「Risk Intelligence」 第1章 なぜリスク知性が問題になるのか その1 

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


第1章 なぜリスク知性が問題になるのか


エヴァンズによるリスク知性.第1章はそれが人生や社会にどのように重要であるのかを扱う.エヴァンズは最初に(恐らく架空の)4人のプロフィールをあげている.人のウソを確率的思考で見破ったり,相場のムードに流されないリスク知性指数:RQの高い人.常に楽観的だったり,何事にも確率は半々と思ってしまうRQの低い人が登場する.


そしてリスク知性について定義をおく.それは「確率を正確に見積もることのできる能力」だ.ではなぜこの能力が人生において重要だと考えるべきなのか.


エヴァンズは,まず個人の決断についてコメントしている.高額家電製品の購入時に長期補償をつけるべきか,まとまった大金を投資するときにどう判断するか,現在良性だがガン化するかもしれない腫瘍についてどのように措置すべきかなどの決断にかかるのだ.確かにこのようなときには確率の見積もりは判断の重要な基礎だろう


さらにエヴァンズは社会全体の問題をいくつか挙げている.



CSI効果>


これは,テレビドラマCSIが大ヒットしたことにより,陪審員が物的証拠の水準について非現実的な期待をするようになったことを指している.CSIでは証拠は常に決定的なものとして現れる.だから実際の法廷に出てくる証拠は陪審員にとっては不満足に感じられるのだ.犯罪証拠の多くは確率的なものだが,陪審員はカテゴリカルな証明(つまり100%はっきり白黒の付く証拠)をより求めるようになた.
陪審員は,DNAの証拠に対してさえ「これは単に確率的なものに過ぎない」という弁護人が用意した鑑定証人の証言に動揺し,有罪評決をためらうようになった*1

エヴァンズはさらに実は指紋の証拠はこれまで決定的なものだと扱われてきたが,同一性の同定の最後の部分は主観的なものに過ぎないことも指摘している.英国で実際に生じた「他人の指紋を誤って同定されて有罪になり,後に同定の誤りがわかった事件」をかなり詳しく紹介している.


要するに100%を求めると実務的には上手くいかないのだ.アメリカでは陪審制なので特に問題が大きくなるのだろう.



ホームランドセキュリティ>


これは9.11の後のTSAのテロ対策の馬鹿げたやり方について.
アメリカでは空港でベルトをはずさせ,靴を脱がせ,液体の持ち込みを禁止し,全身のスキャンをかける.こんなことでテロリストの攻撃を止められるわけもなく誰もがうんざりしているところだが,エヴァンズもかなり手厳しく批判している.
エヴァンズによると,要するに,これは当局が目に見える何かをしていることをディスプレーしたいだけだからこうなる.そしてこれは「真の安全」と「安全と感じること」が異なっているからだ.人は目に見える何かにより安全だと感じやすくなる.だから当局側にこのような政治的な動機を生むのだ.エヴァンズはさらにここには「コントロール幻想」も効いているとコメントする.このようなことが組み合わさり,テロに対してオーバーリアクトが生じる.そしてそれこそがテロリストの狙いなのだ.


このオーバーリアクトを止める方法の1つは,人々のリスク知性を上げることだというのがエヴァンズのここでの主張になる.
この安全をめぐるリスク知性の問題は,日本では様々な場面でさらにこじれているように思われる.食の安全に関しては,そもそも「安全」だけでなく「安全と安心」が求めるべきゴールになっていて,それにはあまり批判がなされない.これが「安全とその啓蒙」とされるような社会であったら,原発をめぐる今の状況も少しは違っていただろうかと考えてしまうところだ.



<温暖化>


アメリカでは,地球温暖化問題に関して保守派は温暖化の問題自体を否定するというものすごい意見の二極化がある.エヴァンズは真に対策*2を考えるならIPCCの確率が付された複数のシナリオをきちんと理解する必要があるが,アメリカは確率の無視とオーバーリアクトに分極しているとコメントしている.


なおここでエヴァンズは(リベラルの)オーバーリアクト派の中の「予防原則」の主張についても批判している.予防原則というのは,温暖化の結果は重大なので,確率が低いシナリオに対しても対策すべきだという主張だ.エヴァンズに言わせるとこれは対策コストを無視した馬鹿げた議論だということになる.
また同様な問題として,環境問題の環境保護派にみられる「新技術の忌避」もあげている.これは新技術のメリットの無視につながる.すべての選択肢のメリットデメリット,その確率をよく考えるべきだという主張だ.


後段については日本にも等しく当てはまるだろう.



関連DVD・BD


CSI: Complete First Season/ [Blu-ray] [Import]

CSI: Complete First Season/ [Blu-ray] [Import]


CSIについてちょっと調べてみると,現在オリジナルシリーズ,マイアミ編,ニューヨーク編の3シリーズが,それぞれシーズン13,シーズン10,シーズン9まで作成されている.確かに大ヒット作で,陪審への影響もあるのだろう.

*1:もっともCSIでは決定的な証拠としてDNAを扱っているので,この効果がCSI効果と言えるのかどうかはややよくわからないところがある.ここではエヴァンズはDNAマッチの程度のことを言っているようだ.テレビではマッチするかしないかだが,実際にはもっと幅があるということだろう.

*2:エヴァンズは候補としてカーボンコントロール代替エネルギーの開発,気候エンジニアリングなどをあげている