「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その6

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


LMCの拡張.次は分散に関するものだ.分散はハミルトンがごく初期から関心を寄せていたところで,分散が制限されると近隣個体間の血縁度が高まるために様々な現象が生じうるのだ.


5.6 分散制限と創設メス間の血縁度


5.6.1 血縁度についてアセスできない場合


ここまでのLMCモデルは創設メス間に血縁関係がないことを前提としていた.ウエストは,この部分を拡張する試みには2種類あったとしている.
最初の方策は(1)創設メスの分散に制限があって血縁関係が生じる(2)メスは直接血縁度についてアセスできず,すべてのメスが同じ性比戦略をとる,という前提を置くもので,本節で扱われる.(アセスできる場合は次節で扱われる)この(2)の前提は,進化時間内の平均血縁度に合わせた行動をすべての個体がとるということを意味している.
このようなモデルはハミルトンのオリジナルモデルを(1)割合dのメスが分散し,(1-d)のメスがパッチにとどまる,(2)そのパッチの中で,外からパッチに入ってきた分散メスとそのパッチにとどまった滞留メスの中からN匹のメスがランダムに創設メスとして選ばれる,という形で拡張することによって得られる.


<2倍体の場合>
このような拡張は,フランクによる「分散が制限されると創設メス間の血縁度が上がるので性比はよりメスに傾くだろう」という予想を受けてなされたが,実際に分析して見ると,最も単純な2倍体モデルにおいては「分散制限はESS性比に影響を与えない」という驚くべき結果をもたらすことがわかった.このあたりはいかにも数理生物学の醍醐味というところで興味深く感じられる.


エストは,分散制限は確かに血縁度を上昇させるが,それは血縁メス間の競争激化による効果(つまりLRC効果)でちょうど打ち消されると解釈できるとコメントしている.そしてこのLRCによる打ち消し効果は,「あるパッチの中にどれだけメスが入り込んでも最終的にN匹のメスしか創設メスになれない」という「非弾性」前提で生じる.そしてこの前提を緩めると血縁メス競争効果が薄められ,ESS性比はよりメスに傾く.
エストは,これについて,「協力の進化に関する理論から見れば,より(協力的な)メスに傾いたパッチからより多くのメスを創出することができるようにすれば,より分散制限などの競争問題解決戦略が進むと見ることができる」ともコメントしている.このあたりはマルチレベル淘汰と包括適応度の等価性にも絡みそうで面白いところだ.


<半倍数体の場合は>
半倍数体では,分散制限は2倍体の場合よりさらに母娘間の血縁度を上げる効果を持つ.その結果「非弾性」前提でもESS性比はよりメスに傾く.ウエストは,しかしこの効果は極めて小さい*1ので実証で検知するのは難しいだろうとコメントしている.

エストは半倍数体の場合にもうひとつ面白いことがあると指摘している.それは,d=0の場合(つまり孤立パッチの場合)ESS性比は0.5となるが,dが0に近づいていくときの極限値は以下のようになるということだ.これはほんの少しでも分散の可能性があると大きく性比がメスに傾く(特にNがそれほど大きくない場合)ことを示している.



<パッチ数の制限>
分散制限の場合に血縁メス間の競争が問題になるということは,ハミルトンのオリジナルモデルでは無限とされていた全体パッチ数の制限もESS性比に影響を与えることを示している.パッチ数がMであるばあいの2倍体生物のESS性比は以下のようになる.Mが小さいと性比のメスへの傾きは小さくなることがわかる.これはパッチ数が少なくなるとパッチ占有にかかる血縁分散メス間での競争が激しくなることを意味している.Mが大きくなるとハミルトンのオリジナルモデルのESS性比(N-1)/2Nになり,M=1であればこれはパッチ構造がないことと同じになり,フィッシャー性比の0.5になる.



なおウエストは,ハミルトンは当初からこれに気づいており,メスの競争がグローバルなオリジナルモデルと,パッチ内での競争の場合を区別していたとコメントしている.さもありなんというところだろう.


なおここまでにこの分散制限モデルの実証はなされていないそうだ.ウエストは実証方法として以下の二つを提案している.

  • 実験室で操作実験する
  • 種内での(分散程度やパッチ数の異なる)個体群比較を行う

5.6.2 血縁度に対応した調節戦略

この方策の最も単純なモデルは完全にアセスできる場合だ.よりメス間の血縁度が高いと性比はよりメスに傾くことが予測される.

この予測の実証はイチジクコバチ,アザミウマ,アリ,寄生バチでリサーチされたが,性比の傾きは検出されなかった.唯一ハダニでは影響が検出されたと報告されたが,ウエストは代替説明が排除できていないし,データを再評価すると血縁認識による性比効果は検出できていないと評価している.

なぜ血縁認識による性比効果は検出されないのだろうか?ウエストは(1)そもそも血縁メスは同じパッチに産卵しないので淘汰圧が弱い,(2)5.4で説明したような血縁認識メカニズムが進化的に安定に存在しない可能性,という2つを考えられる理由として挙げたうえで,(1)は,リサーチには確かにそのような種も含まれているが,そうでない種(この場合キョウソヤドリコバチ以外の3種)も含まれているし,(2)で遺伝的な認識が難しいとしても環境的キューを用いることは可能なように思える,とコメントしている.

テイラーとクレスピは,不完全認識モデル(メスは自分がパッチにとどまったのか,よそから分散してきたのかのみを知っている)を組み立ててみた.(Taylor and Crespi 1994)予測は,非常にパラメータに敏感だが,全般的には滞留メスはより性比をメスに傾けるというものになった.興味深いことに,このモデルの予測は,(個別メスの性比は異なるが)全体の性比は分散率にはあまり依存せずにハミルトン性比に近いものになる.
さらにテイラーとクレスピはこれをアザミウマの1種(メスが有翅と無翅にわかれる)でリサーチし,ほぼ予測通りのデータを得ている.ウエストはさらなるリサーチが望まれるとコメントしている.


完全アセスはアセスに絡んだコンフリクトがアームレース的になりやすいのでなかなか難しいが,不完全自分のみ認識なら進化できるということだろうか.それでも実際に検証するのはいろいろと難しいらしい.やはり深い.



 

*1:N=3においてdが1.0から0.01まで変化して,sの変化は0.303から0.296にすぎないそうだ.