Sex Allocation (Monographs in Population Biology)
- 作者: Stuart West
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2009/10/18
- メディア: Kindle版
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前回ハミルトンモデルの理論を説明した後で,ウエストはその実証リサーチの紹介に入る.流石に歴史のあるテーマだけに多くのリサーチが紹介されている.
4.3 LMCの実証テスト:個体群や種の平均性比,その個体群間あるいは種間の比較
4.3.1 種,個体群の平均性比
LMC理論は種や個体群の平均性比について2つの予測をする.
- LMCが生じれば性比はメスに傾く
- LMCの強度が予測できれば,パッチあたりの創設メス数(N)あるいは近親交配確率(k)か近親交配係数(f)で表現された性比が観測できるだろう.
様々な証拠が報告されている.
- ハミルトン自身26種の昆虫とダニについてデータを載せている(Hamilton 1967).そこでハミルトンはこれらの生物について以下を強調している.(1)broodは卵から成虫まで兄弟の群れのまま育つ(2)交尾はメスが成熟した直後に生じる(3)オスは分散せず,典型的には無翅になっている.
- ハミルトンのあげた例のうち衝撃的なのはシラミダニ科のダニだ.オスはまだ生まれる前に母の体内でやはり生まれる前の自分の姉妹と交尾する.
- ハミルトンはN=1(兄弟間の近親交配しか生じないケース)においては,broodにおいてオスは1匹だけである傾向があることを強調した.これは予測と整合的だ.
- ハミルトン以降も様々な分類群の生物でLMCが報告されている.
報告された分類群としては,カリバチ,イチジクコバチ,甲虫,アブラムシ,アリ,アザミウマ,ガ,ツノゼミ,ダニ,クモ,シラミ,カギムシ,線形動物,環形動物,扁形動物,サナダムシ,吸虫,多毛類,コケムシ,フジツボ,マラリア原虫,アイメリア寄生胞子虫,ヘビ,レミング,魚類,雌雄同株植物,雌雄異株植物があげられている.これらのケースはそれぞれ論文があげられ,またN, k, fの観測値,それを元にした理論性比とその観測を行った同じ個体群の実測性比を整理した表も付されている.ウエストは,これらのリサーチは定量的なテストであり,LMCは合理的にうまく説明できていると評価し,分子技術の発達はfの観測を容易にするので今後のデータの積み重なりを期待できるとコメントしている.カギムシやフジツボあたりはなかなか面白そうだ.
ここで示されたのはある種や個体群の平均性比をN, k, fの観測値からの理論性比を比較した個別リサーチだ.これらを用いた(メタ)アプローチとしてはこの中のLMCの強度の異なる個体群を比較するというものがある.ウエストは種間比較を行うとLMC強度と性比の関係は明瞭でかつ極めて有意であり(rs=0.96, p<0.005),性比理論の予測力をよく示しているとコメントしている.
4.3.2 種間,個体群の比較リサーチ
LMC理論からは,種間,個体群間でLMC強度と性比が相関すると予測される.これらの定量的な支持も多くの分類群の生物で報告されている.ウエストは,しかしこれらのリサーチは本来期待されるほどなされていないとコメントしている.
4.3.2.1 節足動物(甲虫,寄生性カリバチ,ダニ)
ここでも最初に比較リサーチを報告したのはハミルトンになる(Hamilton 1967).
- ハミルトンはキクイムシ科の甲虫を用いた.キクイムシは大きく分けて2種類の配偶システムを持つ.片方は樹皮の下でbroodが育ち,分散前の交尾が生じる.もう片方は分散後に交尾が生じる.前者では強いLMC効果が期待でき性比はメスに傾くことが予想される.
- そして実際に前者のグループの性比は0.10程度,後者では0.45程度だった.
ウエストは,このハミルトンのデータは種数も少なく,LMCはあるかないかの2値であり,やや粗いものだったがその後より統計的に洗練されたリサーチがいくつかなされているとコメントし,詳しく紹介している.
- ワーゲは寄生性カリバチについてリサーチをおこなった(Waage 1982)
- ダニは多様な生活史を持つので比較リサーチに向いている.そして実際にいくつかのリサーチがある.これらのリサーチはLMCと整合的だが,その他の説明が排除されていない.
