雪交じりという予報も出ていたが,何とか天気は持ちそうな札幌の二日目の朝.今日は人類進化についての特別講演が2つ組まれていて大変楽しみだ.
11 月 20 日(日)2日目
特別講演
化石から探る人類の進化: ホモ属の拡散と多様化 海部陽介
ジャワの化石人骨の研究者として知られる海部陽介による講演.非常に内容豊富で面白かった.
まず化石人類研究の課題とアプローチを整理
<課題>
- 人類はいつ「人間」になったのか
- 人類らしさとは何でどう進化したのか
- 現代人の多様化はいつどのようにして生じたのか
<アプローチ>
- 化石形態,身体特徴
- 考古学からの行動分析
- 地理的拡散からの行動分析
そして科学の手法としては仮説検証によるものが主流だが,化石の研究では探索的な研究も重要だとコメント.掘ってみて何がでるかを見るというのが基本的な手法になるということだろう.例として,日本では最高程度の磨製石器が出土するが,それが何に使われたのかについては「木を切るのだろう」とかという推測しかできなかったが,アボリジニに似た石器があることがわかり調べると彼等はそれを蜂蜜をすくい取る道具として使っていたことがわかったという事例を挙げていた.
また研究の実際を紹介し,川底から出た化石の堆積層を探して砂の分析をしたり,砂漠や洞窟の発掘現場を見せたり,博物館での化石のクリーニングや素人のいい加減な復元をもう一度やり直したりすることを紹介していた.なかなか大変だ.
ここからが本題
<ホモ属の誕生>
ホモ・ハビリスの誕生時にはアウストラロピテクスと共存していた,特にほぼ同じ地域での頑丈型猿人との共存が興味深く,歯の違いから食性が分岐していたことがわかる.
ハビリスの特徴としては,脳の増大,歯の小型化,肉食,石器があり,これらはみな関連していると思われる.
では何がこの進化を進めたのか.最近第四紀の定義が変わり260万年前からということになったが,そのころから全地球的に氷期が始まり,ハビリスの生息地域で草原化が生じたと考えられ,森林から得られるものが得にくくなり,堅果などに食性を変えたのが頑丈型猿人で,肉(雑食)に向かったのがホモだと思われる.
<出アフリカと多様化>
ホモ属の出アフリカの最古の証拠はドマニシ(180万年前)アタフエルカ(120万年前)中国(石器のみ,166万年前)ジャワ(120〜160万年前)あたり.
50〜80万年前あたりを見ると,アフリカのカフウェ(50万年前)北京(40〜75万年前)ジャワあたりの分布が確認される.
そして6万年頃からサピエンスの拡散という図式.
エレクトゥス・エルガスター論争
1種か2種かという論争だが,欧米の形態分析学者は一山型の分布なので1種が適当とする.海部としては疑問.時系列に沿ってみると平行している別のトレンドが浮かび上がる.2種ではないかと思う.
ジャワ原人
80〜120万年前のサンギアン化石,30万年前のサンブルマチャン,そして10万年前のカンドレと,形態面で継続的に進化しているのは間違いない.
<フローレシエンシス>
最近復元像を造ったが,作ってみると本当に小さいことが実感できる.発掘は現地住民が無償で協力してくれるので大変安上がりにできる.
2004年の発表以来様々な誤解がある.NHKブックスは発掘物語としては良いが,高度な文化という解釈は明らかに間違い.投げ槍でゾウを倒したなどあり得ない.基本的な原人の文化と同じ水準と考えてよい.
フローレシエンシスの与えた衝撃
- ウォレス線を越えている.これは大変な驚き.しかし越えているのは事実なので認めるしかない.
- 年代が7万年前〜1万2千年前なのでホモ・サピエンスとオーバーラップしたはず.これも事実であり,コンタクトの可能性もあっただろう.
病気のサピエンス説
いろいろでたが,まったく話にならないものが多い,主張される病変と形態がまったく異なっている.ただ1つ傾聴に値したのは,フローレシエンシスの頭蓋にゆがみがあるという指摘.これは確かに歪んでいて,化石化の土圧で生じたものとは解釈できない.いろいろ調べていくうちにこれは赤ちゃんを寝かせているうちに生じるゆがみだと判明.そうするとこれは二次的な晩成性の証拠としてつかえることに気づき,現在様々な化石のゆがみを調べるプロジェクトを始めたところ.
フローレシエンシスの起源
これも様々な説が出て論争となった.学会の趨勢は脳の劇的な縮小を受け入れがたく,ジャワではなく,より古くから分岐という方向だが,海部のリサーチでは形態的に連続が認められ素直にジャワ原人が起源とすべきだと考えられる.
