「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その8

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


LMCの次の拡張は常にすべてのメスが受精できるとは限らない場合についてだ.


5.9 受精保険


5.9.1 節足動物


これまでのモデルは,「常にすべてのメスを受精させるに足るオスが存在する」ということが前提になっていた.しかしそうとは限らない.ウエストはこれを示す状況を産卵メスが1匹の場合(N=1)を例に取って説明している.

  • ハミルトンモデルではこの場合性比は0になってしまう.これは伝統的にすべてのメスを受精させるに足る最小数のオスを含む(通常1匹)と解釈されてきた.すると産卵数(クラッチサイズ)がbであれば,性比は1/bになる.
  • しかしそれでも常にすべてのメスが受精できるとは限らない.オスは成熟前に死んでしまうかもしれないし,産卵メスは1/bの性比を実現させようとしてオスを1匹作るのを失敗するかもしれない.
  • すると受精を確実にするために(受精保険)ハミルトン性比よりやや性比のメスへの傾きを減らした方が有利になるかもしれない.


N=1やN=2などのいくつかのモデルが組み立てられている.これらは全て以下を予測する.

  • ESS性比はクラッチサイズbが大きくなると低くなる.
  • ESS性比はオスの成熟までの死亡率が高くなると上昇する.しかしどんなに死亡率が高くとも0.5以上にはならない.


最後の指摘はちょっと面白い.ウエストははっきり解説してくれていないがフィッシャー性比が死亡率に影響されないのと同じ理由なのだろう.


クラッチサイズとの関係については実証リサーチがあり予測を支持している.寄生バチ,イチジクコバチ,ダニの種間比較ではクラッチサイズが大きくなると性比はよりメスに傾いている.このうち寄生バチとイチジクコバチのデータはすべてN=1のもので非常に強固な支持証拠だと考えられる.寄生バチ,イチジクコバチ,ダニの種内比較でも同様の結果が支持されている.
しかし死亡率との関係では支持証拠は無い.これを見るにはNとクラッチサイズを揃えた種間比較データが必要になる.いずれデータが積み重なってくれば調べることができるようになるだろう.あるいは(2種以上のホストを持つ寄生バチで)ホストによって死亡率が異なる場合の種内比較でも実証できるだろう.これは単一ホストでホストの質の応じて死亡率が変わる場合にも使える手法だ.ただし種内比較はホストの種類や質によるクラッチサイズへの影響を排除する必要があるので分析は難しくなる.


エストはその他に,イチジクコバチの余分なオスは受精保険だけでなく,メスの脱出口を作るためにも有利になるかもしれないこと,1匹のオスではすべて受精できない場合にもモデルより多くのオスが有利になることなどに注意を喚起している.ここでも詳細が重要になることがよくわかる.


5.9.2 マラリア,その他の血中寄生生物


受精保険は近年マラリアなどの血中寄生生物でホットな議論になっている.これはハミルトンのオリジナルモデルの予測にフィットしないデータをうまく解釈できるのではないかというところから始まった.マラリアのデータは種内の多様性やホスト内の多様性がLMCの強度に影響を与えていないように見えるのだ.またこのような寄生生物で受精保険が重要だと考えられる理由もある.
エストはマラリアの生活環を書いてくれていないが,調べてみると,まず無性世代でヒトなどの最終ホストに感染し,体内で増殖した後,血中に有性生殖世代のオス,メスのGametocyte(生殖母体:ガメトサイト)を放出する.原虫は有性生殖ステージでまずオスメスのガメトサイトを作るのでこの比率が性比ということになる.蚊などの吸血により蚊の体内に入ったガメトサイトはGamete(配偶子,生殖体;ガメト)を作り,このガメトが蚊の体内で接合して無性世代に戻るということのようだ.

  • オスのガメトサイト1体から生じるオスのガメトの数に制限がある可能性がある.もしその数がcであればESS性比s*はs*>1/(c+1)を満たす必要がある.なぜなら,そうでなければすべてのメスのガメトが配偶できないからだ.(詳しい解説はないが,メスのガメトサイトからはガメトは1体しかできないことが前提になっている議論だと思われる)
  • 仮にオスのガメトが十分にあっても,密度,運動能力,死亡率,餌の不足などの制限によってすべてのメスが配偶できない可能性が残る.(ウエストはこの後者の問題は節足動物におけるクラッチサイズの問題と同じ性質のものだとコメントしている.)


エストたちは後者の問題について接合できるガメトサイトの数をqと置いてモデルを組み立てた.(West et al. 2002)近親交配係数をfと置くと以下の式が成り立つ.



さらにこの2つの問題は相互に影響を与え,よりメスへの傾きを減少させる.これを理解するにはqが小さいとよりcの制限が効いてくると考えるとよい.


この血中寄生生物の受精保険の理論予測は(1)cの値の推定,(2)近親交配係数から予測されるよりメスに傾いていない性比,(3)感染体内での性比のばらつきの大きさによって支持されている.

  • ヒトとトカゲのマラリアのデータはcの制限(2から4程度)があると考えた場合に最もよくフィットする.
  • マラリアのデータはハミルトン性比よりメスへの傾きが小さい.これについてはcあるいはqの制限があると考えるのが最もありそうな説明になる.シャトラーたちはこれはヴェクターがごくわずかなガメトサイトしか吸引しないためではないかと考えたが,ウエストたちのリサーチによると吸引数は最大では12000程度あり,これはqかcの制限のためであると考えた方が良いだろう.ある種の鳥マラリアでは免疫反応や抗マラリア剤に対して性比のメスへの傾きが減少することが観測されているが,これはcあるいはqの制限と考える説明と整合的だ.
  • ある種のマラリア原虫(プラスモディウム属)では同一感染の別のステージでの性比が大きく異なっている.そして受精保険はこれをうまく説明できる.ステージが進むと性比はよりメスへの傾きを減らしていくが,これは免疫反応などによりよりcが小さくなり,ホストの貧血によりqが下がるためだと考えられる.一部のマラリア原虫では赤血球造成促進ホルモンのEPOをキューにして性比を調整しているようだ.しかし一部のマラリア原虫ではEPOをキューにしているようではない.これは原虫がホストの貧血のどのステージで有性ガメトサイトを作るかという生活史が関係しているとして説明可能だ.

エストはさらなるリサーチが望ましいとコメントしている.


このマラリアの説明には力が入っている.ウエスト自身が論争に参加していることも大きいのだろうが,なかなか興味深い部分でもあるということだろう.私はマラリア原虫の生活史を勉強しながら読んでみたが確かにこの問題は面白い.


受精保険の問題はこの後同時雌雄同体生物の問題を扱う.