「Darwinian Agriculture」

Darwinian Agriculture: How Understanding Evolution Can Improve Agriculture

Darwinian Agriculture: How Understanding Evolution Can Improve Agriculture


本書は植物生態学者のフォード・デニソンによる,農業改善にダーウィニズムを応用しようという本だ.
デニソンは1983年コーネルでcrop sceinceの博士号をとり(日本流にいうなら農学博士ということだろう),政府農業部門で数年間働いた後,1993年からUCデイビスで農業経済学の教授になり,持続可能な農法についてリサーチを行う.その間ドーキンスの「利己的な遺伝子」を読んだことをきっかけに進化生物学に興味を持ち,それを農学に取り入れる試みを始める.最初に取り組んだのはマメ科植物と窒素固定菌の共生関係における協力の進化の問題だったそうだ.本書はさらにスコープを広げて農業改善のための進化生物学の応用を扱うものだ.そして著者はその意気込みについて「ダーウィン種の起源において家畜にかかる人為淘汰の例を用いたことは,農業が負っているダーウィンへの知的負債であり,本書において幾ばくかでもそれを返済したい」と書いている.


第1章では農業の抱える問題とよくある農業改善のアイデアの誤謬を概観する.著者の問題意識は世界人口の増大傾向と農業がそれに追いつけるか,そして温暖化をはじめとする環境問題というところにある.だから農業はより効率的にそして環境に優しくならねばならないのだ.
そして農業改善という課題によく持ち出される手法はバイオテクノロジーの利用と,自然農法だが,それぞれ進化の論理(特にその背景にあるトレードオフ)を無視すべきではないと主張する.そして残りの章でこの主張を具体的に議論していくことになる.


第2章は農業の解決すべき問題について.
人口増加に対応するには2030年までに食糧生産を1.4倍にしなければならない.片方で環境問題を考えると持続可能性が重要になる.
ここでデニソンは有機農法だけでは持続可能性の問題を解決できないと指摘している.土壌流出,塩分蓄積,窒素とリンの枯渇などの問題は簡単には解決できない.これは少しづつ進めるしかないのだ.


第3章で進化生物学の基礎知識を概説した後,第4章で本書の中心となる主張をまとめている.それは次の3点になる.

  1. 長い自然淘汰の歴史は,単純でトレードオフフリーな改良を見逃していることはまずない.
  2. 逆に生態系は淘汰テストを経ていない.単純な持続テストを受けているだけだ,だから自然生態系に完璧性を期待するのは間違っている.
  3. リスクに対してヘッジは有効だ.作物,品種,そしてアイデアの多様性は望ましいものだ.

1点目はバイオテクノロジー関係者に対する,2点目は自然農法推進者に対する,それぞれのナイーブさへの批判だということになる.


第5章は主流のバイオテクノロジーの手法に対する批判だ.彼らはしばしばナイーブにも「遺伝子導入することで簡単にトレードオフフリーの改良が可能だ」と主張するが,デニソンはそれはうまく行かないと警告している.
そして本章の読みどころは詳細な検証だ.この部分のデニソンの舌鋒はまことに鋭い.
まず栄養成分の変更は可能だろうとする.これは自然淘汰のゴールと農業的改良のゴールが異なるからだ.しかし収量の増加や水効率の改善はまさに自然淘汰が関わるところなので難しいはずだ.そして現実にこの試みはほとんど成功していない.具体例としては米や小麦をC4化するプロジェクトについて詳細が記述されている.C4植物への進化は独立して31回生じているので,それが可能ならばすぐに進化できるようだ.だからなおC3である植物は何らかのトレードオフのためにそうなっているのだ.本書では一部のトレードオフは寒冷耐性であるとだけ書かれていてそのトレードオフの全貌は見えないが,いかにも微妙なバランスがありそうなところだ.
そしてこれまでの主なバイオテクノロジーの成果はラウンドアップ耐性とBt作物だが,いずれも(農作業コスト低減などは別として)収量増加には結びついていない.過去の水効率改善の試みの失敗の歴史を概観しながら,デニソンは「バイオテクノロジーの空約束はソフトウェア業界のヴェイパーウェアに匹敵する」と皮肉っている.
なおデニソンは成功例も一つ紹介している.それはミトコンドリアの中ではなく葉緑体の中で光呼吸を行えるようにすることで光合成効率を改善するもので,デニソンはそれはいくつかの変化が同時に生じなければならない種類のもので「単純な改良」ではなかったのだろうとコメントしている.
また本筋からは離れるが,デニソンはここで,よくある「それは自然ではないから」という理由による遺伝子改良作物忌避の議論を批判している.片方でデニソンは遺伝子改良作物の利用の仕方の中に人的なリスク*1が生じることについては懸念を表明している.


