「きずなと思いやりが日本をダメにする」


本書は社会心理学者の山岸俊男と行動生態学者の長谷川眞理子の対談を本にしたものだ.それぞれの分野で日本を代表する研究者である二人が,「『ヒトとはどういうものか』についての知見が社会心理学進化心理学のリサーチを通じてここ20年ぐらいで積み重ねられてきているのにもかかわらず,日本の政治や行政においてそれを生かしてよりよい社会を作ろうという動きがとぼしいこと」に憤慨している中で行われた対談というわけで,いろいろストレートな発言があって大変面白い.基本的には進化により形作られたヒトの本性を無視すべきではないということ,ヒトの行動は「心」次第でどうにでも変わる(山岸はこれを「心でっかち主義」と呼んでいる)のではなく周りの環境によるインセンティブに反応しているのだということを強調する内容になっている.

第1章 「心がけ」と「お説教」では社会は変わらない

冒頭「心でっかち主義」でお説教しても問題は解決しないと意気投合したところで最初に取り上げられているのは少子化の問題.
長谷川は簡単に生活史戦略を解説した後,ヒトが共同繁殖戦略を進化させたことを説明し,母性神話の虚偽性を強調する.また政治家や各種審議委員の人々は統計を見ずに,適当な「心」仮説*1を単なる思いつきででっち上げてエビデンスもないのにそれに固執すると憤慨する.このあたりは行政の審議委員に呼ばれることの多い長谷川の心の叫びだろう.二人の対話では,少子化は避妊が簡単になったことと女性側からみた投資配分の変更で説明でき,これを押しとどめるには「心に働きかけてもだめで,制度変更が必要だ」と話が進んでいく.

第2章 サバンナが生み出した「心」

冒頭でマーガレット・ミードの「サモアの思春期」がでたらめだったエピソードを取り上げた後,進化心理学の初歩の解説がある.
そこから二人の対話は社会脳,ダンバー数,出アフリカと人類史をなぞっていく.ここからユニバーサルなヒトの本性の話になり,内集団びいき,眼の効果と話は進む*2.そして世間にある「日本人らしさ」は幻想であり,たとえばアメリカ人との違いは同じヒトの心が異なる条件に反応しているにすぎないという話題になる.日本人の謙譲の美徳とされるものは,クローズドな社会の中でつまはじきにされないための行動様式にすぎないということで二人の意見は一致して盛り上がっている.

第3章 「協力する脳」の秘密

前章の話題を引き継ぎ,結局ヒトはインセンティブに反応するのだという話が続く.そしてそのインセンティブがどのようなものであるかに大きく影響するのが「心の理論」ということになる.山岸はヒトの社会はお互いに心を読みあって安定状態にあるのだと解説する.なおここで面白いのは,リサーチによると,互いに読み合った結果,行動パターンがいったん安定状態に落ち着くと,その後はほとんどの場合にルール通りに自動的に行動が決まり,いちいち丹念に相手の心を読むわけではないという指摘だ.
もう一つ重要なのが「共感」ということになる.ここでは情動的共感と認知的共感の区別をした後,ヒトの行動は情動的共感に大きく影響を受けることが取り上げられている.山岸はここで,「しかし共感がないことが必ずしも反社会的なことにつながるわけではない」と指摘する.本当によい結果を得るためには冷静にストラテジックに決断すべきであって,そのときには情動的共感は抑えた方がよいと主張しているのだ.ここは最近読んだブルームの「Against Empathy」の主張と通じるところがあって興味深い.
続いて協力的知性,互恵的利他行動,裏切り検知の話題になる.4枚カード問題,ボームの「モラルの起源」における村八分罰にも触れながら進化心理学の様々な知見が解説されている.

