Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2018/02/13
- メディア: Kindle版
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第10章 環境 その2
1970年頃から環境運動はドグマティックなグリーン主義者どもに乗っ取られた.では環境自体の状態はどうなってきたのだろうか.
- 1970年頃のグリーン主義者たちの破滅の予言は外れた.それだけでなく彼等が不可能だとわめき立てた改善が生じたのだ.世界は豊かになるにつれて自然はリバウンドし始めた.
(ここで1970年から2015年までのUSのGDP,自動車走行距離,人口,エネルギー消費,CO2排出量,5汚染物質排出量合計の推移グラフが示されている.汚染物質は1970年頃から継続的に減っている,エネルギー消費とCO2排出量はほぼ人口に比例した伸びだったが2008年頃からそのペースを下回るようになっている.ソースはEPA 2016)
- 1970年に米国環境保護団体(U.S. Environmental Protection Agency: EPA)が設立されて以来5つの大気汚染物質排出量は減り続け,現在では1970年当時の2/3程度に減っている.同じ期間で人口は40%増え,自動車走行距離は2倍に,富は2.5倍になっている.エネルギー消費はピークを付け,CO2排出も減り始めている.これは工場の海外移転では説明できない.エネルギー消費や汚染物質排出の大半は輸送や暖房や発電で生じているからだ.これはグリーン主義の「環境のためには経済成長をやめるべきだ」という主張も,右派の「環境保護派経済成長や生活水準に悪影響を与える」という主張もどちらも間違っていることを示している.
- これらの改善は簡単に観察できる.多くの都市の大気はきれいになった.ロンドンももはや霧には覆われていない.都市の沿岸海域や河川には魚や鳥が戻ってきた.郊外にはオオカミやキツネが出没するようになった.農業が効率化され,農地は森に戻りつつある.確かに熱帯雨林の破壊は継続しているが,その破壊ペースは1/3に減っている.アマゾンの熱帯雨林破壊は1995年にピークを付け,そのペースは1/5になった.
(森林破壊の1700年からの推移グラフが示されている.温帯雨林破壊は減り続け,2000年頃にマイナス(森林の増加)に転じている.熱帯雨林は20世紀に急速に破壊されたが21世紀に大きくその破壊ペースを下げている.ソースはFAO 2012)
- 熱帯雨林の破壊減少時期のラグは環境保護が先進国から途上国に広がっていることの1つの兆候だ.環境パフォーマンスインデックスによると国が豊かになるにつれて平均的に環境は良くなる.インディラ・ガンジーの言う通り「貧困が最大の汚染者」なのだ.
- 海鳥の悲惨な姿のイメージとともに環境破壊の象徴とも言えるタンカーのオイル漏れ事故を見てみよう.油の出荷量は1970年代から5倍になっているが,事故数は1973年の100件越えから2016年の5件にまで(そして重大事故は1978年の32件から2016の1件にまで)減少している.(グラフが添付されている.ソースはOne World in Data 2016)
- 汚染事故は広報的には大厄災なので石油会社が事故を減らそうと躍起になるのは当然だ.そしてその試みは成功してきた.技術は学習カーブを追いかけ,タンカーはよりよく設計されるようになった.重大事故が生じるたびに規制も強化されてきたのだ.
- しかし人々は事故の記憶のみ持ちつづけ,この改善に気づかない.
- 別の改善としては保護地域面積の拡大がある.(1990年以降の保護地域面積の拡大傾向グラフが添付されている.ソースは世銀2016)面積自体はなお不十分かも知れないが,そのモメンタムは印象的だ,陸地面積全体の中で保護地域が占める割合は1990年の8.2%から20014年の14.8%に増えている.海の中の保護地域割合も同時期で5%から12%に増えている.
- アホウドリ,コンドル,マナティー,オリックスなどいくつかの動植物は絶滅危機より回復しつつある.全体の絶滅率も75%減少している.なお多くの動植物が絶滅を危惧される状態だが,専門家たちは,「人類がペルム紀末や白亜紀末のような大絶滅を引き起こしつつある」という主張は誇張だと考えるようになった,
- 国際的な取り組みも進むようになった.地中以外の核実験禁止条約に続いて,硫黄酸化物の放出抑制,フロン使用禁止,そして温暖化防止のためのパリ条約などだ.
