Sex Allocation (Monographs in Population Biology)
- 作者: Stuart West
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2009/10/18
- メディア: Kindle版
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第9章は性比をめぐって血縁個体間のコンフリクトがある場合が取り扱われる.
冒頭ではこれをめぐって最もリサーチされたのは膜翅目の昆虫であり,それは半倍数体の女王とワーカーがオスやメスの繁殖虫に対して持つ非対称の血縁度がコンフリクトに結びつくからだと説明されている.ウエストは,それらのリサーチは,性比理論のエレガントな検証,さらに血縁淘汰理論の検証に結びついたが,片方で膜翅目昆虫以外の問題は(多胚発生のハチを除いて)ほとんど顧みられていないとコメントしている.
9.1 導入
ここでは学説史が振り返られる.
- 個体間のコンフリクトが性投資比に影響を与えることを最初に見いだしたのはやはりハミルトンだった.ハミルトンは半倍数体生物においてはオス親とメス親の間に子供の性比についてのコンフリクトが生じうることを指摘した.(Hamilton 1967)また女王とワーカー間でも生じうることも指摘した.(Hamilton 1972)ハミルトンの指摘のポイントは個体によってオス子孫とメス子孫に対する血縁度が異なってくることだ.
- これに続いたのはトリヴァースだった.トリヴァースは1970年代に非常に影響力を与えた2本の論文を書いた.1974年の論文では,2倍体の生物において,フィッシャー的な淘汰圧がある場合に性投資比をめぐる親子間コンフリクトが一般的に生じることを指摘した.(Trivers 1974)これに続いて1976年の論文で半倍数体の社会性昆虫において女王とワーカー間に繁殖虫の性投資比をめぐるコンフリクトがあると指摘し,さらに実証データを添えた.(Trivers and Hare 1976)この後者の論文は広範囲なリサーチエリアを開き,その中には包括適応度理論の最もエレガントな検証リサーチも含まれる.
このあたりは学説史的には有名なところだろう.これらの論文はハミルトン,トリヴァースともに自撰論文集に採録されていて,いずれも読み応えのある論文だ.ウエストは,しかし「すべての問題が解決されているわけではない」ということを強調している.
9.2 フィッシャー的な淘汰圧の元でのコンフリクト
フィッシャーの性投資比の議論は親が子の性決定を行うことが前提になっている.しかしもし子が自分の性を自分で決めることができるならどうなるだろうか.それがこの節の議論のポイントだ.ウエストは以下のように説明する.
- オスを作る方がメスを作るより2倍のコストがかかるとしよう.この場合親はメスの子を2倍作るように淘汰圧を受ける.しかし子にとっては自分がオスになる方が得になる.
- 子が完全に決定権を持つ場合のESS性比は様々な詳細の条件に左右される.例えば親が外側から子の性によりリソース供給を調整するか,子による性決定コストはどれぐらいかなどだ.
- メスが複数のオスと交尾する場合にはさらに問題は複雑になる.この場合には親子間コンフリクトだけでなく父母間のコンフリクトも生じる.
これらは議論されているがきちんと数理モデル化されたことはなく実証リサーチもないそうだ.ウエストはこのようなコンフリクトの勝者がどちらになっていることが多いのか,性決定方式により異なるのか,ゲノミックインプリンティングの影響はあるのか,性拮抗アレルの影響はあるか,交尾後に親が投資する場合のコンフリクトのあり方など様々な興味深い問題をここで指摘している.
この問題はあまり教科書などでは議論されていないように思う.通常親が性を決めていると考えられていることが多いし,子供を作るコストが大きく非対称になっているケースがあまりないので取り扱われていないのだろう.しかし考えてみると非対称な状況があって子供の視点から考えると確かに自分で性を決められる方が有利になるだろう.そして実証面ではこれをめぐる大変面白そうな未解決問題が数多く手つかずで残されているようだ.
関連書籍
両巨頭の自撰論文集.
ハミルトンのものの私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060429
- 作者: W. D. Hamilton
- 出版社/メーカー: Oxford University Press, USA
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- 作者: Robert L. Trivers
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