Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その32


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Empirical tests of inclusive fitness theory?>
Supplementary Information,Part B "Empirical tests reexamined"


包括適応度の数理的な批判のあと,Nowakたちは実証研究がプアだという批判を行っている.私の印象はダブルスタンダード的な言いがかりに近いというものだ.
彼等はその例を3つだけあげている.最初のものへのNowakたちの批判はナンセンスに思える.2番目はのものは確かにちょっと勇み足かもしれない.もちろん多くの研究の中にはスロッピーなものもあるだろう.彼等が3番目にあげているのは,論争全体の主人公の1人Stuwart Westが関わっている論文だ.詳しく見てみよう.


Griffin and West 2003.Kin discrimination and the benefit of helping in cooperatively breeding vertebrates. Science 302, 634-636


この論文にかかるNowakたちの批判は以下の通りだ.

  • 鳥や哺乳類のヘルパー行動が血縁淘汰により生じていることを示すために,Griffinたちは,血縁度と巣にとどまったヘルパーから与えられる援助量の相関が種間を超えてみられることを示している.
  • しかしながらもっと多くの種において生活史を比較した研究ではもっと単純な原因が挙げられている.それによると,より巣を作るサイト(あるいはなわばり)が希少財になっている種ほど,成体の死亡率が低く,環境変動が小さい種ほどヘルパー行動が見られるのだ.つまりヘルパー行動により若い個体は巣のサイトやなわばりを得ることができる.
  • Griffinたちが示した相関関係は,乏しいデータポイントに基づいており,より広いリサーチをすれば,いくつかの種のフローター戦略だけで説明できてしまうかもしれない.


さてこの批判がまともなものかどうかGriffinたちの論文を読んでみよう.


これは脊椎動物でも血縁淘汰が効いているかどうかを知るために,これまでなされてきた研究をメタアナリシスしたものだ.
彼等はデータとなる個別スタディについて,ヘルパーが行う援助量(あるいは援助確率)がヘルパーと受益者の血縁度とどう相関しているかという相関係数を rkin として示し.18の個別研究(鳥類が15種,哺乳類が3種)で現れた18個の rkin が有意にゼロより大きいかを調べている.平均は0.33で,有意にゼロより大きかった.そしてこれを持って脊椎動物のヘルパー行動にも血縁淘汰が働いているという議論をしている.


ここまではNowakたちの第一点目の指摘の通りだ.詳細が明らかになったところでもう一度Nowakたちの議論を見ると,最後の3点目の批判は私には意味がわからない.
フローター戦略についてNowakたちは(the common practice of the floater strategy in some species in which individuals move about nests and spread the amount of help given.)とだけ書いている.これは種によっては若い個体が広く分散して日和見的にヘルプ行動をするという意味だろうか.すると確かに援助量が小さい種で平均的な血縁度が低くなるだろう.しかしGriffinたちが示しているのはある種の平均援助量と平均血縁度を種間比較しているのではない.種内での援助行動の分散と血縁度の分散の共分散を問題にしているのだ.私の理解の通りだとすれば,このNowakたちの批判は意味をなさないものだろう.


さてGriffinたちの議論はここで終わらない.彼等はこの18個の rkin が-0.29から0.88まで大きくばらついていることを説明しようとしている.
そしてこれはr以外のb, cが種間で異なっているからだろうという議論を行う.そしてbの一要素をやはりメタアナリシスで分析を行っている.それは受益個体の繁殖・生存率と援助量の相関量で rhelp で表す.そしてこの rkin と rhelp が種間で相関しているかを見ると,ハミルトン則の予測通りに相関していることが示されている.
さらに rhelp が非常に低い種においては血縁的な利益よりも別の直接的な利益が大きいために rkin が低くなるのだろうという議論も行っている.
(なおここでは,巣内の血縁度の分散が低いなら血縁識別への淘汰圧が低くなるので,それも rkin の分散要因として効いているだろうという議論も行っている)


そしてGriffinたちの結論は以下の通りだ.

  1. 脊椎動物にあってもヘルパー行動において血縁淘汰が働いていることが示された.
  2. 血縁淘汰の効き具合は種間で異なっている,そしてハミルトン則から予測される通りにbの大きさと効き具合に正の相関がある.
  3. この研究は,直接的な利益が効いていないことを示しているわけではないことに注意が必要だ.さらに血縁的な利益と直接的な利益の相対的な大きさについても何も示してはいない.それは今後の課題となるだろう.


明らかにGriffinたちは直接的な利益にも注意を払っている.この論文で主張しているのは,血縁淘汰も要因のひとつとしてあるだろうということだ.だからNowakたちの2番目の指摘もまったく的外れだ.基本的に血縁の近さとその他の要因は排他的であるわけではない.にもかかわらず,血縁の近さが効いているという主張があるから,対立仮説を無視しているというのはそもそも論理的に成り立たない言いがかりだ.さらに論文を読めばわかる通りGriffinたちはちゃんとb, cにかかる要因について注意を払っている.
特にこれだけはっきり結論部分で直接的な利益について言及しているにもかかわらず,Nowakたちの言い方では,Griffinたちは直接的利益の説明を無視しているようにしか読めない.(Nowakたちが「血縁の近さとその他の要因が排他的である」と本当に考えるほどナイーブではないとすると)これはまさにありもしないかかしを仕立ててぶん殴る筋悪の議論であり,非常に悪意に満ちた攻撃だという印象を禁じ得ない.