「Spent」第16章 ディスプレーする意思 その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

「ディスプレーする意思」を制度的に制御できるか.
ミラーはうまくいきそうもない方式を検討した後で,市民社会の役割の議論に移っている.


ミラーは,アメリカ人は憲法に定められた制度のほかには非倫理的な企業と個人しかないと考えがちだが,そうではないという.
それ以外にも人の行動に影響を与えることのできる社会はある.文化の伝統,社会規範,習慣,言語,ミーム,エチケット,信念システム,グループアイデンティティ.これらは市民社会と呼ばれるものを形成している.(ミラーはここで,これらは社会科学者がイデオロギーディスコースヘゲモニー,ライフスタイルなどのよくわからない用語を使って研究しているものだと皮肉っている)


ミラーはこれは社会のオペレーティングシステムであり,人々の行動に大きな影響を与えることができるが,これを可能にするにはそれが働く非公式なやり方を理解しなければならないのだと主張している.(ここで強い個人主義リバタリアンが念頭にあるのだろう)や宗教的原理主義の人たちには理解が難しいだろうとも皮肉っている.またこのような現象に対する無理解は魔女狩りなどの大衆行動の狂気に結びつきやすいとも指摘している.)


では具体的はどう働いているのだろうか.ミラーの説くのは常識的な話だ.社会的な制裁,日常よく会う人々からの賞賛や非難が特に重要な動機になる.悪いことをした人を悪人として扱うという非公式な制裁が重要だということだ.これらは日本人には当たり前のことだろう.ミラーは「イギリス人はこれを理解していて,アメリカ人が何でも全部書き下そうとするのを面白そうに眺めている.20世紀後半のアメリカのリベラルアカデミックだけがこれをわかっていないのだ.」とコメントしている.


ではこの社会規範の力を「ディスプレーする意思の問題」にどう応用すればいいのというのだろうか.ミラーの提案するのは,「個人個人が,それぞれのイングループのなかで啓蒙運動を行ってみよう」という(あまり迫力のない)方策だ.要するにそもそもボトムアップで成立している社会規範を操作するのは難しいのでこのぐらいしかないということだろうか.
一応ミラーは,「これまでの反消費者運動は,対企業のフォーマルな場所での運動だったので,企業経営者にインパクトがなかった.彼等にインパクトを与えるには,彼等のイングループの社会規範を変えるようにするほか無い.」と説明している.
ミラーは現在先進諸国(特にアメリカで)誇示的消費について個人的に面と向かって批判するのはタブーになっていると指摘し,でもガッツを出して,それは見せびらかしているだけだと指摘してみる,あるいは一緒に考えてみようと提案する価値はあるのではないかとコメントしている.
なおミラーはかなり本気らしく,これをできるだけスマートにほのめかす戦略まで指南している.それによると共通の映画の話題から入るのが良いのではないかということだ.ちょっといかした映画は消費者中心主義にはまっている人生と,よりうまいディスプレー方法がセットになって提示されていることが多いという.確かに都会を舞台にしたロマンチックコメディではそういうストーリーが多いかもしれない.(もっともミラーが例にあげている映画は,「Fight Club」「American Beauty」「The Matrix」だからちょっと傾向が違う映画が念頭にあるようだが)


またミラーは社会規範を通じて「ディスプレーする意思」を制御する上で最大の障害は,住宅に関する法制度だと指摘している.つまり地域の規範がカオスになっていると社会規範の力は働かないが,現行のアメリカの法制では同じ価値観を持つ人が集まって住むことが困難だというのだ.これは要するにブラックムスリム専用の街を作ったり,レズビアン専用のアパートを建てることは難しいということを指している.
ミラーによると現在の法制下では唯一差別化できるのは,住宅の価格とそれを購入できる(あるいは借りられる)資力があるかということだけになる.その結果,低所得者のゲットーとワーキングクラスの規格化開発住宅と郊外の金持ち用の住宅ができあがる.それは非常にわずかに知性と誠実性を反映しているだけだということになる.ミラーは「価値観の同じ人たちで集まって住む権利を認めよう」というのは多様性と文化相対主義に染まった教養ある栄養人にはラディカルに響くが,歴史的には当たり前の話だったとコメントしている.


日本でも改まって特定価値観の人専用の住宅を造ることは難しいだろう.しかし官舎や企業の集合社宅,また住宅兼用の商店街などではある程度そのようなことがあっただろう.(ミラーはアメリカでも大学の寄宿舎,契約で縛ったゲート付き住宅ではそのようなことがあるとしている)これらはどんどん姿を消しているようなので,今後アメリカと同じような状況になるのかもしれない.