「The Better Angels of Our Nature」 第9章 より善き天使 その5  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


より善き天使,4人目は「理性」になる.


V. 理性


ピンカーは冒頭で現代アメリカに渦巻く反知性主義的言説を嘆いている.

逆境では理性はなくなるらしい.今日,ポピュラールチャーもアメリカの政治論争も地に落ちた感がある.例えば,宗教的原理主義,ID,各種陰謀論・・・
コメンテイターは,理性の力には限界があると論じ,ハーバードの俊英がアメリカをベトナム戦争に引きずり込んだのだから,大統領は知性が低くても,良心を持ち明確な道徳があればいいとコメントしたりする.ポストモダニズムと宗教的原理主義者は,ホロコースト啓蒙主義の結果だという点で意見を一致させる.心理学者は人は感情で決定し,理性は後付の理由をでっち上げるだけだと言い,行動経済学者は合理的経済人の仮定をこき下ろす.
本節ではこのような悲観的な見方はおかしいということを読者に納得させたいと思っている.


ピンカーはここでここで反知性的と紹介した言説についてのコメントを念のため付け加えている.

  • 1946以降,大統領の知性と戦争による死者は逆相関している.相関係数-0.45
  • ホロコースト:ジェノサイドは20世紀になって始まったのではなく,20世紀になって始めて悪だと認定されるようになった.そもそも刃物のみで大量殺人は簡単に起こせる.ナチズムは啓蒙主義から生まれたものではない.彼らはゲルマンの伝統を崇めるロマン派で黙示録的な超自然の信念を持っていた
  • 心理学:上記の言い方は,モラルダムファウンディングの実験結果の過大解釈だ.まず直感的な判断に従うとしても,それ自体理性の判断が効いている可能性がある.さらに重大な決断には理性的な考察が可能であることは明らかで実験でも示されている.異端審問,奴隷制,残虐刑などにかかる多くの社会の決断は理性的になされ,怒りの批判を浴びながらもそれを克服してきた.脳神経的にも,理性と感情がやり取りしている証拠がある.


さて回り道のあとピンカーは理性の暴力抑制効果について整理する.

  1. 馬鹿げた考えは悲劇につながる.:どんな暴力も肯定できる
  2. 理性は自制と共に進む:長期の結果を考えて行動するには自制が重要になる.そして自制は,簡単に正当化してしまえる感覚を抑えるのに役に立つ(白人にかすかにある黒人への嫌悪感など)
  3. モラルセンスも理性と相互作用する.:<共同体>カテゴリー認知,<権威>リニアなランキング;直感物理学,<公平>比較,<マーケットプライス>比率,文字,数学
  4. ミニマルな暴力を考察できる:効率的な警察,効率的な抑止,効率的な刑罰(TFT,報復感覚とセルフサービングバイアスは過剰な暴力に結びつく)
  5. 暴力を減らすことを課題設定し,合理的に考察できる:グロチウスホッブス,カントなど.これは長い平和,新しい平和につながる


ピンカーは次に「理性から非暴力を是という議論を導けるか」という問題を扱う.

  • 厳密な論理では答えはNOだ.
  • しかし十分理由のあるたった2つの前提を加えると答えはYESになる.(1)推論者は自分の厚生を気にする(生>死,健康>病気,快>苦しみ).そしてこれは自然淘汰の産物なら当然(2)推論者は,「やはり自身の厚生を気にしコミュニケートでき他人の考えを理解できる他のエージェント」と一緒にコミュニティを構成している.
  • この2点があれば,理性から非暴力が望ましいという結論を導き出せる.
  • 暴力は囚人ジレンマのallDに似ている.ゲーム理論ではコミュニケートできない前提で分析するが,実際には話せもするし,感情的,社会的,法的に相手を信頼することも可能だ.そして自分が傷つきたくないなら,相手に「あなたはDを取るべきでない」というほかない.あなたと私は論理的には等価なので「私もDを取るべきでない」と主張するほかないことになる.


このピンカーの「ゲーム理論ではコミュニケートできない前提で分析するが,実際には話せもするし,感情的,社会的,法的に相手を信頼することも可能だ」のところは重要だ.囚人ジレンマゲームを実験室で行う場合,もし相手とコミュニケートできればほとんどの場合互いに協力するだろう.(だから実際にアメリカで司法取引を持ちかけるときには囚人同士のコミュニケーションを遮断する)ピンカーは以下のように続けている.

  • ヒトは合理精神を持って生まれてきたわけではない.数千万年小さなバンドで暮らしながら進化した心理システムを持つのだ.そして文字,都市,長距離の旅や情報交換により少しづつ理性を開拓して行ったのだ.近視眼的な感情を抑えるようになり,相手も合理的なエージェントとして扱うようになったのだ.そしてそれは今も続いている.
  • このように進化するのは必然ではなかったが,一旦理性が生まれると,多くの問題に適用でき,応用が広がって行く.そして互いに暴力を振るわないことの利点も理解できるようになる.そしてそれをグループや部族を超えて,より広い相手に適用することができるようになる.


ピンカーはこの適用範囲の広がりについて,これが「ピーター・シンガーのいう共感の輪の広がり」だと指摘し,何故それがゆっくり階段状にしか進まなかったのかについても触れ(ロジックだけでなくハートの問題だったり,皆が信じるために時間がかかった可能性を扱っている),その後そもそも何故今も進んでいるのかを「理性は時代とともに向上したのか」という点から考察する.長い平和と新しい平和,そして権利革命を説明するにはここ数百年の理性の向上が問題になるからだ.