「Sex Allocation」 第4章 血縁者間の相互作用2:局所配偶競争(LMC) その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


4.4 局所条件に応じた個体による性比調整

前回4.3で示した種,個体群の平均性比は,個体すべてが同じ性比戦略をとっているとしても,個体がその局所条件に合わせて性比を調整しているとしても説明できる.ウエストはいくつかの最も注目すべきLMC理論への支持は個体による局所条件に合わせた性比調節ケースで示されていると指摘し,様々な分類群でのリサーチを紹介している.


4.4.1 寄生性カリバチ

寄生性カリバチはこの分野のリサーチにおけるキー生物とされている,理由は以下の4つだ.

  1. 半倍数体なのでメスによる性比調節が容易であることは最初から明らかである.
  2. 生態はしばしばLMCを引き起こすものになる.単一ホストから複数個体が発生するような場合,単一ホストから単一個体が発生するが,ホストが固まっているような場合にLMCが期待できる.(ただし,カリバチ全体のごく一部にのみLMCが生じ,大きくメスに傾いた性比は例外であることには留意が必要だ)
  3. 農業用のバイオコントロールに有用で,極めて大量のバックグラウンドリサーチの蓄積がある.
  4. 実験室における実験操作も容易に行える.


多くの種で,単独産卵で大きくメスに傾いた性比が生じること,そして同一ホストで産卵するメス数が増えるにつれてメスへの傾きが減ることが報告されている.(5科16種)そのうちいくつかでは,このシフトが生存率の差などのほかの要因ではなく,性比調節の結果であることが示されている.


<キョウソヤドリコバチ
最もLMCがリサーチされているのはキョウソヤドリコバチNasonia vitripennis)だ.
キョウソヤドリコバチはギンバエなどのウジに寄生する.メスはウジを見つけると10から50個の卵を産み付ける.オスはほとんど無翅で飛べず,交尾は生まれたウジあるいはすぐ近くのウジ上で生じる.

実験的にホスト上に産むメス数Nを操作したリサーチがいくつかある.すべてのリサーチでN=1のときには性比は0.10から0.15で,Nが増えると少しずつ性比は増えていく.卵を移動させたリサーチ,生存率を揃えたリサーチ,メスの産卵条件アセスメントについて考慮したリサーチもあって,この性比は産み付け時の性比調節によるものであることが明らかになっている.
最後のアセスメントはsuperparasitism(既に寄生されているホストに追加的に寄生が生じるもの,詳しくは第5章で議論される)に関係してくる.

また自然状態でのキョウソヤドリコバチの性比が理論予測にフィットしているという観察報告もある.これはウジの採集場所を,鳥の巣,動物の死骸,ゴミ捨て場で区別することによりなされたものだそうだ*1.これらの場所ではウジの数,密度が異なりLMCの強度も異なることが予測される.ウジ数が少ない場所にはコバチ少なく競争も緩いことが予想され,実際に性比はウジ数に正に相関していた(Werren 1983).

配偶構造の遺伝的な構造を分析した上で性比戦略を観測したリサーチもある.ウエストはこのような遺伝的な分析は量的な検証に有用だと強調し,モルボとパーカーのリサーチを詳しく紹介している(Molbo and Parker 1996).

このような調節の程度はメスがLMCの強度についてどこまでアセスできるかに依存する.キョウソヤドリコバチではこのアセスメントメカニズムも調べられている.それによると既にホストに産み付けられているほかのメスの卵,ホストにいるほかのメスの存在を実験的に操作して調べると,既に産み付けられている卵の数を評価していることがわかったと報告されている.ウエストは,だからメスたちは直接Nを評価しているわけではないようだとコメントしている.


<その他の寄生性カリバチ>
他のカリバチでは,キョウソヤドリコバチの様な見事な理論予測と実測値のフィットが得られていないものもある.いくつかの種では理論値よりオスに傾いている.ワージとレインはこれらはsuperparasitismによるものだろうと示唆している.ウエストはそれ以外にもオスに性比が傾く要因があると指摘している.(これについては第5章でより詳しく議論される)

  • 交尾のある部分は生まれパッチの外側で起こる
  • 単独性のハチではホストサイズに合わせた性比調整が生じる可能性がある.
  • 集合性のハチでは,メスの生産により多くのリソースが必要である可能性がある.
  • ホストの制限,卵の制限も性比調整に効いてくる可能性がある(なおこの要因についてはモデル化はなされていない)

また性比が全くNに依存しない種もある.ウエストはこれらを説明するには生活史や配偶システムの理解が最重要だとコメントしている.そして個別要因のほかにいくつかの点を指摘している.

  • 交尾が生まれパッチ以外で生じるような配偶システムなら(寄生性カリバチでも)LMCは期待できない.
  • LMCが効いていてもNが増加すると性比のメスへの傾きが減るとは限らない.そのような要因はいくつも考えられる.例えば自然状態でNのばらつきがなければ,性比調節への淘汰圧はかからないだろう.また性比歪曲共生者が性比コントロールを奪っている場合も考えられる.さらにメスがNについてアセスできない場合もあるだろう.またオス競争について先に産み付けられた卵から産まれたオスの方が圧倒的に有利であれば,後から来たメスはよりメスに傾いた性比に調節するだろう.また同じパッチに産卵するメスの血縁度が高ければ性比のメスへの傾きは小さくなるだろう.

ここでも興味深いことは詳細にあるようだ.



 

*1:なおウエストは,この記述に際して「『論文著者はシルウッドパークの秘書に最近亡くなった猫の死骸をもらって実験に使った』という噂があるが真実ではない」とコメントして欲しいとウェレンから頼まれたこと,ウェレンは噂の出所はゴドフレイだと考えていることを記している.仲間内では結構なネタだったのだろう.なかなか楽しい