第4章 「空気」と「いじめ」を研究する

このあたりから対談は総論から各論に移っていく.なぜ時に社会全体でおかしな方向に動いてしまうのか.それは個々の人間が「こう言ったら周りにどう思われるだろうか」を読み合って行動するからだ.山本七平はこれを「空気」と呼んだ*3.山本はこれを日本が第二次世界大戦に参戦した決定について考察しているが,似たようなことは世界中で生じている.山岸は,そういう状況を打破するのは簡単で,空気を読まない人が何人かいればいいのだと指摘している.
そして二人は,このような「空気を読む」ことがよく日本の文化伝統とされることに反発している.空気を読む方が有利というのは,ある環境条件下(共同体からつまはじきにされないことが死活的に重要など)での一種の安定均衡であって,社会のあり方によってドラスティックに別の均衡にシフトしうるのだ.
そして話は「いじめ」問題に移る.ここでは少なくとも小学校などで生じる子供のいじめは,ある意味子供が社会のあり方を手探りで学習する過程であって,「悪い心をお説教によって矯正する」ことによって根絶はできないし,監視と罰で強引に根絶しようとすること自体にも問題が生じうると議論している.二人はまず「チクったらさらにいじめられる」という状況をなくすような信頼される教師の存在が重要であり,より進化的に自然な「年齢にもっと幅を持たせたクラス」運営も試してみる価値があるだろうとコメントしている.
次は社会的ジレンマ.ルールを破った方が得をするというインセンティブ状況があると問題解決は非常に難しくなる.進化的には利他行動,共感性,そして直感的道徳でこの問題を解決してきたが,現代社会ではなかなかそれだけではうまくいかないということになる.二人の会話はハイトの6次元道徳に進み,実はその道徳には平等がないが,それはおそらく進化適応では採用されなかったのだろうと考察し,この話題は次章に持ち越される.

第5章 なぜヒトは差別するのか

冒頭で山岸は「差別は偏見から生まれるとよくいわれるが違うと思う」と指摘する.そこで重要なのは「差別をした方が得だ」という状況があるかないかだというのだ.ここはいかにも山岸らしくて面白い.だから差別をなくすには「お説教」ではなくて制度デザインが重要になると力説する.そして競争的な資本主義社会こそが実は差別をなくすには最もいいデザインだと主張する.身分が固定した内向きの社会では差別した方が得になり,競争的であれば出自ではなく能力が問題になるからだ.
ここから日本社会,特にその雇用慣行の評価に話が進む.二人の評価では日本的雇用慣行は(統計的差別を含む)差別の固まりで,学歴差別,性差別,非正規雇用差別などをなくすには「お説教」ではなく制度デザインの変更しかないということになる.企業にとって「身内を守る」より,誰であれ有能な人を雇う方が得という状況を作るべきなのだ*4.そしてアファーマティブアクションはそれ自体で結果の平等を求めるというものではなく,まず扉をこじ開けて被差別者にも有能な人がいて雇った方が得だということを示すために重要だということになる.そして長期的には差別追放が繁栄の鍵になる.

第6章 日本人は変われるのか

すると繁栄のためにはグローバル化には抗すべきではないことになる.ここでは二人はムラ社会よりグローバル社会の方がいいと意見を一致させている.二人ともはっきり発言していろいろ面倒に巻き込まれてきたのだろうかと思わせられる.

ここからは様々な話題がどんどん取り上げられ,さながらジェットコースターのように進む.対談が盛り上がっていることをよく示しているところだ.面白かったトピックには以下のようなものがある.

  • 日米のドーパミン受容体遺伝子の頻度差異:これまではヒトの心はユニバーサルだとして対話が進んできたわけだが,実際には差があることが最近わかってきた.遺伝子を見ると,平均してアメリカ人の方が新奇性追求傾向があり,日本人の方がリスク回避的であるらしい.長谷川はそもそもヨーロッパからアメリカに移住しようという人々は新奇性追求傾向が高かったのだろうし,その後の社会の違いが遺伝子と文化の相互作用を起こした可能性もあるとコメントしている.とはいえそれは逆に言えば社会を変えれば日本人の傾向もすぐに変わるということにもなるだろうともフォローしている.
  • 今の日本では「思いやり」と「気配り」を美徳とする風潮が力を持ちすぎだ.あれは内向き社会で弾き飛ばされないための行動傾向でグローバル化の流れとは逆行する.
  • 日本的雇用関係が崩れ始めた原因の一つは団塊の世代だろう.このこぶになった人々に高給を払いきれなくなって雇用が流動化し始め,非正規雇用が増えた.この傾向が続くと採用は能力次第になり学歴主義が廃れ受験競争が緩和されるだろう.
  • グローバル化や雇用の流動化に反対する人々はそれを倫理問題として語りたがる.競争社会は「打算的だ」と感じられやすいのだろうが,それは間違いだ.グローバル化が進むほど差別は減り,社会は繁栄するのだ.非正規雇用をおそれる必要はない.
  • 産業化が進むと「ただ黙々と作業をする」仕事は減る.だからコミュ障恐怖症があるのだろう.

雇用慣行への影響は団塊の世代よりデフレ傾向が続いたことの方が大きそうな気もするし,経済のグローバル化能力主義への傾向を強めるとしても移民問題についてはどう考えるのかという論点が語られていないところはやや不満だが,対談集なのだから,どんどん話題が流れ,多彩な視点が提示されていく様子を楽しむべきものなのだろう.

