「羽」

羽―進化が生みだした自然の奇跡

羽―進化が生みだした自然の奇跡


本書は保全生物学者ソーア・ハンソンによる鳥類の羽についての一般向けの本だ.原題は「Feathers: The Evolution of a Natural Miracle 」.本書は2012年度のAAAS/スバルサイエンスブックス&フィルム賞(ヤングアダルト部門),2013年度のAMNHのジョン・バロウズメダルを受賞している.訳は鳥類のリサーチャーでもある黒沢令子によるもので手堅く読みやすくかつ安心感がある.
全体の構成としては前半で生物学的にみた羽を扱い,後半では人間社会との関わりがかかれている.


冒頭は地元(北米ワシントン州)でガイドとして参加した探鳥会において,普通種のコマツグミの名前*1が出てこずに,参加者から愛想を尽かされながら,羽繕いに見入ってしまい,その様々な機能に想いを馳せる話から始まる.羽には様々な機能があり,人類はそれに魅せられてきたのだ.


第1部は進化.
まずは始祖鳥の化石から話が始まる.現在最も美しくてかつ研究者に開放されている始祖鳥の化石はワイオミング州の人口3000人の小さな町サーモポリスにある恐竜センターにあるそうだ*2
そして羽がどのような機能を要因として進化したのかという未解決の論争が扱われる.飛行起源説,断熱説,性淘汰形質説,捕虫網説などを紹介した後,羽の詳細な構造,そしてそれがどのような段階を踏んで進化してきたのかについてのプラムの羽発生仮説(本書ではこう呼ばれているが,進化の経路を説明する仮説になっている)が説明される.はっきり書かれていないが著者はプラム説をそれまでの適応仮説の対立仮説として扱っているようだ.著者はこのプラム説に好意的だが,(インタビューにあるフェドゥーシアが批判するように)中立形質だと言っているとすると明らかに反直感的だし,機能が特定できないと言っているとすると対立仮説ではなく,単に進化段階を示した仮説にすぎないだろう.もっとも進化段階に応じてそれぞれの機能があり,断熱,性淘汰,飛行と考えるというのであれば対立仮説になるだろう.このあたりについて本書の記述は曖昧ではっきりしない.
その後,中国の義県累層の羽毛恐竜の化石が紹介される.そして鳥類の起源論争も概観され,獣脚類起源説の最後のピース*3,始祖鳥以前のジュラ期の羽毛恐竜の化石が最近発掘されたことを解説している.
全体としては学説の整理がやや甘く物足りないところもあるのだが,プラム,徐星*4,フェドゥーシア*5などのインタビューが生き生きと紹介されていて読み応えはある.


ここで羽についての基礎知識講座がある.なかなか詳細はおもしろい.

  • ケラチンというタンパク質でできており,分子ポリマーの性質から,軽く,堅牢で,かつ柔軟な材質になっている.
  • 主成分はタンパク質なので,養鶏産業などからでる廃棄された羽は,粉砕され,有機肥料のほか,ドッグフードや養鶏用*6の飼料に混入されている.
  • 基本的には長い管が分岐してできた形として理解できる.
  • 鳥の体表は羽毛が密に生えている部分とほとんどない部分に区分される.
  • 数ヶ月で抜け替わる(換羽と呼ばれる).
  • ハジラミによる食害は重要な問題.ズグロモリモズの羽毒はこれへの適応だと思われる.

またここでは羽嚢の中で,様々な種類の羽がどのように発達するかについて遺伝子のスイッチまで含めて詳細に紹介されている.


第2部は断熱機能について
ここは著者自身が参加したハインリッチの冬季生態学の野外実習の話から始まる*7キクイタダキのような小さな小鳥が厳寒の中,体温を保っていられるのは羽毛の持つ優れた断熱性能のおかげなのだ.鳥たちは巣材にも羽毛を使うことがある.さらに著者はここでダウン用の羽を扱う羽産業のレポートをしてくれている.今でも衣類の断熱材としてはダウンの右にでるものはないそうだ.
鳥類にとっては暑さ対策も重要だ.遮熱断熱材としても羽毛は優れている.ここではそれ以外の鳥類の冷却適応も説明されている.オオハシ類の大きなくちばしは冷却用のフィンとして説明できるそうだ*8


第3部は飛行
まずは鳥の飛行の起源に関する地上走行説と樹上からの滑空説の大論争を取り上げる.こちらは鳥類の起源論争とは異なりどちらも決め手を欠いていて混沌とした状況だが,著者は獣脚類起源説と相性がよいのは地上走行説であると考えているようで,地上走行説の補完ともいえる,ダイアルによる「翼は当初斜面をジャンプしながら駆け上がる際のスポイラーの役を果たした」とするWAIR説やハートマンの地上走行方向転換舵説などを好意的に紹介している.私的にはミクロラプトル・グイのように後肢にも風切羽がある恐竜がいたことを考慮するとなお滑空説の方が魅力的に思えるが*9,これからも目を離せないということだろう.
次にアポロ15号による羽とハンマーの月面での自由落下実験にふれた後に,羽は空気力学特性を作るのにも非常に適していることが解説される.またここではハヤブサとスカイダイビングを行う元パイロットの話も収録されていてなかなか面白い.
さらにイカロスからライト兄弟まで人類の飛行技術の発展とそれにヒントを与えた鳥の翼の話が書かれている.


