「The Better Angels of Our Nature」 第7章 権利革命 その6  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


権利革命による暴力減少.次は同性愛者の迫害だ.



IV ゲイの権利とゲイ差別の減少,同性愛の非犯罪化


ピンカーは同性愛者についてはアラン・チューリングの逸話から始めている.よく知られているようにアラン・チューリングチューリングマシンの原理を提示し,ナチの暗号を解き,チューリングテストを提唱した.そしてその功績に対し,英国政府は彼を同性愛行動を理由に逮捕し,投獄と去勢で脅し,自殺に追い込んだのだ.これは1954年のことだ.


つまり西洋では同性愛は単に気持ちの悪いものとか忌避の対象ではなく,つい最近まで「犯罪」とされ,社会的な非難,リンチもあったのだ.このあたりは日本とは随分違うところだ.日本では忌避や差別の対象にはなっても,基本的には「趣味嗜好」の問題で,犯罪という認識はほとんど無いのではないだろうか.とはいえ迫害がないわけではないということだから,同性愛への嫌悪は文化的なユニバーサルといってもいいのだろう.


では何故(西洋では)同性愛者は暴力の対象になるのか?これは進化的に考えるとなかなか難しい.そもそも男性にとって,別の男性がホモであれば割り当ての女性が増えてラッキーなはずだ.レズはそういう意味では(男性にとって)不利になるが,憎しみは明らかにホモの方に大きく偏っている.


ここでピンカーは迫害については進化的に謎だとして,同性愛自体についての進化的な議論を整理している.

同性愛自体は進化的には謎ではない.

  • 人間は柔軟にできているので,様々なことから性的快楽を得られる.そして周りに女性がいなければ代替物を求めることに不思議はない.男性ばかり,女性ばかりの環境では特にそうだ.


真の謎は同性愛傾向だ.

  • なぜ異性よりも同性との行為の方が好きな人がいるのだろう?
  • 行動遺伝学的な知見によると少なくとも男性の場合この傾向は生得的であるようだ.


進化的には謎だ.いろいろな仮説はあるがよくわかっていない.

  • 別の利益がある.女性の体の時に(特にX染色体にある時に)利益のある遺伝子など
  • 進化的な新奇環境で発現している.(狩猟採集民では60%で同性愛の報告がない)


血縁淘汰的な利益仮説(甥姪を通じて利益がある)という説は紹介すらしていない.これはさすがに信憑性がないということなのだろう.


なおピンカーはここで「同性愛は『生得的』であることが『政治的に正しい』とされる.これは通常の個人差が生得的であることは政治的に正しくないとされることと対照的だ.これは自分の選択ではないので非難できないからだと説明されている.」と皮肉っていて面白い.


<同性愛迫害の歴史>


西洋では同性愛は犯罪とされてきた.もっとも古代ギリシア古代ローマではそうではなかったから基本的にはキリスト教の影響を受けた中世以降ということになるだろう.ピンカーはこれは嫌悪とモラルが混同された結果だろうとコメントしている.そして死刑や切断刑の対象となってきた.ホロコーストにおいても対象とされたと指摘している.


流れの転換は啓蒙主義からだ.嫌悪や宗教的なドグマから離れて考察するようになった.


アメリカは非犯罪化についてやや遅れ気味の歴史を見せる.


80年代にAIDSもあり,同性愛者の権利運動は盛んになった.

  • 有名人が相次いでカミングアウトした.ロック・ハドソンエルトン・ジョンジョージ・マイケルなど
  • 小説や映画やテレビ番組の取り扱いも変わった.コメディで魅力的なキャラ設定がされるようになった.
  • 多くの人にとってコミュニティの一員と認識されるようになり,共感のサークルの内側に入るようになり,それと共に受容が進んだ
  • リベラルと保守の差,民族差(白人の方が受容的),世俗的か宗教的かの差はあるが,すべてのカテゴリーで受容度は上がっている.
  • 特筆すべきは若い世代の受容度が高いことだ.特に年上の世代は「望ましいことではないが受容する」という態度なのに対して,若い世代は何ら問題だと思っていないようだ.(だから若い世代はゲイが生得的でないとしても全く問題にしない)
  • これは年齢による保守度の上昇である可能性もあるが,おそらくそうではない.だからアメリカは将来的に彼らが大層を占めるようになり,ますます受容度が上がっていくだろう.


ピンカーは以下のようにまとめている.

そして(ゲイ迫害暴力減少の)実際のデータを見つけるのは難しい.ヘイトクライムのデータも1996以降しかないし,そしてそれはそもそも主観が混じる上に数も少ないが,襲撃だけでなく脅しもいれると減少傾向が見てとれる.
だからゲイについては脅し,差別,モラル的な非難は減ってきているのだ.何よりも大きいのは,もはや犯罪ではなくなり政府による暴力を受けなくなっていることだ.


日本では暴力的な迫害自体はそれほど表立ってはいなかったが,ゲイに対する偏見は根強くあっただろう.そして一般の受容度は西洋と同じく近時上昇しているのだろう.(なおカミングアウトする有名人はアメリカなどに比べて少ないようだから少し遅れ気味ということだろうか)