「Spent」第5章 消費者中心主義の幻想 その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


さてミラーはここまでに消費者心理がナルシシズム的であるという議論をしている.
さらに本章では,マーケターが私達にすり込んだものの考え方がいかに間違ったものかを示そうとする.


まず私達は高額商品を買って何を見せびらかそうとしているのか.表面的には「富」「地位」「趣味の良さ」ということになるだろうとミラーはいう.しかしさらにその本質を考えると,一体何を見せびらかそうとしているのかは実にあいまいだとミラーは主張する.


まず「富」
現代的にはこれはクレジットスコアだとミラーは言ってまず笑わせてくれる.これは高額商品で見せびらかすことができそうだ.しかしミラーはことはそれほど単純ではないという議論をしている.
まず私達は他人の金について道徳的に良い金と悪い金を区別している.さらに私達は性格や知性も問題にする.だから商品は単に高額であるだけでなく,様々な付加的な情報を含むのだ.
ミラーはここで同じ5万ドルで購入できる車でもそれぞれ意味合いが異なるのだと具体的に示している.ここはアメリカマーケットにおけるブランドイメージがわかって面白い.

  • BMW M3:離婚した40代の次席地区検事.週末の子供との面会のためにリアシートが必要だし,弁護士の恋人とのデートに加速性も重要.
  • キャデラック CTS-V:独身の19歳のラップスター.最近レコード会社とサインしたが,すぐ飲酒運転でライセンス剥奪されるだろう.
  • ジャガー Sタイプ:かつてポールダンサーだったバツイチの50代の不動産エージェントの女性.麻薬性鎮痛剤中毒でないことにプライドを持っている
  • レクサス GS460:35歳のレズビアンのカルチュラルスタディーの教授.最近コンドームの歴史のリサーチでテニュアを得た.スバルアウトバックに乗る護身術クラブマガのインストラクターの女性と同棲中
  • リンカーンタウンカー:テキサスで農機具ジョン・ディーアのディーラーをやって成功している70代の夫婦.アメリカ市民であることに誇りを持っている.


次に「地位」
地位はさらにわかりにくい.ステイタスシンボルは地位を表すように思われるが,それで地位を手に入れられるわけではない.地位はそれを見る周りの人々の心の中にある.ミラーはこれも非常に微妙なディスプレーが必要で,地位に応じて個性的なものになると言っている.それぞれの地位にそれぞれ相応しい商品があると言うことだろう.ここは具体例がないのでちょっとわかりにくい.


最後の「趣味の良さ」
これはさらに解釈の余地が大きい.というよりある人にとっての趣味の良さは別の人にとっては趣味の悪さになるという関係にある.だからこれはそれぞれの趣味の良さにそれぞれの商品があるという究極の姿になる.ミラーはそれは友人や同盟者に誰を選ぶかという振り分け基準として機能しているのであって,コーディネーションゲームのフォーカスに近いものだと説明している.

ミラーは次のように具体例を説明している.

私が金持ちで絵を買うとしたらなら,イーストサイドに住むヘッジファンドマネージャーが買うようなポスト印象派や抽象画を買わずに,フレッド・トマセリを買うだろう.なぜなら,知的に豊かだと思うし,生物的なモチーフも好きだし,サイケデリックなテーマも好みだからだ.それは私が,(サイケなものへの)Openness (開放性)を持つこと,細部へのこだわりを見せる芸術家に対して評価するというConscientiousness(勤勉性)をもつこと,そしてこのような芸術を知っているという知性をディスプレーしようとしているのだ.
趣味の良さを示すことで,単に似たものを惹きつけようとするだけでなく,異なる人を遠ざけようとすることもできる.トマセリの絵はそういう目的にも使える.(この絵を食事中に見るのが嫌な人は多いだろう)
逆にキリスト教信者は宗教的な絵を飾ることで私のような無信心者を遠ざけることができる.


進化心理学的には消費者行動の理解には次のようなことが重要だということになる.

  1. ヒトは親族や友達や配偶者からの支援を惹きつけようとする社会的動物だ.
  2. 私達はそれを,自分のことを示すサインを誇示することにより行う.
  3. 過去数百万年にそういう心性が進化してきた.
  4. ここ数千年で,買い物とディスプレーによってそういうことができることを学んだ.


だから「富」「地位」「趣味の良さ」は直接に重要なのではない.それらは支援を得るための代理変数に過ぎない.だから文化によって異なるし,時代によって変わっていくだろう.私達が他人と友人になったり同盟を結ぶときに本当に知りたいのは外見的な魅力,健康,精神の健全,知性,性格の良さなのだ.
そしてそれはほとんど日常的な会話によって知ることができる.実際に精力を費やして買い物をして誇示するものは時に冗長で逆効果だ.私達は幻想にとらわれているのだというのがミラーの主張だ.