第7章 きずなや思いやりが日本をだめにする*5

最終章は山岸の興味深い発見の紹介から始まる.

  • 相互協調性には2種類あることがわかった.何かの問題について手に手を携え一緒に問題を解決しようというポジティブ相互協調性と,波風立てずにやっていくというネガティブ相互協調性だ.後者はいわゆる「空気を読む人」で,いつもびくびくしている.
  • 独立性にも2種類ある.「誰も私に構わないで」というネガティブインデペンデンスと「他者と積極的に関わり,自己主張に躊躇しない」ポジティブインデペンデンスだ.しかし本来ヒトは社会なしには生きていけないのでネガティブインデペンデンスは達成が難しい.独立独歩で生きるには他者との関わりは避けてはいられないのだ.
  • 日米比較をすると,ネガティブ協調性が日本に多く,ポジティブ協調性がアメリカに多い.独立性は,ネガティブタイプには差がないが,ポジティブタイプはアメリカに多い.要するに日本では他者との摩擦のコストが高いので,「自己主張をせず,関わりを避けようとする」傾向が強くなるのだろう.

ここから二人は日本は和の国といわれるが,個人で生きていくにはリスキーで,いい子であることを強制される社会なのだと議論を発展させ,結局「摩擦を起こさないこと」がモラルになっていて,社会の活力が失われているのではないかと懸念を示す.

  • 「互いに思いやること」を良しとする社会は身内が足を引っ張り合う社会になりがちで,実際に高度成長期まではそういう重苦しい社会からの脱却が目指されていた.
  • しかし80年代ぐらいから「思いやり」がモラルになってきた.

山岸はそこから脱却するために「プレディクタブル」になることを勧めている.相手の心はわからないが,自分の行動を相手から予測されやすくすることはできる.自分の価値感や原則を明示して首尾一貫した行動をとることにより相手から信頼されるようになろうということだ.長谷川はこれに賛成し,多様性を認め,相互理解するためには「寄り添う」必要などどこにもなく,「私はあなたと違う」というところからコミュニケーションを始めて議論を深めるしかないとコメントする.
そして対談は,安心社会より信頼社会を目指すべきだし,お説教より制度構築だというテーマを繰り返して終わっている.

本書はあまりにも波長の合う二人が,昨今の「思いやり至上主義」と「すべての問題を『心』に働きかけて解決しよう」という風潮をコテンパンに批判する内容で,ヒトの本性や行動傾向についての深い理解を踏まえた内容は圧倒的に説得力があり,読んでいて爽快だ.
確かに狭い世界で互いの思いやりのみを強調する社会は「安心」かもしれないがどこまでも息苦しい.「思いやり」をモラルにして強制するなら,それは隣組による監視のある江戸時代やご近所や親戚に何かと気を使わざるを得ない昭和40年代までの日本社会につながる道になるのだろう.この「風通しの良いオープンな社会で互いに信頼しあう社会が望ましい」というのは山岸のライフワークのような主張だが,良き対談相手を得てそれがうまく表現できているように思う.私的には最近読んだブルームの「Against Empathy」の主張に重なるところもあり,非常に(認知的にも情感的にも)「共感」を持って読めた一冊になった.


関連書籍

ブルームによる,共感を社会の導く至高の善とすることを戒める本.本書の出版より少し前に刊行されたもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170103

Against Empathy: The Case for Rational Compassion

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山岸による信頼社会についての本.代表的なのはこの2冊だろう.

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム

信頼の構造: こころと社会の進化ゲーム


ボームによる狩猟採集社会におけるリーダーの暴虐に対する方策としての平等主義を扱った書物.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20141228

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか

モラルの起源―道徳、良心、利他行動はどのように進化したのか


山本七平による日本的な意思決定の欠陥についての本.

*1:1980年代に離婚率が下がったことをバブルにより経済的不満がなかったからだとか説明する態度.実際には世代ごとの離婚しやすさと人口動態で説明できる.

*2:ここで長谷川は「動物の社会の中でもヒトの社会が特殊なところは幻想の共有があるところだ」と指摘している

*3:ここで長谷川は最近の若い人たちが「空気の読めない人:KY」になることを極端に忌避することについて「あれは空気を読まなければというプレッシャーではなく,他人がKYである時にそれを指摘する事が空気を悪くするので指摘しにくい,そういう状況をいやがっている」と解釈していて面白い.本当にそういう複雑な話なのだろうか.

*4:オープンで競争的な市場,解雇の自由,転職市場の整備と政府による補助などがセットになる

*5:本書の書名はこの章題から採ったと思われるが,なぜ『や』を『と』に替えているのかはよくわからない