「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


9.3 LMC, LRC, LRE状況下におけるコンフリクト


LMC, LRC, LREが生じている場合には性投資比をめぐって親子間,父母間でのコンフリクトが生じうる.


9.3.1 親子コンフリクト


LMCが生じていると性投資比をめぐる親子コンフリクトが生じる.これはどの程度性投資比をフィッシャー性比から歪ませるかについて親子間で利害が異なるからだ.

  • 一般的には子供の視点から見たESS性投資比の方が母視点のそれよりフィッシャー性比からのゆがみが小さい.
  • 例えば1パッチに生むメス数が1で10卵生むのであれば,親から見れば1卵のみオスにする戦略が最適になる.しかし子の立場から見ればオスになる方が得になる.
  • 子から見たESS性比は兄弟にかかる包括適応度を計算しなければならないのでやや複雑になる.具体的には以下の通りだ.

2倍体生物の場合
母から見たESS性比

子から見たESS性比


エストはこの後興味深い可能性を指摘している.

  • 配偶システムや分散条件によっては子孫間の血縁度の方が母親とのそれより高くなる場合がある.
  • 例えば,2倍体生物のLMCが,メスが交尾前に分散し特定のオスがパッチ内のメスとすべて交尾する形で生じる場合にそうなる.この場合,特定パッチにおいては異なるメスから生まれた子孫もすべて同一のオスの子になるので,子供同士の血縁度は母とのそれより高くなる.この場合には子供から見たESS性比は母のそれよりもさらに歪みうる.


さらにウエストは以下を付け加えている.

  • このような性比をめぐる親子間コンフリクトはLMCだけでなくLRCやLREでも生じうる.ただし後者はあまり調べられていない
  • このコンフリクトの重要性はよくわかっていない.それは性決定に対する相対的な影響力の大きさに大きく依存するだろう.一部の生物では(至近的に)両者の影響があることがわかっているのでコンフリクトは重要になっているだろう.
  • さらにこのコンフリクトがそもそもの性決定メカニズムの進化に影響を与えた可能性があるだろう.

なかなか理論的には興味深いところだが,実際には多くの生物種で親に決定権があると考えられてきたのであまりリサーチがされていないということなのだろうか.


9.3.2 父母間のコンフリクト


LMC, LRC, LRE状況下では父母間にも子の性投資比をめぐってコンフリクトが生じる.

  • 1つの要因は半倍数性に絡むものだ.オスは娘とのみ血縁になるのでよりメスに傾いた性投資比を望む.
  • コンフリクトの強さはLMCの強さに依存する.極端なケースとして完全にアウトブリードな半倍数体生物を考えてみると,メスは0.5,オスは0の性比を望むことになる.LMCが非常に強い場合,例えばN=1であればオスもメスも最小限のオスを望み両者の利害は一致する.
  • もうひとつの要因は配偶システムと分散だ.これにより局所的に競争する子供と母,子供と父との血縁度が非対称になる.この場合には2倍体生物でもコンフリクトが生じる.

このウエストの説明はわかりにくい.まず半倍数体では特殊な場合(N=1)を除いて父母間でコンフリクトが生じる.ただし半倍数体生物の場合メスは単独でオスを産めるために,オスが性決定に関わるのはまず無理のように思える.だからあまり議論されていないということだろう.
そして2倍体でも配偶システムや分散パターンによりLMC状況で父母間のコンフリクトが生じる場合がありうるということだろう.


実証的にはこれまでこのタイプのコンフリクトはあまり注目を集めてこなかったとウエストはコメントしている.しかしコンフリクトがあるなら拮抗的な共進化が期待できる.ウエストはいくつかの候補を挙げている.

  • キョウソヤドリコバチNasonia vitripennisでは性比に影響を与えるように見えるオス系列が見つかっている.もっともこれには(受精能力の差によるような)代替説明があって排除されていない.
  • コガネバチ科のMuscidifurax raptorellusではメスの繁殖行動(クラッチサイズなど)に影響を与えるオスの性質が見つかっている.

エストによるとこの問題に関する注目は上がりつつあるそうだ.


9.4 半倍数体における兄弟姉妹間のコンフリクト


半倍数体では同じパッチの兄弟姉妹には血縁度上の非対称が生じるので兄弟姉妹間で性比をめぐるコンフリクトが生じる.インブリーディングがない場合,兄弟から姉妹への血縁度は0.5,姉妹から兄弟への血縁度は0.25になる.そして一回交尾だとすると姉妹間での血縁度が0.75になる.(半倍数体ではオスとメスでゲノム量が異なるのでオスメス間の血縁度についてはそれをどう扱うかによって異なる考え方がとれる.ウエストは,この部分の血縁度はハミルトンのいう「life for life血縁度」の計算によるもので,解説としてはわかりやすいのでここで用いているが,数理モデルを組む場合にはきちんと「回帰係数としての血縁度」と繁殖価に分ける方がいいとコメントしている.)

  • ピッカーリングは,このような非対称があるのでオスとメスは別のbroodで育つように淘汰圧がかかると主張した.(Pickering 1980)そのようなbrood構成になれば,それは分離性比が実現するということでもある.
  • ピッカーリングアシナガバチの一種Polistes canadensisに寄生するPachysomoides stupidusについて調べた.その結果,broodごとにオスが過剰だったりメスが過剰だったりすること(2項分布より有意に分散が大きい),同じホストにオス,メス両方が寄生している場合にはオスが小さいことを見いだした.

このピッカーリングの議論には詳しい説明がなくわかりにくい.コンフリクトにコストがかかってしまうので,それを避けるように淘汰圧がかかるという意味だろうか.

エストはしかしさらなるリサーチが必要だとしていくつかコメントしている.

  • 血縁度の非対称が性比の分散を大きくし,そしてそれが幼虫の周りの認識による調整に依存しているものであるようなきちんとした理論構築が必要だ.口頭での議論は簡単に誤った結論に結びつく.
  • 過剰分散,あるいは性ごとに完全に分離したbroodは,単独性broodから集合性broodに移行する際にも生じうる.

(実証には以下が示される必要がある)

  • それはメスが最初に産んだ卵の時点でそうなっているのか,その後の死亡率の差からそうなっているのか
  • それぞれのbroodは単一母によるものか過寄生によるものか
  • メスは何回交尾か
  • オスとメスが異なるサイズや適応度を持っているために生じたものではないか
  • LMCはあるのか


なかなか詳細は難解だ.ハミルトンの初期の論文ではこの半倍数体の兄弟姉妹間での血縁度非対称について様々な考察がある.しかし実際にはオスはあまり社会的な行動を行わないのでそれ以上議論されていることはほとんど無い.ここではそのまれな例外の議論になっていて大変刺激的だ.今後のリサーチの進展が楽しみだ.