Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その3

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ここまでに項構造の説明と,意味的に似たような動詞でもそれが可能な項構造の種類が異なること,そして子供の言語獲得を考えると,それは謎であることが解説された.

3 項構造変換の理論

  • 問題の解決のキーは,この容器所格問題には2つのルールがあるというところにある.


<ルール1>

  • 最初のルールは動詞の意味の変換に影響する「語彙的意味論ルール」だ.

動詞1:XがYをZに動かす.

動詞2:Xが「YをZに動かすこと」によってZの状態を変える

  • loadの項構造「load hay onto the wagon」は,おおむね「干し草をワゴンに動かす」という意味だ.「語彙的意味論ルール」は(異なる項構造「load the wagon with hay」をとる場合に)「ワゴンの状態を『干し草で満杯』に変える」という微妙に異なる意味を持たせる.


<ルール2>

  • 2番目のルールは.ユニバーサルな「リンクのルール」のセットだ.これはある種類の意味論的項構造を統語的役割に結びつける.特に動作主は主語役割に,変化させられるエンティティは目的語役割に結びつけられる.ここで重要なのは,変化させられるのは「位置」でもいいし「状態」でもいいということだ.どちらでも「変化させられるもの=目的語」というルールが当てはまる.


要するにこの2つのルールにより,内容物所格から容器所格に転換する場合には,内容物の動きから容器の状態変化に焦点が変わり,動詞の意味が微妙に異なってくるというわけだ.そしてその焦点の変化が,文法的には何が目的語になるかにかかわってくることになる.
ピンカーは続いてその指示証拠を並べている.

  • この(2つのルールがあるという)理論の実証的な支持証拠が6つある.
(1)
  • 理論は,動詞は異なる(項構造)文において全く同じ意味にはならないことを予測する.
  • これは以前から知られており,「全体効果」と呼ばれている.「load hay onto the wagon」の場合にはワゴンにはごく一部の干し草が積まれた状態であってもよい.しかし「load the wagon with hay」の場合ワゴンは満杯になっている.これは後者ではワゴンの状態が変わり,しかもそれは満杯であるという状態に変わるという意味になっているからだ.
(2)
  • 理論はなぜ2つの構文がほぼ同じ意味になるかを説明する,
  • もし「load hay onto the wagon」が「干し草をワゴンに動かす」という意味で,「load the wagon with hay」が「ワゴンの状態を『干し草で満杯』に変える」という意味なら,後者の文には,前者の意味も含まれていることになる.この重複が心的には類似しているように感じられるのだ.
(3)
  • 理論はなぜこれらの構文が,このような統語形態を取っているかを説明できる.
  • 前者は干し草の位置の変化が問題になっているので,干し草が目的語に取られている.そして後者はワゴンの状態の変化が問題になっているからワゴンが目的語に取られているのだ.
(4)
  • パラドクスに関して,理論はなぜすべての動詞が2つの項構造をとれるようになっていないのかを説明できる.
  • ルール1が「Xが『YをZに動かすこと』によってZの状態を変える」という意味を持つ動詞を創り出すのなら,その本質的な意味に「状態の変化」を持つ動詞のみがそのルールに当てはまる.
  • pour, fill, stuffなどの動詞はいずれも「容器に対して流体を動かすこと」を意味するが,これらの動詞の心的辞書にある意味は同じ対応を持たない.
  • pourの本質的な意味は,「流体を連続的に下に動かす」というところにある.これがpourとdripとshowerの大きな違いなのだ.しかしpourは注ぎ込まれた容器や表面がどのように変化するかを特定はしない.それはコップの中にも,コップの外にも,地面の上にも注げるのだ.物体の動きの様相が動詞によって特定されるので,(pourを使うときに)動きがどうなっているかが特定されていなければならない.そしてそれは,この動詞は「何かの動きの原因を作る」という意味を持ち,目的語は(動かされる)流体でなければならないことを意味する.そして理論から予測される通り,これらの動詞は内容物所格項構造しかとれないのだ.
  • これに対してfillは,容器が空からいっぱいになったときだけに使える動詞だ.数滴の水だけではカップをfillするには足りない.そしてfillは容器が満たされるときの流体の動きについては制限がない.注ぎ入れても,滴り入れても,容器ですくい上げてもいいのだ.この動詞は容器の状態変化が問題になっているので,状態変化の様相は特定されなければならない.つまりこの動詞は「変化を引き起こす」という意味を持ち,目的語は変化するものをとるのだ.cover, saturate, stop upは皆同じような意味的制限を持ち,(理論から)予測されるように容器所格項構造のみをとる.
  • 最後にstuffを見てみよう.stuffはMary stuffed mail into the sack,とMary stuffed the sack with mail. の両方の言い方を許容する.動作がstuffすることになるためには,手紙を袋がいっぱいになるまで落とし入れるだけでは足りない.先に手紙をくしゃくしゃに丸めてから落とし入れてもなおstuffしたことにはならない.stuffするためには,手紙は既に空き容量が少ないところに入れるために袋に押し込まれなくてはならない(そして袋はいっぱいにならなければならない).この動詞は内容物の動きと容器の状態変化の両方の様相を特定する意味を持つ.だからこの動詞は内容物と容器のどちらも目的語にとれるのだ.つまり可換になる.可換な動詞はみな動作の様相と容器の状態変化の様相の両方の意味を持つのだ.brush, dabにおいては,内容物は容器に押しつけられなければならないし,loadにおいてはその容器にふさわしい方式で積み込まれなければならないのだ.
(5)
  • 「リンクのルール」がユニバーサルであるなら,上記の状況は他の言語でも普遍的に観察されるはずだということになる.そしてそれはその通りのようだ.
  • さらにこの所格構造以外でも理論が予測する現象が観察される.生きている動作主が,別のエンティティに直接効果を与えるという意味を持つ動詞は,(位置を変えるslideのような動詞,状態を変えるmeltのような動詞,消化するeatのような動詞すべて)言語間で普遍的に,その効果を与えられるエンティティを目的語にする他動詞になる.
  • またさらに,文法的な目的語に対する全体的な効果も一般的だ:類似の効果はKurt climbed the mountain. とKurt climbed up the mountain. の間にもある.山全体がスケールされているのは前者のみだ.
(6)

この一般的な理論はグローペンたちの架空の動詞を用いた実験(1991)によって支持されている.(実験のあらましが紹介されている)


このあたりは「The stuff of Thought」でも詳しく取り上げられていたところだ.ピンカーはこの問題がユニバーサルだと主張している.

英語の場合には目的語は前置詞を取らず,その重みが大きいので動詞の焦点が目的語に何を取るかに大きくかかわるというこの説明は説得的だ.日本語の場合には目的語はヲ格,目的場所を指定する語はニ格,手段を指定する語はデ格となって,相対的な重みの違いが英語ほどあるようには感じられない.これが転換する動詞があまりないことと関連するのかもしれない.

転換の可否と動詞の意味内容に関する説明に関しては,日本語でも片方の項構造しかとれない「注ぐ」と「満たす」にはほぼ当てはまると思われる.もっとも両方の構造がとれる「塗る」に英語ほどの全体的効果はないようにも思う.少なくとも私自身の語感では「壁をペンキで塗った」と「壁にペンキを塗った」を比較して,確かに一はけ塗っただけでは前者の言い方はやや不自然かもしれないが,全部を塗っていなくともある程度の面積が塗られていればかまわないように感じられる.このあたりも日本語のヲ格が英語ほど重くないためなのかもしれない.
とはいえたしかに微妙な違いはありそうだから,そこまで含めるとユニバーサルということなのだろう,