「Spent」第3章 なぜマーケティングは文化の中心なのか その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


第3章ではミラーは現代社会におけるマーケティングの影響力の強さを説明しようとしている.まずアメリカにはマーケターは21万人いて,心理学者は3万7千人しかいないのだそうだ.3万7千というのも結構な数字のような気がするが,さすがにアメリカはマーケティング大国だ.


ミラーはマーケティングの歴史から始めている.

  • 近代マーケティングは20世紀,フロイトの甥であるエドワード・ベルネイズに始まる.彼は民主主義社会の中で同意を得る方法を心理学的に分析し,それをビジネスに応用したのだ.彼は大衆を操作するには大衆の信念と欲望を知らなければならないと考え,ドッジ,P&G,GE,カルチエ,チキータなどへコンサルトした.
  • 当時のビジネスにとって「メーカーは大衆が望むものを作るべきだ」というのは革新的なアイデアだった.それは成功し,ほとんどの会社が消費者調査,商品開発,広告宣伝,プロモーション,ディストリビューションを統合したマーケティング活動を行うようになった.
  • 1960年代には,ビジネスは消費者の欲望を満たして利益を上げるものになっていた.それはちょうどヒッピーや性の革命や,ニューレフトなどの活動と同時期だった.(実際このような流れに乗ってマーケティングフォルクスワーゲンやピルやジミー・ヘンドリックスなどを売り込んだ)
  • さらにマーケティング革命は進行中で,消費財のメーカーから,いまや重産業(鉄,石炭,石油,製紙など)や銀行,法律,政府,警察,軍隊,製薬,チャリティ,科学へ,この革命は波及しつつある.これは会社から消費者への主権の移行の革命ということになる.大量生産は労働者を技術の奴隷にし,マーケティングは個人を技術の主人にするのだ.

ミラーはこの後の文章でも,主権が大衆に移る民主主義のアナロジーとか,大衆の心理的ニーズを重視したルターやカルビンの宗教革命のアナロジーを用いている.



インテリはこのマーケティングの重要性を理解していないというのがミラーの託宣だ.右翼のエコノミストは価格がすべての情報を伝えていると考えているし,左翼の社会学者やジャーナリストやハリウッドの脚本家はマーケティングを大衆の操作手段としか見ていない.*1
ではマーケターはどうなのか.マーケターは実務はわかっているが,それが社会や経済や心理学革命とどう結びついているのか説明できない.

ここでミラーはマーケティング革命の長所と短所をまとめている.

長所

  • それは私達をより幸福にしてくれるかもしれない.私達が何を幸福に感じるか,それは実験心理学とはけた違いの予算を持ってリサーチし商品を送り出してくれる.


短所

  • マーケティング仏陀の悪夢だ.ニセ科学による大衆操作だ.欲望が満足に変わるというのは間違いなのだ.良心は自己充足的であるべきで世界から影響を受けるべきではない.
  • 問題はマーケティングが物質中心主義であることではない.その真逆だ.それは商品のものそのものより精神的な関連づけを重く見る.主観的楽しみ,社会的地位,ロマンスなどからのニセ精神主義を増進させる.これはマーケティングとブランドの根本だ.商品と消費者の精神の高揚を関連づけるのだ.マーケティングは商品がコモディティに陥らないために(つまり物質中心主義にならないために)なら何でもする.


ミラーは,マーケティングは人類の持つ技術を大衆の欲望に奉仕させるのに使うことになる指摘している.
それは,あまりうまくない方向に向かえば,「Ideocracy」(邦題:「26世紀青年」500年の人口冬眠後の世界はバカばっかりだったというSF映画),シナボン(甘ったるい大きなお菓子が1ドルで食べられるチェーン店),そしてスーパーボウル,自己耽溺的な60億人のブロガーの世界につながるが,実際に大衆に権力を与えたという点においてここ2000年間で最大の革命でもあり,単に資源配分を変えているのではなく,何を作るかのコントロールを通じて世界をヒトの情熱のままに変えていくのだ.

要するに,世界はマーケティングを通じて,大衆の欲望に向かって変革されていくという指摘だ.なかなか何ともすさまじい.

*1:ここではマーケターの使うジャーゴンがわかりにくいのも一因だと指摘している.例としてプリンターのマーケティングにかかるフレーズが載せられていて笑える.「It's our metallo-organic approach versus the incumbent technologies」「Thermochromic ink is the Pet Rock ink of the New Millennium」など