「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


利己的性比歪曲者.次は実際のケースを見ていくことになる.ウエストは様々な利己的性比歪曲者のうちよく調べられている3つのケースを取り上げる.


10.3 ケーススタディ


10.3.1 ドライブするX染色体


利己的に性比を傾ける性染色体は理論的には速やかに固定するが,実際には低頻度に止まっているものが観察される.一部の低頻度ドライブ性染色体は起源的に非常に古いこと(ウスグロショウジョウバエには70万年前のものがある)が知られている.ウエストはこれについての2つの説明(歪比体ホストの適応度の減少とサプレッサーの存在)をこれから詳説することになる.(なおここで『ドライブ』というのは,当該遺伝要素が減数分裂を経て最終的に配偶子の1/2より多く潜り込むことを意味している.)


10.3.1.1 適応度の減少


Xドライブ性染色体が低頻度にとどまる1つのメカニズムは,Xドライブ性染色体を持つオスの適応度が直接減少することだ.これはドライブが通常働く仕組みを考えるとかなり重要であると思われる.

  • よくあるのはY染色体を持つ精子を殺すことだ.するとこの因子を持つオスの精子数は半分になってしまう.この要因がどれだけ効くかはメスの(別のオスとの)再交尾頻度に依存するだろう.一回交尾ならこの不利益は無視しうるが,多数回交尾だと精子競争上不利になる.
  • このような不利益があればXドライブ性染色体は負の頻度依存淘汰を受ける.頻度が増せば個体群性比はメスに傾きオスの交尾率が上がる.これはメス1匹あたりの受け取る精子量を減少させ,メスの交尾回数が上昇する.するとXドライブ性染色体を持つオスの適応度が下がるのだ.(Jaenike 1996)
  • この予想は,様々な種,個体群で,交尾回数とXドライブ性染色体の頻度を調べるという方法で検証された.
  • 当初は交尾回数が多い集団でXドライブ性染色体の頻度は低いだろうと予想されたが,上記のような相互作用があると話はそう単純ではなくなることが認識されるようになった.実際にXドライブ性染色体頻度が高いためにメスが交尾数を増やしている現象がシュモクバエでみつかった.


もうひとつのXドライブ性染色体を持つオスの適応度減少メカニズムは,フィッシャー型の淘汰圧に反応したメスの選好によるものだ.

  • Xドライブ性染色体の頻度が増えると,個体群性比はメスに傾き,オスをより作れるメスは有利になる.これはXドライブ性染色体を持つオスを忌避するメスの選好への淘汰圧になり,Xドライブ性染色体を持つオスの適応度は下がる.Xドライブ性染色体が別の表現型形質を持ち,メスがそれをシグナルとして利用できればこれは可能だ.
  • シュモクバエにおいて,Xドライブ性染色体上にXドライブ遺伝子座と眼柄の長さ遺伝子座が共存し,ドライブなし眼柄長い型の連鎖を持つオスがメスに選好されるのではないかということが調べられた.理論上は,ごく一部の組み替えが平衡を壊してしまうので,このような平衡メカニズムが成り立つには非常に強い連鎖が必要であると予想された.
  • いくつかの観察はこの2形質の強い連鎖を支持している.(1)眼柄の長さに応じて人為淘汰を行うと性比も変動する.(2)QTL解析では最大の眼柄QTL(量的形質遺伝子座)とマイオティックドライブQTLは1.3cMしか離れていない.


要するに性淘汰を通じてXドライブ性染色体を持つオスの適応度が下がりうるというわけだ.ウエストは関連して,「性淘汰は(次節で扱う)サプレッサーを増やす方向にも働くのか」をここで議論している.

  • まずシュモクバエで,Y染色体において眼柄の長さとサプレッサーが連鎖しているのかが問題になった.当初この2形質がシュモクバエにおいて相関しており,メスはそれを選好していると示唆された.
  • しかし実際に調べてみるとY染色体には眼柄の長さに影響を与える遺伝子座はなかった.そして理論的にも,「そもそもメスはY染色体にサプレッサーを持つオスを選好すべきか」が疑問視されるようになった.問題は,両タイプのオスが共存する平衡が安定的であるためには,適応アレルは繁殖価が低くなければならないということだ.そうなると性比のゆがみをなくすことによるメリットはこの低繁殖価によって打ち消されてしまうからだ.


なかなかこのあたりも込み入っている.利己的な遺伝要素が認識され初めて様々な混乱した議論が行われたということだろう.利己的遺伝要素が絡むときには落ち着いて考察しなければならないようだ.