- 作者: ジョン・ロンソン,古川奈々子
- 出版社/メーカー: 朝日出版社
- 発売日: 2012/06/08
- メディア: 単行本
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突撃取材型ジャーナリストによる狂気の周辺のルポ.邦題は「サイコパスを探せ!」と刺激的だが,原題は「The Psychopath Test」となっており,サイコパスの話が多くを占めているが,むしろ精神障害や性格障害の診断法自体が主題といっていいだろう.
冒頭では謎の本が世界中の選ばれた科学者に届けられるというミステリーから始まる.それは一人のクレージーなスウェーデン人の妄想から生まれたものだと後でわかるのだが,科学者たちはそのミステリーに夢中になる.著者はそれをみて,もしかしたら狂気が世界に多大な影響を与えているのではないかと考えて取材を始める.そこからは突撃取材の連続だ.
精神科医を敵視するサイエントロジー信者,ちょっとした犯罪を犯したときに精神病の振りをして逃れようとしたあげくサイコパスと診断されて一生隔離される羽目になったブロードムーア収容者,激しいリストラを行うことで財をなした元CEO,適度な妄想時にはマスコミの寵児になり神懸かった妄想になったとたん忘れられた元MI5,LSDを用いた共感療法を行ってサイコパスを治療しようとした研究者,ネットに巣くう陰謀論者たち,おとり捜査で失敗した犯罪プロファイラーなど取材対象は多彩だ.
著者によるそもそもの取材テーマ,「世界は一部の人の狂気によって影響を受けているか」については,「よくわからないが,少なくとも企業トップの数%を占めるサイコパスたちによって情け容赦ないリストラが行われて地域社会が影響を受けているようだ」ということに止まっている.*1
しかし著者の取材はだんだんと別の方向にも光を当て始める.取材により紡ぎ出される様々な話に精神障害の診断法の持つ問題が浮かび上がってくるのだ.少なくとも現時点では精神障害や性格障害の診断にはDSMなどのチェックリストが使われていて,そのチェックリストと独立な判断基準はない.だからチェックリストが正しいかどうかは検証できないのだ.それは経験豊かな精神科医たちの討議で決められているにすぎない*2.そこに精神障害が多いと儲かる製薬会社,自分の精神状態や性格に何らかの診断がつくと安心する多くの人たちというステークホルダーたちが絡み合う.控えめにいってそれは有用ではあってもとても逸脱しやすい不安定な状況にあるということなのだろう.著者は本書においてなにか明確なキャンペーンを張っているわけではないが,この気味の悪さの指摘には説得力がある.
いずれにせよノンフィクションとしてはよくできた本だ.何しろ手練れのジャーナリストによるものだけあって,冒頭から息もつかせぬスリル満点の冒険が始まり,読み始めたら止まらない.そしてぼんやりとではあるが大きな問題を浮かび上がらせている.訳もよく読みやすく,価格も抑えめに設定されている.精神障害などに関心のある方にはおすすめである.
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