第6章は自然農法の盲信者に対する批判だ.
ここでは自然生態系を真似れば良いことが生じると考える自然農法信奉者が批判の対象だ.デニソンは,自然生態系が生態系間での収量などの効率性の観点からの淘汰を経ていないことを強調する.生態系内の各植物はそれぞれ個体淘汰を受けている.だからそれは全体の効率性を目指さないのだ.
しかし生態系は完璧だという誤解は根強い.デニソンは生態系をとにかく真似ようとする態度は,ファインマンのいうカーゴカルト*2と同じだと皮肉り,実際に生産性を比較した数字を載せている.プレーリー草原や湖の中の野生イネ集団の収量は商業的農地に比べてはるかに低いのだ.


第7章は自然生態系からヒントを受けた農業改善のアイデアへの批判.現在実際に主張されている改善方向として,(1) 穀物の多年生植物化,(2) 使用リソースを現地調達に限定,(3) 混栽,(4) ペストコントロールとしての多様性増加*3があるそうだ.


デニソンは,一年草多年草の間には種子生産と寿命のトレードオフがあるのであり,多年草は種子生産より根や茎にリソース配分をしているので原則として穀物生産上の効率は悪いはずだとする.そして実際に試みられた例をみても収量は下がっているようだし,収量増大へ淘汰圧をかけると多年生性は失われるだろうと指摘している.
2番目の主張は一見理解しにくいが,実はフットプリントという概念と絡むもので,肥料の輸送コストを問題にしたものらしい.デニソンは,フットプリントという概念自体矛盾だらけで,作物を都会に運ぶ以上,人類がマメ科植物ばかり食べるようにならない限り窒素肥料の投入は不可欠だとする.当然だろう.
3番目.確かに自然生態系は多様な植物が混在しているものが多いが,そもそもそれは全体収量最大に向かって淘汰されたものではないし,自然生態系にも単一植物が優先するものがある.(ただしマメ科植物との混栽は土壌窒素という点で有利になりうる.)
デニソンは,実際の実験結果をみると,混栽の収量は,モノカルチャーの平均には勝つが,そのうちベストの植物よりも効率が下がるという結果であるものが多いと指摘している.
最後に混栽は害虫や病気のリスクを下げるかという問題が残る.デニソンは,混栽の実験データは少なく,明確な結論は出せないと断った上で,理論的には同時混栽よりも時間をずらしたローテーションの方が遙かにいいはずだと指摘している.


第8章,第9章では,進化生物学を利用した改善案はどういうものが有望かが議論される.


デニソンはまず過去の成功例をみる.「緑の革命」はなぜ(窒素肥料大量投下の効果以上に)収量を上げることに成功したのだろうか.それは「自然淘汰は単純でトレードオフフリーの改善を見逃すことはまずない」という主張と矛盾しないのか?
それは矛盾しない.野生の同種植物個体は互いに競争し,個体淘汰を受けている.それにより全体効率にとっては無駄なアームレース的なコストがかかっているのだ.具体的には植物は近隣個体と日光を争う.そして全体収量上意味のない茎の高さや葉の角度(横に広げる)という性質を持っている.これをそのような競争をしない方向に(つまり協力するように)人為淘汰をかけるなら,自然淘汰とは異なる目的に淘汰がかかることになり,収量増加が可能になるのだ.実際に緑の革命による小麦は背が低い*4
デニソンはこのような同種個体間の協力方向への他の形質候補として,根を左右に広げない,葉は小さく少なく直立,茎は1本だけ,太陽トラッキングの抑制,鞘の中のマメ同士の協力,喧嘩抑制的なニワトリなどをあげている.
ここではさらに詳細に,同種個体間で競争回避してかつ雑草には強いという性質は育種可能か(雑草の種子の小ささに起因する初期の成長スピードの遅さを利用すれば可能かもしれない),育種テクニックとして大規模実験区画で反自動的に淘汰プロセスを作ってグループ淘汰をかける手法なども扱っている.ここはなかなか読んでいて面白い.


次は異種個体間の協力促進の問題だ.特に議論されるのはマメ科植物と窒素固定菌のようなケースだ.デニソンはこれら相利共生生物種間,種内にもコンフリクトがあってアームレースがあること,それらを乗り越えて協力が維持される条件(協力に個体に利益があること,そうでない場合の血縁淘汰,罰の仕組みなど)をまず概説している.
するとこれはやはり全体収量からみて最適になっていない可能性がある.これらも育種や遺伝子操作の対象になりうる.またデニソンはその他の異種間協力促進候補として,菌類による病原菌の防除,アリによる雑草・害虫防除などをあげている.


第10章では,除草剤や殺虫剤に対する耐性進化の問題が取り扱われる.これらの耐性進化について対策はあるだろうか.
デニソンは,そのためには耐性進化のダイナミクスについての正確な理解が重要だと指摘する.例えば耐性は個体数が多い方が進化しやすいので,一時的に薬剤を大量投入する方が進化を遅くできる場合もある.
現在進化生物学者が耐性進化対策として提唱しているのは「高濃度/レフュージア戦略」だ.これは耐性遺伝子が劣性であるという前提の元に,農園では高濃度薬剤の散布,あるいは集中した天敵投下でヘテロ個体を一掃し,片方で農園そばにレフュージアを保つことにより非耐性ホモ個体の比率を圧倒的に高くして,耐性ホモ個体の出現をできるだけ遅らせるというものだ.この戦略には(個々の農家はできるだけ薬剤使用を減らしたいので)地域の面での協力が重要になる.デニソンはいくつか成功例,失敗例を取り上げて実務的な問題を解説している.


