第6回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 


今年のHBESJは12月7日,8日に広島での開催となった.本学会は(前身の研究会時代を含めて)これまで札幌,東京,葉山,名古屋,京都,神戸,福岡で開かれてきたが,広島は初めてだ.実は私自身も広島は通過のような形ばかりで広島をちゃんと巡ったことがない.広島にはもみじ饅頭,もみじ銀行があり,片方で日本三景の安芸の宮島で知られているので,さぞや紅葉が美しいだろうという勝手な妄想も働く.紅葉シーズンというにはちょっと遅いが,まだ片鱗は残っているだろう.何とかやり繰りして日程を確保することができた.ということで前入りして厳島神社や縮景園で最後の紅葉を楽しみ,広島風お好み焼きやあなご飯などの様々な名物を食べ歩くことができた.これは縮景園での紅葉だ.


さて会場は広島修道大学.広島修道大学は安芸浅野藩の藩校に由来し,広島財界の後援を受けて設立された由緒正しい学校だそうだ.キャンパスは広島市の北の山並みを越えたところにあって美しい.会場はできたばかりでピカピカの新3号館.開催事務局はホスピタリティにあふれ,修道大学への交通アクセスや二次会用の広島飲食マップが充実したプログラムを作成,さらに開会時にはキャンパス内に案内人が付き,13時の開催前には修道大学から数キロ離れたベーカリー(Cadonaという山奥のパン屋さんとして有名なお店らしい)から山盛りのパンを取り寄せて美味しいコーヒーとともに提供していただいた.まさに今年のキーワード「お・も・て・な・し」通りのもてなし振りで本当に気持ちよく参加できた.関係者の皆様にはここで厚く御礼申し上げたい.




大会初日 12月7日


開会挨拶はホスト代表の平石界から.「今回の開催に当たっては食べ物について徹底的に検討したので自信がある,食中心の大会運営としたい」とという素晴らしい抱負が語られた.なお地方開催にもかかわらず100名を超える参加となったそうだ.


最初のセッションは口頭発表.いつもの通り敬称は略し,発表者のみの紹介とさせていただく,


口頭セッション1


教育動機は利他的行動か?  教育の進化的起源に関する実証的研究 安藤寿康


しばらく前より唱えている「『教育による学習』という学習様式は,ヒトの生存と繁殖のための生物学的な適応方略である」というHomo Educans仮説に関連しての発表.
学習の進化段階として,個体学習による段階,他者の模倣学習・洞察による段階,3項関係の中での教育の段階を考える.そしてヒトについては互恵的利他の一様式としての教育がこの第三段階に達しており,これがヒトの様々な生活史戦略をうまく説明できる.なお教育の定義についてはハウザーのものに従う.

ここでまず文化人類学者からは「狩猟採集民に教育なし」という反論・批判があった.これについては実際に調べに行って,剣玉を与えたところ教示行動があったと報告した.するとこれについて「それは単なる見せびらかしでは?」という意見もあった.しかしよく考えてみると動機は至近要因であり,適応仮説を否定するものではない.
では教育する動機とは何か.先行研究を調べてみると,教職に就くことについての動機研究はあるが,教育自体についての研究はあまりないようだ.また「教えたい」というのは多因的であることが考えられる.そこで調べてみた.

様々な学部学生,一部教職員から教育についての動機,さらに様々な心理特性(利他性行動尺度,ビッグ5)に関するアンケート調査を行って分析した.教育動機について非常に広く扱っており,教えたい,教えることが得意,他人から注目されたい,内容をよく知っている,教職に就きたい,相手の理解,報酬,見せびらかしなどを含んでいる,中には「教職に対する嫌悪(マイナス項目)」というのもあって会場で受けていた.
この動機因子と,利他性の相手が誰か(友人か,家族か,他人か)との関連,パーソナリティとの関連をみる.この結果動機は大きく2つにまとめられ,「報酬,得意,注目」などの要素は,血縁や互恵相手に対する方向性があり,コンテンツは独自に得たもので専門的,「教えたい,教職」などの要素は,相手は全方向的で,コンテンツも一般的な傾向があることがわかったというもの.要するに教育動機が多因的であることが検証できたというもの.

血縁や互恵相手にかかるものと,一般的な利他性にかかるものが,その教育のコンテンツと関連しているというのはちょっと面白い結果のように思われる.


教示行動が進化的に有利になる条件の解明 浦谷達也


生物個体が自らコストをかけて学習するのと,親世代から教示を受けるのでどちらが進化しやすいかという進化条件に関するシミュレーション研究.ここでは教示の場合親世代が子世代の中からランダムに個体を選んで教示するという直接的な血縁淘汰を排除した設定になっている.
学習の場合にはコストは知識を得る個体自らが負担するのに対して教示の場合には利他的になるので進化しにくいと予想される.ここでコストやメリットの大きさに加えて,世代あたりの繁殖回数をパラメータとして導入する.すると非常に狭い範囲だが教示が進化する領域が現れる.ミーアキャットなどはこの条件を満たしている可能性があるというもの.

