Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その6


言語進化を論じるに当たってまずピンカーはグールド的な誤解を解くことに注力した.そしてようやくここから言語進化についての議論が始まる.

3. 言語におけるデザイン

  • 言語の基礎にある認知メカニズムは,眼の解剖学的な構造が示している視覚のためのデザインと同じように,何らかの機能のためのデザインを示しているだろうか.これは以下の3つの質問に分解できる.これからこれらを見ていこう.
  1. 言語の機能とは(もし機能があるとして)それは何か
  2. そのような機能を果たすためのシステムのエンジニアリング的な要求は何か
  3. 言語のためのメカニズムはこれらの要求に合致しているか
3.1 言語にあるデザインの議論
  • ヒトは人生において多大な情報を得る.この情報獲得プロセスは生物進化をはるかに上回る速度で進む.それはヒトの世代内で変化する環境の因果的偶然を扱う上で貴重であり,進化的に新奇な脅威に対して自分を守ることのみを行う他種に比べて進化的な利点となる.


この部分はまだピンカーが進化生物学になれていないナイーブさが少し出ていて微笑ましい.今なら進化的利点を議論する上でまず他種との種間競争上のアドバンテージを持ってきたりはしないだろう.また情報処理は言語なしでも可能で他種でも行いうるだろう.後者の点にはすぐに言及がある.

  • このような情報を二次的に獲得することには明白な利点がある.他者の人生経験に積み重ねられた情報蓄積にアクセスできるなら,知識獲得のための時間浪費的でリスクのある試行錯誤を避けることができる.
  • さらに独立し協力的なグループの中ではグループ内の他者の情報は最も貴重なものだ.だから知識と内部状態のコミュニケーションは話をすることができ話す内容がある生物にとっては有用になる.
  • ヒトの知識と論理は,外部的に話される言語(例えば英語や日本語)とは別の内部的な「思考の言語」によっているという議論がある.
  • この議論によると,表現媒体は,関係構造からなり,その構造は,人々,もの,イベント,それらのカテゴリー,時間的空間的分布,因果関係などのシンボルからなる.他の人々の行動の因果関係は人々の信念と欲望を含んで理解され,それは信念や欲望の中身を表す命題と個人の関係と見做される.
  • そうだとすると私たちは,人々のコミュニケーションとして価値がある以下のようなコンテンツについて話したいということになるだろう.:個物とクラス,それが含まれるカテゴリー,イベント,状態,参加者とイベントとの関係をその役割から見ること,自分たちや他社の内部状態.
  • また同じくそうだとすると,私たちは,命題の真理値,モダリティ(必要性,可能性,事実生),イベントの時間的分布(継続的,繰り返し的,離散的)なども表現したいだろう.また無制限に主題や賓辞や叙述を使いたいだろう.同じ叙述内容を質問や平叙や命令などの様々な話法で用いたいだろう.さらに叙述の一部にフォーカスし,話を知識や既にある情報の文脈に位置づけたいだろう.
  • またヒトの音声器官はコミュニケーションの媒体として望ましいいくつかの特徴を持っている.(音声の特徴の説明が続く)ただしそれはシリアルな情報であって図などの二次元情報は伝えられないことに注意が必要だ.基本的なツールは離散的なシンボルの連続的提示だ.
  • 以上のことから実際に話される言語は,限定的なショートメモリーを持つ生物によって,コミュニティ全体で共有されているコードに従って,叙述構造をシリアル構造に変換し,文脈の曖昧性を最小化し,エンコードとデコードを迅速になすことができるものでなければならない.
  • 言語が,意味論的実践的機能をシンボルの連続で可能にするという,多くのパーツからなる複雑なシステムであるということは,言語的実践の上であまりにも明らかであるので通常は言及されない.ここでは普遍文法のすべての理論が認めるユニバーサルな文法の基礎ブロックにかかる議論の余地のない事実をリストしよう.
  1. 文法はメジャーな語彙カテゴリー(名詞,動詞,形容詞,前置詞など)に分かれるシンボルによって組み立てられている.このカテゴリーはそれぞれ別々のルール(位置,活用など)に従う.メジャーカテゴリーに付随するマイナーカテゴリー(冠詞など)とともに異なるカテゴリーは会話の流れの中で区別できるように提示される.これらのカテゴリー区別は,もの,イベント,状態,質などの実在的カテゴリーの区別に利用される.
  2. メジャーな語句カテゴリー(名詞句,動詞句など)は,ヘッドと呼ばれるメジャーな語彙カテゴリーから始まり,別の接辞や語句と組み合わせることができる.その結果の複合物は私たちの世界についてのメンタルモデルのエンティティとして使われる.つまり一つの名詞”dog”だけでは(メンタルモデルの中では)意味を持たず,名詞句”those dogs”, “the dog that bit me”となってはじめて実在するものとしての意味を持つ.要するに単語は抽象的一般的カテゴリーをエンコードし,語句カテゴリーになってはじめて特定のものやイベントや状態などを描写できる.つまり有限の語彙から無限の実在的エンティティを表現できる.
  3. 語句構造ルールは,意味論的な接続に対応する連結を要求する.これにより実際の意味論的な構造の手がかりを与える.(「大きな樹木に黒い実がなる」と「黒い樹木に大きな実がなる」を区別できる)
  4. 語句順序のルールは上記連結の中でさらに述部に対応する主題を明らかにする.(”Man bites dog”と“Dog bites man”を区別できる)
  5. 名詞や形容詞への接辞はこれらの機能を上書きすることができる.順序がスクランブルしても名詞に主題の役割をマークしたり,述部をリンクすることができる.これらの冗長性は順序ルールを一時的に無効にし,強調やフォーカスを作ることができる.
  6. 動詞への接辞はイベントの時間的分布(アスペクト)や生起時刻(テンス)を示す.これらの動詞接辞が同時に使われるときにはユニバーサルな順序がある(アスペクトを示す接辞の方が動詞に近い).人工的な時間計測装置が種特異的な思考に影響を与えるはずがなく,言語は発話時(アスペクトおよびテンス)とイベント生起時(アスペクトおよびテンス)の前後関係を示す見事な仕組みを備えている.また典型的には動詞の接辞は主語や主題とアグリーメントし,主題と述部の関係を示す冗長的な仕組みとなったり,曖昧性を打ち消す仕組みとなっている.
  7. 助動詞は,動詞に連結するもの(ただしテンスやアスペクトを表すものを除く)も文頭や文尾に現れるものも,叙述部全体のロジカルなスコープ(例えば真理値,モダリティ,発話内行為力(発話の中で示す話者の意志)など)を示す.
  8. 典型的な言語は(音韻的にはさらに分割できる)少数のある種の形態素の一覧表を持っている.この形態素は代名詞やその他の既出語を指す要素であり,その後の意味論的な特徴の一部(ジェンダー,人かどうか,分布が限られているかなど)を持つ.これにより延々と定義記述を繰り返さずに,複雑な関係の中の異なる対象から,同一の指示パターンを示すことを可能にしている.
  9. 補文化と操作のメカニズムは,別の叙述部の主題となっている叙述部の表現を統括する.これは特定の補文化形態素が,埋め込まれた叙述部の周囲にあって,その叙述部との関係を示すことによってなされる.これにより語句の繰り返しなどの冗長な表現を省略することができる.(これによりJohn tried to come, John thinks that Bill will come, John hopes for Bill to come, John convinced Bill to come, などの表現が可能になる)
  10. whムーブメント(wh疑問詞と関係代名詞などで現れる語順の移動)において,トレースあるいはギャップと呼ばれる空白要素と文周の数量詞(quantifier (e.g., wh-words))の現れ方には強い制限がかかる.この数量詞は,発話内行為力,現象的タイプ(時間,空間,目的),特徴(生物か非生物か),役割(主語か目的語か)などに応じてそれぞれ特異的であり得るし,ギャップは極めて限定された場所にしか生じ得ない.このような制限の意味論は発話者に叙述部の中での参照,要求情報.役割記述の問題の解決に役立つ.話者は単に「犬」を指示するのではなく,特定主体との関係で特定の役割を持った特定個体(the dog that Mary sold __ to some students last year)を指示できるのだ.


