鮮やかな色調を両立させている.捕食圧の問題だろうか?
  • 発声器官自体に形態的性差がある.様々な例が詳しく紹介されている.
  • 声以外に身体を楽器にして音を出すものがある.クジャクの羽軸の振動音,シチメンチョウやライチョウが羽根を地面にこすりつける音,キツツキのドラミング,タシギの飛行音などが紹介されている.キツツキのドラミングは春のバードウォッチングの楽しい伴奏だ.タシギは日本では繁殖しないので難しいが,近縁のオオジシギは日本でも繁殖するのでこの面白い音を聞くことができる.私も最初に東北で聴いたときには鳥の出す音だとは信じられなかった.空に舞い上がり急降下しながら羽根の一部を震動させて出しているのだ.ダーウィンは羽根の図版も用意して詳しく紹介している.


<愛の道化とダンス>
ライチョウなどの多くの鳥のレックでのディスプレーが紹介されている.ダーウィンはアズマヤドリのダンスについて特に興味深いと紹介している.ここでフウチョウの面白いダンスについて触れられていないのはちょっと残念だ.


<装飾>
鮮やかな色の羽根,肉垂れ,突起,虹彩,クチバシなどがある.メタリックな色,目玉模様もみられる.飾り羽根については特に詳しく説明していてクジャク,セイラン,フキナガシヨタカなどを紹介している.近縁種でも異なる場所に飾り羽根が発達すること,同じような飾り(羽根の先が丸くなるラケット,糸状になるなど)がまったく異なる系統の鳥にたびたび現れることなどを強調している.ダーウィンはこのような飾りはヒトのファッションに似ているとコメントしている.オスの一部の羽根が長いのは日本ではサンコウチョウが有名だ.フキナガシヨタカはなかなか面白そうで是非一度フィールドで会いたいものだ.

ダーウィンは羽根の色について,特に換羽との関係について細かく報告している.色変わりの仕組みが換羽を前提にするものとそうでないものがあること,また換羽自体,多くの種間で非常に連続的な形質であることを強調している.
全体としてダーウィンは性淘汰形質が非常に変わりやすいことを示そうとしており,印象深い.


<オスの鳥による羽衣の誇示>
様々な鳥のディスプレーが紹介されている.ダーウィンはセイランの羽根の目玉模様には特にご執心の様子で,初列風切の目玉模様と次列風切のまだら模様が極めて美しいこと,ディスプレーをして初めて次列風切の美しい模様が現れることから,これが性淘汰以外で進化したとは考えられないと強調している.さらにセイランの目玉模様についてはその発生過程について後の章で詳しく考察される.確かにセイランはクジャクの仲間だが,目玉模様が風切羽根に現れるという形態をとっており,面白い.


ダーウィンは鳥のオスは自分の派手で目立つ部分を特に誇示するようにディスプレーすることを示そうと様々な例を挙げている.ここではウソ,ズアオアトリ,ムネアカヒワ,ゴシキヒワ,オオジュリンなどイギリスのバードウォッチャーならよく知っていると思われる鳥を例にあげているのが面白い.このうちウソとオオジュリンは日本でも観察できるのでダーウィンの言わんとするところはよくわかる.
ダーウィンは,鳥はこのような誇示を,仮に最初は意識的だったとしても,現在では無意識に本能的に行っているのであるから,その虚栄心を責めるべきではないとコメントしている.いかにもヴィクトリアン的で面白い.これはもしかしたらジョークなのかもしれない.


ダーウィンは最後にこのような飾りは鳥の生活にとっては明らかに不利であるとコメントしている.飛行能力が落ちるだろうし,一部の肉垂れは闘いの際に直接に掴まれるという不利益があるとしている.そのような不利益を上回る繁殖の利益があるということを強調したいと思われるが,後のハンディキャップ理論ともつながるところだけに感慨深い記述だ.