環境史とは何か (シリーズ日本列島の三万五千年―人と自然の環境史)
- 作者: 湯本貴和,矢原徹一,松田裕之
- 出版社/メーカー: 文一総合出版
- 発売日: 2011/01/29
- メディア: 単行本
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本書はシリーズ「日本列島の三万五千年ー人と自然の環境史」の第一巻である.このシリーズは日本列島へのホモ・サピエンス渡来以降,つまり後期旧石器時代以降どのような自然環境の変化があったのかが主題であるが,特に「近代化以前には「賢明な利用」があったとされることが多いがそれは本当か」という問題を事実に即して見ていこう,そしてその中で今後の教訓となるものは何かという問題意識に沿って編集されている.第一巻である本書では総説的な問題が取り上げられている.
序章では「生物文化多様性」「賢明な利用」「伝統的生態知識」「コモンズ」「ガバナンス」などの基礎概念の整理を行っている.ここではオリエンタリズムと結びついた情緒的な「里山」概念の危うさが指摘され,より事実に基づいた取り組みが推奨されている.
第1部は総説の中の総説というべきもの,概念整理と歴史の見取り図が示される.
第1章では「何故日本は生物多様性のホットスポットなのか」という問題を解説している.自然環境,地史,ヒトによる環境利用の歴史の3点にわたって概説がある.ここでは日本の環境利用の歴史は決して賢明で安定的なものであったわけではなく,過剰利用や枯渇と克服の歴史があったことが指摘される.時に過剰利用はあったのだが,降雨量の多さなどの条件や管理の転換などの歴史により何とか現在の自然が保たれているということだ.
また「生物文化多様性」については第3章でさらに詳しく解説されている.
第2章で日本列島におけるヒトと自然の関わりの歴史が詳細に解説される.
森林利用については奈良時代から平安初期に近畿地方で良材が枯渇したこと,戦国から織豊時代,そして江戸初期にはかなり大規模な森林伐開が行われたことが指摘されている.江戸中期以降は,片方で幕府や諸藩による植林政策がとられたが,逆に製鉄製塩製陶などの産業による森林破壊も継続したようだ.明治以降第二次大戦前まではさらに奥地までの森林利用が進み,戦後1950年代から国土緑化運動によりスギが大量に植林されるようになったという流れのようだ.現在は里山の経済価値崩落による管理放棄も生じている.
このほかに狩猟,草地の利用などの歴史も説明されている.
第4章ではよりグローバルな環境利用史が解説されている.ジャレド・ダイアモンドの著作を紹介しつつヒトの系統,農業の始まり,崩壊した社会などについての系統樹を示し比較法が解説されている.その後に農業以前の環境破壊.農業以降の環境破壊を説明し,一般的な「環境破壊は農業以降」という理解が必ずしも正確でないことを示し,(大型動物の取り尽くしは農業以前,初期農業には継続利用可能な形態も多い)農業拡大による環境破壊がある場合も様々な経緯をたどりうることが強調されている.
なおここでは産業革命以降生物多様性資源への依存度が低下したことにより森林伐採が進んだと整理されている.しかし化石燃料の使用は地球温暖化問題にとってはマイナスだが,森林破壊問題にとってはプラスだったと思われるが,そのような考察はない.本章は大変力の入った意欲的な章だが,ここはちょっと残念だった.
また日本的自然観と西欧的自然観を対比させ,両者の補完性に注目すべきだとまとめ,自然と共生するビジョンを今後の教訓だと主張している.このあたりの記述は事実の指摘と価値観の主張がやや混然となっており,保全生態学のあり方の難しさを感じさせるものだ.
第5章は先住民の民族知について.かつては近代科学とは異質のものとされてきたが,当然ながらそこには貴重な知見も含まれるのであり,地域別に体系化して役立てていくことが望まれるという趣旨で,具体例も示されている.
第2部は「賢明な利用」について
まず第6章で経済的な問題が「最大持続収穫量」の説明とともに取り上げられている.ここで興味深いのは経済学的に将来価値を割り引くと,市場割引率より自然増加率の低い資源は現時点で全部取り尽くす方が合理的になってしまうという問題だ.(すべて取り尽くして換金して債券を買って金利を受け取る方が持続的に資源を収穫するより経済的な効用が高くなる)本書ではこれに対して自然資源の経済的割引率を人為的に低くする方法とそれへの批判が紹介され,費用対効果だけで解決できない問題と整理している.しかしこれは過剰収奪を繰り返していったときに自然資源の将来価値が希少性によって上がっていくことを無視して計算するために生じる問題ではないかという気がする.なおもうひとつの最大持続収穫量の問題点として共有地の悲劇も紹介されているが,これはむしろガバナンスの問題とした方が良かっただろう.さらに「最大持続収穫量」による管理では漁業収益以外の生態系サービスの効用が無視されやすいことも指摘している.
また後半では順応的管理が説明された後,実務的な管理方法として海洋保護区や禁漁期間の設定などが具体例とともに紹介されている.
第7章では環境倫理学の立場から「賢明な利用」が議論されている.いかにも文系的な寄稿で,様々な考え方が紹介されているが,焦点はあまりはっきりしない.やはり価値を真正面から議論するのは難しいようだ.
第3部は環境ガバナンスについて.これまでの観察例からは管理はトップダウンよりも重層的でかつ地元住民も利害関心を持って参加する形が望ましいと主張されている.
第8章では日本の環境ガバナンスの歴史上の例がいろいろ紹介されている.共同使用の例,漁業権などの排他型利用の例などがある.ここでは徳川綱吉の生類憐れみの令の影響なども議論されていて面白い.(管理されていた猟場や鷹山が管理されなくなるといった例もあったようだ)
第9章ではまず重層的ガバナンスの重要性が説明された上で,京都の保津川の例が紹介されている.ここではこれが重層的な管理の例として紹介されているが,私には保津峡の材木運送の独占利益を巡る関係各団体の交渉の歴史にしか思えなかった.
第10章は自身の経験や屋久島や西表島の例を取り上げて重層的管理,および地元住民の利害関与の重要性を議論しているもの.ちょっと環境リベラルイデオロギー的な言い回しの多い文章だが,実務的に価値観が異なる主体間の調整が非常に難しいことがよくわかる寄稿になっている.
最後に終章として本書全体の議論がうまくまとめられている.
本書は環境に対するヒトの影響の歴史をたどり,それを今後の賢明な利用につなげようという明解な意思を持って企画されているもので,その視点はなかなか興味深い.環境保全と歴史に関心のある人にとっては是非読んでおきたい一冊だろう.私的には過去の歴史を包括的に捉えようとした第2章,第4章が特に面白かった.
関連書籍
矢原徹一による第4章で参照されているダイアモンドの著作
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なお第4章の章末ではこの本も紹介されている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101228
Natural Experiments of History
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