「巨大翼竜は飛べたのか」

巨大翼竜は飛べたのか?スケールと行動の動物学 (平凡社新書)

巨大翼竜は飛べたのか?スケールと行動の動物学 (平凡社新書)


動物にデータロガーを取り付けてその運動の様子を探り,身体の大きさとのアロメトリーや環境との関連などをリサーチする様子を描いた一冊.同じ著者による「ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ」の続編といった様子の本だ.


最初は前著での結論「水生動物の通常の遊泳速度は身体の大きさと無関係に一定で,秒速2メートルほどである」が実は微妙に成り立っていないのではないかという議論から始まる.ペンギンとクジラで区別してプロットし直してみると身体の大きさに対して速度が微妙に増している(ペンギンで速度は体重の0.083乗に比例する)ようなのだ.ここからスケーリングの基本の解説の後,そもそも彼等にとって最適な速度は何かという問題が提示される.そして移動コストを最小にしていると仮定して,抵抗,浮力,基礎代謝と運動にかかる代謝を入れた微分方程式を解く.すると経済的遊泳速度は休止代謝速度の1/3乗に比例し,抵抗係数や面積の-1/3乗に比例することが示される.これをペンギンの場合に当てはめると経済的遊泳速度は体重の0.05乗に比例することになりデータと整合的になるのだ.


すると休止代謝が低く流線型ではないウミガメの経済的遊泳速度は遅いことになる.ここからは実際にウミガメにデータロガーを取り付ける苦労話だ.三陸の定置網に入ったウミガメにデータロガーを取り付けて放流し,機械を回収するのは漁師さんたちとの人間関係も含めてノウハウの固まりであることが語られている.ウミガメは20メートルぐらいの深さを秒速0.6メートルで遊泳し,時々浮上して息継ぎするのだが,そのときに辺りを見回して方向を定めているらしい.またマンボウにもデータロガーをつけて解析している.遊泳速度はウミガメと同じぐらいになるようだ.マンボウを巡る苦労話もなかなか面白い.


次はヨーロッパヒメウとカワウの羽ばたき周波数のリサーチ.彼等が経済性を最適にして飛行しているなら,羽ばたき周波数で体重変化が推測できるのではないかというアイデアはなかなか面白い.体重変化がわかれば採餌戦略を分析できる.そしてデータロガー取り付け回収の話もセットされている.カワウの場合はまず餌に睡眠薬を混ぜて眠らせてから取り付けるのだそうだ.


ウの次はオオミズナギドリの調査が紹介される.三陸の三貫島には有名なオオミズナギドリの繁殖コロニーがある.このコロニーを徹底的に観察する.オオミズナギドリはよく「平地からは飛び立てずに木に登って樹上から飛び立つ」と紹介される.確かに御蔵島ではそういうシーンが紹介されているが,三貫島のオオミズナギドリは平地からも平気で飛び立つことができることがわかる.
著者はこのオオミズナギドリにデータロガーを取り付けて調べ,さらにワタリアホウドリ,ノドジロクロミズナギドリ,ススイロアホウドリなどのデータをとり,羽ばたきには飛び立ち時の速い周波数と,滑空の合間に見られる遅い周波数の2種類があることを知る.つまり彼等は飛び立ちモードと巡航モードの羽ばたきを持っているということだ.そして彼等の生態を考えると飛び立てないとか常に滑空だけ行うという状況は適応的でないだろうと主張している.


そして最後にこの本の題である巨大翼竜についての話題が振られている.ケツァルコアテルスは古生物学者の推定のコンセンサスでは翼長10メートル,体重70キロとされているが,それでは翼長に比べて体重が軽すぎて不自然だし,筋肉量を考えると飛行できない,しかし滑空だけ行うというのは生態的にあり得ないだろう,またある程度自然な体重だとして巡航時の代謝を考えると持続的飛行は不可能だろうという議論を行っている.翼竜が飛べたとするならその大きさは翼長5メートル体重40キロあたりがぎりぎりだとも主張している.
著者のスケーリングと生態条件を組み合わせた議論は説得的だ.確かに現生の飛行可能な鳥類の大きさの上限は様々なクレードで体重約10キロのところに収斂している.5メートル40キロとしても非常に苦しい.*1 滑空だけ行うならムササビのような生態しか考えられなくなるだろう.*2 しかし片方で,その形態が与えるコストを考えると,巨大翼竜の骨格は彼等が飛行生物だったことを強く示唆している.巨大翼竜は引き続き大きな謎を私達に提示しているということだろう.


本書はデータロガーという新しい分析器具を用いることによりリサーチの平面がどんどん広がっていく知的興奮と現場の苦労を合わせて読みやすく書かれていて,大変面白い新書に仕上がっている.前著と合わせて読むことをお薦めしたい.


なお著者のホームベースになっている東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターは岩手県大槌町の海岸にあり,今回の大震災で大きな津波の被害を受けているようだ.著者や研究員の皆様のご無事と研究所の再興,研究の再開を心より祈念したい.



関連書籍



ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)



前著,私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20071117

*1:ここではアルゲンタビスという飛行したと見られる古代巨大鳥類の議論もされている.その真の大きさや飛行モードを巡ってまだまだ謎は多そうだ.

*2:コンドルが滑空だけではないかという議論もあるようだ,著者は調べてみるまで断言は避けたいが,彼等も飛び立つことが可能だろうし,巡航時に時に羽ばたいているだろうと思うと述べている