第4部は装飾.このあたりから人類文化の話が増えてくる.
最初にウォレスを紹介しつつ極楽鳥のすばらしく美しい羽とそれが性淘汰形質と考えられていることが解説される.なおここの性淘汰理論の解説はスロッピーであまりいいものではない*10
さて人類はこのような性淘汰形質としての鳥の羽を自分たちの装飾として利用してきた.「ジュビリー!」ショウのコーラスガールのためのど派手な帽子の羽飾り(とそのメーカーを訪ねるラスヴェガスへの旅),19世紀末から20世紀前半にかけての女性のファッションとしての帽子の羽飾りの興隆とそのための大飼育ダチョウ産業と幻のバーバリダチョウを求めた冒険譚,羽の染色産業,繁殖のための飾り羽をねらわれて絶滅の危機に瀕したダイサギとユキコサギの話,南太平洋の羽を用いて造られた貨幣,装飾のために一大鳥類飼育園を持っていたアステカ王国などのエピソードが次々と語られている.


第5部はそれ以外の道具としての羽使用
羽には撥水性がある,ガンやカモが水に浮くのは尾脂腺からでる油を羽に塗りたくっているからだと教えられてきたが,ちゃんと清掃していれば油脂なしでもきちんと浮くのだそうだ*11.そしてウは潜水のためにこの撥水性をあえてなくしている.
人間による羽の利用としては毛針と羽ペンが紹介されている.著者はそれぞれ名人に教えを請うて自ら制作を行っていて,おもしろいチャレンジ物語になっている.
最後に羽を失うという適応の例としてハゲワシとコンドルの頭部(獲物の血糊がこびりつかないためだと説明されている.なおこれは収斂進化の例でもある),楽器としての利用の例としてキガタヒメマイコドリのこすって求愛用の音を出す羽を紹介している.
そして最後に飛行機のバードストライク事故原因究明のために始まったスミソニアン博物館の羽による種同定作業にふれて本書は終わっている.


全体としては鳥類の羽の生物学的な意義,そして人類にとっての羽をあわせてスコープした意欲的な啓蒙書に仕上がっている.リサーチャーの書いたものにしては体当たりの取材が小気味よく,ちょっととぼけたユーモアにもあふれている.鳥を愛する人にはお勧めの一冊である.



関連書籍


原書

Feathers: The Evolution of a Natural Miracle

Feathers: The Evolution of a Natural Miracle




 

*1:英名はAmerican Robin. アメリカ人は単にRobinと呼ぶことが多いようだ.Robinとはいってもヨーロッパコマドリの仲間というわけではなく,ツグミに近い.アメリカでは市街地でもよく見かける全くの普通種で,バードウォッチャーは見向きもしないだろう.

*2:ドイツの個人に秘蔵されていた化石をこの恐竜センターのオーナーが秘密交渉の末に購入に成功した話が紹介されている

*3:指の相同問題についての最近の日本人学者の業績には触れられていない.これはちょっと残念だ.なおこれについてのプレスリリースはhttp://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/press20110211.pdf.私の関連ブログ記事はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120908にある.

*4:ベイピャオサウルスやミクロラプトルなどの羽毛恐竜化石の発掘,記載を行っている中国の研究者

*5:羽については飛行起源説を主張し,鳥類の起源について獣脚類起源を否定する最後の大御所

*6:これは結構衝撃的,鳥類にはプリオン病の問題は生じないのだろうか.それにそもそも消化できるのか

*7:詳細はなかなかおもしろい.特に決まったカリキュラムはなく,冬の森を散策し,自由にテーマを見つけ,毎日の夜は薪ストーブのそばでハインリッチを囲んでブレインストーミングがなされるそうだ

*8:見事なサーモグラフィがつけられている

*9:鳥類以外のすべての飛行動物は滑空から飛行に進化したことが明らかになっているというフェドゥーシアの言い分も筋が通っているように思われる.なおここで滑空のために頭部と脚が平たくなったアリの話が紹介されていて興味深い.

*10:たとえばメスのえり好みは自然の基本原則だと言うだけでなぜかが解説されていない

*11:なおこの撥水性のメカニズムはまだ完全に理解されているわけではないそうだ