第11章では,自然生態系の利用について.自然生態系は淘汰のテストは経ていないので「単に真似る」というのはナイーブだが,なおヒントになることはある.
デニソンは,食害された植物の出すシグナルとしての天敵呼び寄せ法(天敵の誘因と害虫への誘因と組み合わせるプッシュプル法は有望かもしれない),アリの農業から学べること(モノカルチャーは菌の特性による制約からきているので穀物においてメリットになるとは限らない)などを詳しく論じている.


最終章ではリスク対策について
デニソンはヒマワリの直下投下型種子と分散型種子の比率調整メカニズム*5を説明し,これは進化が達成したリスク対策で,多様性と表現可塑性によるのだとし,それを農業に応用するとすればどういうものになるかを考察する.
一つはトウモロコシと小麦と米に集中している作物についてより多様化するというものだ.デニソンはマイナー植物の作付けに対しての補助金を示唆している.もう一つは穀類生産と畜産との組み合わせだ.エネルギー効率は落ちるが,飢饉時の備蓄食糧としてニワトリとその餌用の穀物が使えるし,穀類生産に適さない地域の牧草地ではマメ科植物で窒素固定も可能になる.最後に有機農法もアイデアの元として多様化の一部になっていいのではないかとコメントしている.
また新しい農業プロジェクトの進め方にも淘汰を取り入れてはどうかと提言している.単に推奨手法を行う農家に補助金を配るのではなく,その目的に対する成果に対して配るべきだとしている*6.これは厳密には淘汰の問題と言うより正しいインセンティブ付けということだろうが,様々な失敗事例をみてきたデニソンの率直な思いなのだろう.
最後に農業をより広くとらえて,そのリサーチにおいてもバイオテクノロジー周りに研究資金が集中しすぎていると問題提起している.それは期待できる成果に比べて過重なばかりか,他のリサーチ手法を圧迫しリサーチの多様性を損ねている*7のだ.
デニソンは最後にもう一度本書の主張を簡単にまとめ,読者がそれぞれの立場からできることを書いて本書を終えている.


進化生物学を様々な「実学」に応用しようという試みは多い,本書はそれを農業改善に応用しようというものだ.おそらく農学周りはかなり進化生物学が浸透している分野の一つだが,なおそうでない人たちも多く,「トレードオフの重要性」「進化のゴールと農業のゴールの違い」が特に誤解の多い部分だということなのだろう.本書では何度も何度もそのあたりを丁寧に解説している.このあたりはわかっている読者にとってはやや冗長に感じられる部分もないわけではない.そしてわかっている読者にとって本書の真の面白さは細部の議論にある.光合成の効率向上にかかる複雑なトレードオフバクテリアと植物の相互作用,個別の作物と害虫,雑草,天敵などの関係は読んでいて楽しい限りだ.有機農法に甘い*8のがちょっと気になるが,全体的に実務の重みを背後に感じさせつつ進化理論にきちんと沿って様々なことを解説することに成功しており,啓発的な書物だと評価できるだろう.



 

*1:薬入りトマトを誤って摂取してしまうリスク,通常の果実を毒抜きタイプのものと勘違いして摂取してしまうリスクなど

*2:飛行機が運んでくる荷物がほしいので,偽の飛行場と管制塔を造って飛行機が飛来するのを祈る(擬似)宗教.西洋と初めて接触した後にメラネシア地域で独立にいくつか生じたらしい

*3:提唱者はジャクソンとバイパーで,多くの農業生態学者の賛同を得ていると紹介されている.

*4:なおトウモロコシについてはやや複雑だ.デニソンはそれまで淘汰にかかっていなかった寒冷適応に成功し,これが肥料投下とあわせて光合成期間の延長につながったのだろうとコメントしている.またオーストラリアのドライスデール種小麦の成功要因はさらに複雑なようだ.これも詳しく解説されている.

*5:環境条件が良好だと大きな花(正確には花序)を作り,その結果(花序の中心部分にできる)分散型種子の比率が増えるというもの.厳密に言うとこれは,「環境条件をパラメータとする特定の条件式に基づいて種子比率を持つ」という「単一形質」で多型ではないが,2種類の種子を作るという大きな意味で多様性と言っているのだろう.

*6:農家は礼儀正しいので結果がうまく行かなくてもそれを指摘せず,補助金をもらった後だまって元の農法に戻すだけだそうだ.また推進した政治家は間違いを認めようとはしない.デニソンは懐疑的な農家に参加してもらってがんがん批判させた方が物事が改善するだろうとまで書いている.実践においてはなかなか腹に据えかねることが多いのだろう.

*7:またここでは大きなラボに資金が集中しがちなことも批判している.

*8:弟さんがオレゴン有機農法を実践しているそうだ.