
Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind
- 作者: Robert Kurzban
- 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
- 発売日: 2011/01/03
- メディア: ハードカバー
- 購入: 4人 クリック: 174回
- この商品を含むブログ (25件) を見る
第9章 道徳と矛盾(承前)
道徳判断のモジュールが複数あり矛盾しつつ意識モジュールにはその計算過程が伏せられていることについての各論.中絶,ドラッグとすすんで次は「市場」だ
<インモラル市場>
クツバンはスロウィッチの「群衆の知恵」をまず引用する.「多数の判断はしばしば正しい」
これは投票市場で現れる.選挙結果の予測は世論調査より市場の方が正確だった.クツバンは,これはある意味当然で,市場では嘘をつくのにコストがかかるからだと説明している,説明振りはいかにも心理学者らしく面白い.
ここでクツバンが特に取り上げるのは「市場」が不当に「悪」だと評価されやすいという問題だ.
中東などの政治情勢を予想する市場があった.テロ対策として役に立つかもしれなかった.しかし二人の上院議員はそれを非難した,役立たずでグロテスクで馬鹿げていると.おそらくこれは道徳的な嫌悪なのだろう.
クツバンは,なぜ人々が先物市場やギャンブルを嫌うかがよくわからないとコメントしている.
ギャンブルは事実上ドラッグの一種で本人を破滅に追い込むことがあるのでそれほど不思議ではないように思うが,確かに先物市場は謎だ.
例えば日本では江戸時代に世界に先駆けて米の先物市場が成立したのだが,戦時中の食糧管理政策の中でなくなり,その政府全量買い上げ政策が放棄された後も農業団体の反対により永らく米の先物市場は認められなかった(最近上場される動きがあり注目されている).参加者の多い透明でよい先物市場ができれば,生産者にとっても(農協などの集荷業者にとっても)価格変動ヘッジの手段となって望ましいはずだ.しかし農業者団体は現在も反対の立場だ.基本的には「農家が汗水垂らして作った米の先物市場で投機筋が(農家の負担において)儲けるのは許せない」ということのようだから,これはモラル的な反対だということかもしれない*1.
クツバンは,マーケットは望む者同士が交換するものであって,全ての参加者が豊かになれるのだが,市場を悪と見る心理がその利用を妨げていることがあるのだと指摘する.
なぜ人はマーケットを嫌うのか.
クツバンは,これは重要な疑問であり,人の本性の理解を進めるだけでなく,より人々を豊かにする役にも立つといい,市場についての考察をさらに行う.
<捨ててもいいけど売らないもの>
クツバンは読者に問いかける.
あるいはあなたは啓蒙されていて先物市場に賛成かもしれない.
では臓器市場はどうか?
クツバンは,合理的に考えて臓器市場は臓器供給を増やし多くの人命を助けることになるだろうと指摘する.
しかし私達はそれを好まないし,現在の制度ではドネートすることはできても売ることはできない.臓器はセックスと同じくあげてもいいが売ってはいけないとされているのだ.セイラーとサンステインは「ナッジ」において「臓器市場のアイデアは,いまだによく理解されていない理由で不人気だ」と述べている.
では人々はそれがいけない理由をどう説明するのだろうか.
一部の人は政治経済的な理由をあげる.
- 貧しい人が売り手になるのは好ましくない.
クツバンは,しかし貧しい人がリスクをとって稼ぐのは普遍的な現象であり,特に臓器売買だけを禁じる理由にはなりそうもないと簡単に棄却している.
ここはやや微妙だ.私達が臓器市場を「悪」だと感じることはとりあえず置いておいて,政治経済的に臓器市場に反対する理由もあるように思われる.仮に死後の受け渡しの契約であったとしても臓器の価値は売り手の年齢がかさむにつれて下がってくる.だとすれば,臓器の買い手は常に売り手のより早い死を望む,つまり殺人の動機を持つことになるだろう*2.これはその他の経済的弱者に対する搾取的な取引と質的に異なっている.買い手が直接手を下さないとしても,売り手が早く死ぬことにより誰かが利益が得られるという状況がある限り様々な犯罪の誘因になる可能性があるように思われる.
一方多くの人があげるのは道徳的な理由だ.
- 臓器売買はいけない.脳の一部がこう判断する.そして後付けで理由をでっち上げるのだ.
クツバンはこの理由にかかる謎は心理学者が解くべきものだとコメントしている.