このリストはなかなか言語学関連の専門用語満載で私の手に余るところがある.おそらく上記の概要説明は誤解や誤訳から逃れられていないだろう.また普遍文法と言いながらかなり英語に引きずられた内容のようにも感じられる.4番目の語順の機能などは英語やフランス語には顕著だが,ラテン語や日本語には当てはまらないように思えるし,日本語の場合にはwhムーブメントにかかる制限はそれほどはっきりとはしていないようにも感じられる.とはいえ,ここでピンカーが言っていることは言語には特定の機能に合わせた複雑で精妙な適応が数多く見られるという部分だ.そこは圧倒的に疑い得ないところだろう.
ピンカーはこう続けている.

  • そしてこのリストは特に表現力にフォーカスした部分的なものに過ぎない.これに必要記憶容量を最小化し,解釈可能な経路を選ぶ確率を上げるための,あるいは子供の学習のための分析を容易にするための,数多くの統語的な制限や仕組みを付け加えることができるだろう.
  • さらにその上に,発声の容易性と明確な知覚のための,適当な音素の連続を一貫した音声パターンに変換するためのセグメント音韻ルールや,文法を明確化し,実在的あるいは発話内行為的情報をコミュニケートするための韻律ルール,さらに隣接する母音や子音の平行エンコードを通じて迅速な伝達効率を達成するための発音プログラムもある.言語はダーウィンの言うところの「私たちが感嘆するほかない構造と共適応の完成物」のよい例のように思われる.


そして当然予想されるグールド信奉派の批判をどう扱うのかが次のテーマになる.

  • こう書くと,これに対する抗議の声が聞こえるようだ.「パングロス博士だ!なぜなに物語だ!」と.私たちは言語の構造を吟味した後に後付けで適応物語をでっち上げたのだろうか.神経メカニズムがそれ以外の目的のためにあるのではないと,そして一旦それらが現れた後で様々な別の用途に転用されたというわけではないと,なぜ知ることができるというのだろうか.