<デニソワ人>
最近のホットトピック.これは古代DNAの解析から始まった.まずネアンデルタール人と現代人に交雑の証拠が見つかった.サピエンスの1〜4%の遺伝子を共有しているという話で,遺伝子の専門家の話では交雑を認めるのが素直な解釈ということだ.
そしてネアンデルタール人の発掘現場の1つであるデニソワの洞窟からでている化石のかけらからネアンデルタールでもサピエンスでもないDNAが検出され,これが「デニソワ人」と呼ばれている.これは「アンノウン」であり新種だとは主張されていない(すでに見つかっている化石人類のものかもしれない).さらに衝撃的なことには「デニソワ人」のDNAはサピエンスのうちメラネシア地域の人たちとだけ遺伝子が一部共通している.すると「デニソワ人」が実在しているとすると,彼等はサピエンスがメラネシアに拡散する途中にその途上(東南アジアあたり)に分布していて,そこで交雑が生じた(要するにデニソワ人はデニソワのある中央アジアの北部から東南アジアまでの広い地域に分布していた)ということになる.これはジャワ原人との関係も問題になる.
海部としては,「デニソワ人というのは実体がなく,ネアンデルタール人と原人の交雑個体だ」と考え方がいいのではないかという感触を持っている.
<ホモ・サピエンスの進化と世界拡散>
南アフリカのブロンコス洞窟の7〜8万年前の遺跡からシンボル的なデザイン,貝のビーズなどの現代的な特徴を持つ考古物が多数出土していて,いわゆるシンボリックエクスプロージョンのルーツもアフリカにあることがほぼはっきりしつつある.
そして出アフリカ後世界に拡散し,この過程で大型動物の絶滅を引き起こしていったと思われる.
盛りだくさんの講演だった,特にフローレスエンシスとデニソワ人の最新の解釈がいろいろ聞けて面白かった.デニソワ人についてはなお紆余曲折ありそうだ.海部の解釈でも,まれにしかいないだろう交雑個体の骨がたまたま残るものだろうかという疑問は残るように思う.科博のフローレシエンシスの復元像も機会をつくって見に行きたいものだ.
人類がたどってきた道 “文化の多様化"の起源を探る (NHKブックス)
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口頭セッション3<進化心理学・意思決定>
日本における第三者の兄妹相姦行動に対する道徳的評価について 露木玲
インセスト忌避とウェスタ―マーク説を簡単に紹介した後,第三者のインセストへの嫌悪感がどのような条件で生じるかを調べてみた結果を報告.基本はアンケート調査で様々な項目との関連を見る.
あまりはっきりした結果は出ないのだが,親の年齢との相関がでたので「兄と妹の組み合わせ」が効くのかとさらに調べると否定された.
先行研究では存在が示唆されていた母親による弟妹の世話(MPA)の目撃という状況も検出されなかったというもの.
質疑では日本では弟妹と別家庭になること自体少ないから検出できないのではないかとの指摘があった.おそらくそういう事情が効いているのだろう.
しかしそもそも何故非血縁の第三者のインセストに嫌悪感が生じるのだろう?潜在的なライバルの子供が遺伝的に劣化するならそれは競争的には望ましいことではないだろうか?この現象はもっと深い謎を持っているように感じられる.
恋愛感情の機能についての進化論的考察 下田麗
恋愛感情と母子のアタッチメントの関係を調べてみましたという発表.
Fisher(1998)は恋愛を,性欲,恋愛感情,愛着の3段階で説明した.また恋愛と愛着は同じメカニズムだという説もあり,混乱している.
そこでイギリスでアンケート調査を行った.まずアンケートの結果を因子分析すると恋愛感情,愛着,無差別な性欲,特定相手への性欲が分けられた.交際ステータス,子の有無がこの因子にどのように効いているかを調べると,デート中で同棲前では愛着が低く特定相手への性欲は強い,また子の有無は愛着に関係せず,子供がいると不特定相手への性欲が強いという結果になった.とりあえず予備的な結果で考察はこれからという内容.
なかなか面白い着眼点だが解釈は難しいように思う.さらにリサーチを進めていくといろいろわかってくるかもしれないという感想.
義母は鬼に非ずや ‐現代日本における祖母仮説の検証‐ 福川康之
現在は「孫」ブームで「孫の力」という書籍,雑誌があるそうだ.基本的には孫と同居することで元気になれるという話らしいが,このつかみは会場でかなり受けていた.
発表は閉経の存在についての祖母仮説を念頭に,親との同居が子の誕生に影響を与えているかどうかを見るもの.
そして確かに親との同居は子の誕生,次子の誕生に影響を与えているようだ.その効果は祖父<祖母であり,これは予想通りだが,面白いのは実母<義母になっていることだ.
発表者は現代日本の環境においては,義母は嫁の操作(浮気防止)よりも子育て援助に向かっているのだろうとまとめていたが,それでも実母の効果の方が小さいことは説明できないように思う.謎だ.
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