この部分が1970年以降の世界(特に先進国)の環境改善の進み具合を説明する部分になる.確かに日本でも昭和の時代には大気も都市河川も随分汚れていて,公害は深刻な社会問題だった.あの頃に比べると河川も港湾もずいぶんときれいになっている.生物の絶滅危惧状態についてはそれほど改善している実感はないし,バードウォッチャーとしては観察可能なフィールドや種数が減少している印象だが,野山にシカやイノシシなどの動物が増えているのは間違いないところだ.
ではこのような改善はどのようにして可能になったのだろうか.ピンカーは以下のように説明している.
- 多くの進歩と同じく環境改善のレポートも怒りと非論理的な反応を巻き起こす.しかし「これまで改善してきた」ということと「環境は放っておいても自動的によくなる」ということは同義ではない.我々は議論,行動主義,法制化,規制,条約,技術的進展,そしてそれを推し進めてきた人々に感謝しなければならない.改善を持続させ,(特にトランプ政権の元では)反動を防ぎ温暖化などの新しい問題に対処するには,引き続き同じような努力が必要なのだ.
- しかし多くの理由から,今こそ環境問題を(現代人類は邪悪な存在で,産業革命を逆転させ技術を捨て昔に戻らなければ黙示録に向かってまっしぐらに進んでしまうなどの)モラルの問題とするのをやめる時期だ.そうではなく,環境問題は解決可能な問題だと捉えるべきだ.
- 1つのキーポイントは生産性の問題を資源の問題から切り離すことだ.より少ない物質とエネルギーでより多くの人類の利益を追求すればいいのだ.この方法は「密度」にプレミアムをもたらす.農業はより少ない土地と水と肥料で,より多くのタンパク質とカロリーと繊維を創り出そうとしてどんどん密度を増してきた.(エコノモダニストはいわゆる「有機農業」は同じ食糧を創るのに遙かに大きな土地を必要とし,グリーンでも持続可能でもないと指摘している)人は都市に集まることにより,単に郊外に土地を残すだけでなく,通勤,建設,空調をより少ないリソースで可能にできる.農業がより集約的になればなるほど,森林は保全され野生動物が住めるようになる.
- もう1つのキーポイントが「脱物質化」になる.技術進歩はより少ない原材料で同じ機能を持つものを生産可能にする.(スマートフォンがいかに多くの機能を小さな装置に組み込んでいるかが説明されている)デジタルテクノロジーはシェアリングエコノミーを通じて自動車やその他の道具を効率利用させて脱物質化を推し進める.さらに社会的地位財の変化も脱物質化に寄与している.ロンドンのシティセンターは富裕なヴィクトリアンから見ればあり得ないほど狭苦しいが,現代では郊外に住むよりファッショナブルと感じられている.それは現在の地位財が不動産や高級車などの所有よりも経験を見せびらかす方に変化しているからだ.
- 「ピークオイル」という言葉は70年代の石油危機時に原油産出のピークが目前だという意味で使われた警句だ.しかし現在我々はピークチルドレン,ピークファームランド,ピークティンバー,ピークペーパー,ピークカーを迎えているのかも知れない.あるいは数百のコモディティーについてピークスタッフを迎えているかも知れないのだ.
- 注目すべきなのはこれらの変化のどこにも強制や規制やモラル化は必要なかったということだ.これらは人々の自発的な好みの変化によるのだ.もちろん規制を捨ててもいいといっているわけではない.しかしこれは現代化が必ずしもリソース使用の持続不可能性に直結するわけではないことを示しているのだ.テクノロジー,特に情報テクノロジーの本質的な何かが,人類の繁栄と物質の使用を分離する方向に働いているようだ.
密度の重要性はマット・リドレーが「The Rational Optimist(邦題「繁栄」)でも強調していたところだ.都市は人間や生産拠点を狭い地域に集中させることにより,その他の地域の環境を大きく改善させる.化石燃料は狭い場所で効率的にエネルギーを生産し,木材伐採やダムにより自然破壊を大きく抑制したのだ.そして20世紀中葉以降は情報技術の進展によりあらゆるものが小型化し効率化している.人は都市や化石燃料を考えるときにその狭い場所だけ見て環境にとって良くないと考えがちだが,地球環境全体にとってはそれは大いなる福音だったのだ.
関連書籍
マット・リドレーによる人類の改善傾向に関する本.現在Kindle版は300円台とお買得だ.私の書評http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100925
The Rational Optimist: How Prosperity Evolves (P.s.)
- 作者: Matt Ridley
- 出版社/メーカー: HarperCollins e-books
- 発売日: 2010/06/15
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同邦訳.私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101020
- 作者: マット・リドレー,大田直子,鍛原多惠子,柴田裕之
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2013/08/28
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