どのような形で包括適応度が効いているのかモデルの詳細がよくわからなかったが,繁殖回数が効くというのはちょっと面白い視点だ.


不完全な情報伝達による文化の累積的進化 (1)理論的背景,(2)コンピュータ・シミュレーション 竹澤正哲・中分遥


発表2回分を使って「不完全な情報伝達の方が累積的な文化進化が生じやすい」という驚くべき現象について,その理論とシミュレーションを説明するもの.
まず最近の累積的文化進化に関するリサーチを紹介.先月累積的文化進化には集団サイズが重要という論文が2本出ているそうだ.これはそれまでの文化的達成度をより超える外れ値を持つ個体が現れるには集団サイズが大きな方が有利ということで説明できる.

ここで面白い問いがなされる.「では累積的文化進化が生じるには文化伝達は正確・忠実であればあるほどよいのだろうか」と.その極端な例は脳の情報丸ごと伝えることだと「攻殻機動隊」のイメージが映し出される.なかなかインパクトのある導入で面白い.その反語的な問いかけからして「そうではない」ということが主題になるようだ.

ここでこの研究が扱う状況が説明される.それは様々な相反する手がかりがある中でどのように意思決定すべきかというもので「2つのドイツの都市(例はニュルンベルグとドルトムント)のどちらの人口が多いか」について様々な手がかりを与えて答えてもらうという状況だ.いかにもベイズ的な状況だが,実際にはヒトの認知制約から単純なヒューリスティックが有効であることがわかっている.それは「Take the Best」と呼ばれる手続きで,「手がかりを役に立つ順番に並べ,上から見ていって差があるところでストップして,そのときに大きいとされた都市の名を答える」というものだ.

この手続きに従うとすると「役に立つ順番に並べる」というところ(これは組み合わせが手がかり数の階乗になるNP困難問題になる)が胆になる.この順序をどう得るかというのがこのリサーチにおける認知課題で,その有効性(ランダムに並べた場合よりどの程度正答率が上がるか)が「文化進化」の程度ということになる.

ここでは最適解ではなく,ある程度複雑なECVという手続きに従った解(TTB)を実務上の上限として,それに単純なアルゴリズム(役に立ったら得点1,失敗したら失点1をつけるという手続き)によってどこまで近づけるかをみる.

ここからはシミュレーションになる.
このようなアルゴリズムで,完全な知識(手がかりごとの得点)が伝わる,順序情報と得点の一部が伝わる,順序情報のみ伝わるとして成績の上昇具合をシミュレーションする.すると驚くべきことに,かなり多くのセッティングにおいて,情報が一部伝わらない方が成績上昇がみられる.

何故このようなことが生じるのか?
発表者によると,この順序問題の探索法は,局所最適に閉じ込められてしまうこと(overfittingと表現されていた)があるもので,一部情報を制限することによってそれを飛び越えてより高い局所最適点に移ることが可能になるからだということであった.


局所最適からの脱出は進化動態全般にわたって良く登場する話題だが,文化進化においても生じるということになる.遺伝子進化の場合には情報伝達の正確性を操作することはあまりないが,文化進化ならいろいろ考えられるということなのだろう.質疑応答では,要するにそれまでの成果を一部捨てると言うことだから個体学習でも可能ではないかとの質問がなされ,「それは学者に当てはめると,それまでの成果や主張を一部棄てられるか」「それがなかなか難しいから世代交代とともにパラダイムが替わっていくのだろう」のようなやりとりがあって大変面白かった.


特別発表


次のセッションは当初後藤和宏の特別講演「動物の認知研究における種間比較の方向性:比較認知科学のアプローチ」が予定されていたのだが,奥様が急遽入院されたということでキャンセルになった.奥様の入院は出産に絡むもので,無事に出産されて母子ともに経過良好ということがアナウンスされて会場は拍手に包まれた.
さてその時間はホスト側の1人である広島修道大学の中西大輔によるの実演付き発表に当てられた.


Webで実行できる汎用的社会的ジレンマ実験プログラムの開発 中西大輔


社会的ジレンマの実験は良く行うが,紙でやるのは事務手間が大変だし,いちいちプログラムを作るのもバグ取りなどで大変ということでWebベースの汎用プログラムを作ってみましたというもの.
Webベースなので,基本的に端末のOSに依存せず,遠隔地からも参加可能になる.
その後の実演では実際に公共財ゲームをやってみる.北大の社会心理学教室出身者に参加が要請され,山岸以下が壇上に並ぶという形になって,「最高度にコンタミされた状況だ」という声がかかってなかなか面白かった.


ポスターセッション


いくつか面白かったものを紹介しよう.