4.3.2.2 原生生物,蠕虫
現生生物のLMCを示すリサーチには比較リサーチのアプローチを取るものがある.
マラリア原虫では,交尾は,哺乳類からの吸血の直後に節足動物の中間ホストの体内で生じる.このため交尾はほとんどの場合同じ哺乳類個体にいた原虫の間で生じる.原虫個体群は哺乳類の最終ホスト個体ごとに構造化されていると考えられ,またこの最終ホストの中には限られた系統の原虫しかいないので,LMCが生じると考えられる.個体ごとの原虫系統数をNと考えると,マラリアがより流行するとNは増加し,性比のメスへの傾きは減少すると予測される.リードは13個体群を用いてこれを支持するデータを得た.(Read et al. 1995ほか)
その他の寄生性原生動物でも同様のリサーチがなされた.しかしシャトラーの鳥類の寄生原虫のリサーチではこの傾向を検出できなかった(Shutler et al. 1995).性比は安定的に0.3から0.4だった.シャトラーとリードによる議論については第5章で扱われる.ウエストは繁殖保険が効いているのではないかとコメントしている.
ポーリンは雌雄異体の蠕虫,線形動物,鉤頭動物でリサーチし,予測を支持するデータを得た(Poulin 1997).ウエストは蠕虫についてはLMCを生じさせる生活史だとは限らないとコメントしている.
寄生性原生動物の生活史も多様なので比較リサーチに向いている.
- LMCの観点から見るとこれらの寄生性原虫の繁殖システムは大きく3つに分けられる.
- マラリア原虫タイプ:最終哺乳類ホストの体内にある系統間で交尾が生じるもの.これらの原虫の種間,個体群間ではホストの生活史,感染率などによりNにばらつきがあるので比較リサーチが可能だ.リサーチはLMCを支持している.
- アイメリア寄生胞子虫タイプ:受精はホストの腸内で生じる.個体の成長,交尾はホスト腸内のさらに小さな構造間で生じ,オスの配偶子の分散距離は小さい.強いLMCが期待でき,実際に性比は0.1以下であることがほとんどだ.
- グレガリナ(簇虫),ピロプラズマ類タイプ:受精はシジジー(syzygy)と呼ばれる形式で生じる. これは受精直前にホスト細胞内などでオスとメスが融合した形を作るもので,あるオスは単一のメスにしか受精できず生涯モノガミーのような効果を生む.すると兄弟間のオスの競争はそもそも生じないのでLMC効果もないことになる.実際に観測可能ないくつかの例では傾きのない性比が観測されている.
このあたりは大変興味深い.生活史が多様であればあるほど理論の予測,検証が可能になるわけだ.
4.3.2.3 雌雄同株植物
雌雄同株植物の比較リサーチデータは良いLMC理論の支持になっている.
初期のリサーチは花粉/胚珠比を用いて行われた.そして種間で自家受粉傾向と性比に強い相関が認められた.
1つの問題は花粉量,胚珠量は,性への投資のすべてを含んではいないことだ.そして実際には,様々な時期に様々な投資が行われるので,雌雄同株植物で性配分を観測するのは難しいという問題がある.
とはいえ,花粉/胚珠比はオスへの投資比を表す良い指標ではある.ウエストは定量的な予測はできないが,比較リサーチには使えるだろうとコメントしている.実際により正確な投資比の計算を目指したリサーチの結果とほぼ同じパターンになるようだ.なお近交弱勢を含めた効果については第5章で検討される.
自家受粉との相関以外ではLMCと整合的な3つのパターンが報告されている.
- 花粉/胚珠比は花粉が固まりになって運ばれる種では極端に低い.
- 花粉/胚珠比は花粉粒の表面面積と負に相関する.
- 花粉/胚珠比は,「おしべの柱頭エリア/送粉者の花粉付着エリア」の値に負に相関する.
これについてケラーは,花粉の粒状化,大きなおしべの柱頭,小さな花粉付着エリアはすべて同じ株由来の花粉間競争を激化させる要因だと解説している(Queller 1984).
最後の解説は指摘されてみて初めて納得できるもので,LMC理論の強力さをよく示しているように思う.