「Sex Allocation」 第11章 一般的な問題 その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


適応の制約についてのウエストの解説は続く.

11.3.3 適応の制約(承前)


<その他の性比調節強度に相関する環境要因>

  • また性比調節の程度と淘汰圧の相関についてはイチジクコバチ以外にもリサーチは広がっている.
  • よい例は共同子育てが生じる脊椎動物だ.この場合理論は,ヘルパーが不足しているペアはヘルパー性に性比を傾け,ヘルパーがいるペアは逆に傾けることを予測する.しかしどこまで性比を調節するかは分類群によって大きく異なる.グリフィンは,性比調節の強さはヘルパーがもたらす利益に相関していることを示した.(Griffin et al. 2005)
  • また偶蹄類や霊長類に見られるトリヴァースウィラード効果(性比調節の強さとオスの質の相関)について調べたリサーチ,LMC,LRCとLREのどちらの効果が大きいかを調べたリサーチ,ESDで成長期の長さが異なる魚類の種を比較したリサーチなども行われている.


<性比決定メカニズム>

  • おそらく最も広く想定された性比調整への制約は,性比決定メカニズムだろう.
  • 「性比調節が最も明瞭に見られるのは,半倍数体制決定システムを持つ膜翅目昆虫に違いない.性染色体による性決定システム(CSD)はそれを持つ生物にとって性比調節の大きな制約となるに違いない」とごく普通に想定されていた.しかし本書が示してきたように,この想定が正しいという証拠は乏しいし,反例が積み上がっている.
  • これは性染色体システムが制約にならないという意味ではない.確かにそれは制約だが,強く連続した淘汰圧はそれを克服することができるのだ.
  • そして(CSDをおこなう)脊椎動物において,環境の予測性の問題や淘汰圧の弱さから性比調整が弱い傾向があることについてはいくつもの理由がある.脊椎動物の性比調整への淘汰圧は,例えばオスの質の遺伝率,メスの地位の相続確実性に依存し,そのため無脊椎動物のLMCなどの淘汰圧に比べて弱い.また要因を知る手がかりも曖昧で(LMCのメス数などに比べ)難しい.要するに脊椎動物と膜翅目昆虫を比較しようとしても,性決定メカニズム以外の様々な要因が絡んでしまうのだ.
  • 関連する要因を血縁個体との相互作用に絞って,いくつかの性決定システムを持つ系統群を比較したリサーチ(West et al. 2005)がある.かれらは系統群としてCSD脊椎動物(鳥類,哺乳類,ヘビ),CSD無脊椎動物(アブラムシ,クモ),偽雄性単為発生無脊椎動物(pseudo-arrhenotoky: 父性由来ゲノムロスが生じるためにオス卵になるには受精が必要になるもの,これにより性比調節が困難だとされている;一部のダニ),半倍数体無脊椎動物(膜翅目昆虫),同時雌雄同体生物を比較した.データは「性比調節の正確さは半倍数体制性決定生物でより正確になる」という仮説を一部しか支持しなかった.確かに膜翅目昆虫での性比調節はCSD脊椎動物より大きかった.しかしCSD無脊椎動物や,偽雄性単為生殖生物に比べて有意に大きくはなかった.CSD脊椎動物との差は淘汰圧の種類(脊椎動物でのLRE vs 膜翅目昆虫でのLMC, LRC)で説明可能だった.要するに性決定システムが制約にならないとは限らないが,常に制約になるという証拠は無いということだ.


<将来の方向>
これらの制約についてはすべての分野で将来のリサーチについてのポテンシャルがある.性比リサーチは,一般的な適応の制約,適応の正確性について調べる方法として有望だ.これまでのリサーチはすべて表現型についてのものだが,遺伝的リサーチを取り入れて統合すればより明瞭な予測が可能になるだろう.また性比調節と性決定システムの共進化というのも有望なテーマだろう.


エスト自身によるリサーチが詳しく紹介されていて,この総説は迫力がある.