向社会行動とステイクサイズの相対効果 松本良恵

この日の別の口頭発表の質疑応答でも山岸(本ポスター発表共同研究者)からコメントがあったが,社会的ジレンマ.最後通牒,独裁者ゲームのような実験は通常数百円単位で行われるが,これが金額が大きくなると結果が変わってくるのではないか(より利己的,合理的経済人に近くなるのではないか)という批判は多くなされており,これに対してこれまでなされた実験の結果は,プレーヤーの選択は金額にあまり依存しないということを支持するものであった.(中には給料の2,3ヶ月分を賭けてやったものもあるそうだ)
ここでは,囚人ジレンマと独裁者ゲームを取り上げ,ある連続セッティングの中で賭け金を囚人ジレンマでは300円,800円,1500円の3段階,独裁者ゲームでは300円から1300円の間で変動させると,プレーヤーは金額の大きさに合わせて手を変えることが示された(金額が大きいほど利己的になる).金額依存効果は囚人ジレンマの方が大きかった.発表ではデフォルトの社会的交換ヒューリスティックから金額増加に伴い合理的計算に移行するのではないかと推測されていた.前述の山岸のコメントでは戦術をポートフォリオの中で判断するからではないかとも示唆されていた.なかなか興味深い結果だ.


顔の横縦比はプロサッカー選手の成績を予測するか? 藤井貴之

顔の横縦比(fWHR)はこれまで攻撃性やテ ストステロン濃度の高さとの関連が指摘されている.そこでプロフィールが公開されているJリーグのプロサッカー選手で得点数,警告数,退場数などと相関があるかを調べてみたというもの.
もっとも顕著な相関はFWの選手の得点数との関係においてみられた.その他ではGKの成績と逆相関がみられ,MF,DFの選手の成績とは相関がみられなかった.FWは攻撃性が有利になり,GKでは冷静さが有利になるからではないかとコメントされていた.またチームごとの平均とチームの成績も調べられていて,成績と弱い相関がみられるようだった.なかなか面白い.他のリーグではどうなっているのか,他のスポーツではどうなっているのかなども興味深い.


サイコパス傾向と外見的魅力の関係 渡辺光咲

サイコパスの人々は外見が魅力的な傾向があるという指摘はしばしばみられ,半構造化面接法の判断基準にも含まれているが,客観的なデータは無かった.そこで調べてみた.400名以上の被験者の外見的魅力とサイコパス傾向の相関を分析したところ,男性のサイコパス因子Fearless Dominanceと外見的魅力の間に相関が現れたが,女性には現れなかった.
どのように解釈すべきかなかなか難しいが,興味深い結果だ.


ヒトの排卵は隠蔽されているのか? 小田亮

先行研究では,女性は排卵周期により行動が変化し,露出度の高い服装をする傾向があると報告されている.しかしうまく検出されないこともある.それをうけて露出度は社会的規制の影響を大きく受けるので抑制されるのではないかと考え,服装の色を調べたところ排卵期にはより赤やピンクの服装にになるという報告が最近なされた,服装も文化的な影響を大きく受けるので,日本において追試を行ってみたというもの.その結果日本ではそのような効果は検出されなかったというもの.
日本の女子大生はより微妙で繊細なシグナルを送っているということだろうか.


福島第一原発事故へのリスク認知:行動免疫仮説の視点から 平石界

日本全国の720名を対象に福島第一原発事故の被害推定値をインターネット調査した結果の発表.全般的にUNESCEARやWHOの報告より過大にリスク評価している実態がある.その中で得られた知見としては,推定値の個人差が極めて大きい,性別の差は有意ではない,子供がいるとより推定値は小さくなる(正確になる),被災地に近いほど小さくなる,パーソナリティは外向性,神経性,開放性,誠実性で有意になる.論理的能力との関係は面白くて,その高い分位点でのみ小さい方向に有意になる.
発表者は特に理由について多くを語っていないが,被災地に近く子供がいるとより真剣に調べて知識が正確になっているということなのだろう.論理的能力はかなり高くないと放射性物質による健康被害についての分析をきちんとやる気にならないということなのだろうか?いずれにしても一部の解答の推定値の高さには唖然とするほかない.


スローな心の理論であればファストな確率推論が優先に!? 時田真美乃

4次,5次の志向姿勢を分析する心の理論が,カーネマンのいう二重過程のファストなものかスローなものかを分析するという試み.テストにはモンティホール問題を用い,司会者が解答者が正解なのかどうかによって「選択肢を変えることができます」と言うか言わないかを選ぶことによって解答者を操作している可能性があること,それをオブザーバーが気づいていて解答者に助言している可能性をさらに司会者が知っているかどうか,さらにそれを解答者が知っているかを用いているのが面白い.リサーチの結果は高次になると解答者の反応が遅くなり高次の心の理論はスローな過程だという結論.
ただ自分でこれを考えていくと,結局司会者が,デフォルトでは操作戦術をとるが,それが逆の手がかりとして解答者に利用されていると知れば操作戦術をとらない(だから手がかりにならない)という2つの場合分けであり,十分ファストな過程で処理できそうな気がする.


以上で大会初日は終了だ.


これは宮島のあなごめし