Enlightenment Wars: Some Reflections on ‘Enlightenment Now,’ One Year Later その2

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ピンカーの啓蒙運動擁護本に対する批判への応答.3番目のトピックあたりからはかなり本筋に関わる議論になってくる.まず延々と採り上げた「これまで世界が良くなってきている」という事実の提示に関する疑問が取り上げられている.
 

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress (English Edition)

 

<批判 その3>
  • 一体どうして「心配することはない.すべてうまくいく」などということが言えるのか.海洋のプラスティック汚染はどうなのか? 麻薬の蔓延は? 学校での銃乱射事件は? 多すぎる収監者の問題は? ソーシャルメディアは? ドナルド・トランプは?

 

<応答>
  • 「Enlightenment Now」を書くことは,「Better Angels of Our Nature(邦題:暴力の人類史)」で発見したことを再発見することでもあった.「進歩」というのは新奇でエキゾティックで反本能的な概念だ.多くの人々は「進歩があったかどうか」という質問を「悲観主義者であるのか楽観主義者であるのか」という質問に読み替えてしまう.そして彼等は進歩の原因は何か神秘的な力で世界をユートピアに向かって運んでいくものだと考えてしまう.
  • しかし「進歩があったかどうか」は物事の見方ではなく,事実に関する質問だ.それは計測可能で,実際に様々な指標が向上しているのだ.「Factfullness」の著者ロスリングがいうように多くの人は悲観主義ではなく無知のために進歩を否定してしまう.
  • 同時に,「進歩」は過去すべての期間ですべての面ですべての人にとって良くなったことを意味するわけではない.それはもはや進歩ではなく奇跡になるだろう.進歩は奇跡ではなく問題を解決していった結果なのだ.問題が生じること自体は不可避であり,解決策はまた別の問題をもたらし,それはまた解決されなければならない.このためある面で進歩がある中で別の面では停滞や後退が存在する.しかしほとんどの人にとって世界がより良くなったという意味で進歩は現実なのだ.オバマが言ったように「あなたが誰になるかわからないなかで過去から現在までどの時代に生まれたいかを聞かれれば,それは『今』を置いてほかにない」のだ.
  • 現在悪化している物事のリストを提示するのは進歩があるかないかを決めるいい方法ではない.それはコラムニストたちが定期的に再発見しているやり方で,読者を怖がらせて預言者ぶるための方法でしかない.

 

  • 進歩は世界が完璧であることを意味するわけではない.それはかつてより良くなっていることを意味するだけだ.そして進歩を認めることが,今苦しんでいる人々や現在の深刻な問題を無視していいことを意味するわけでもない.

 

  • 将来がどうなるかは今日私たちがどう行動するかにかかっている.
  • しかし現在何をすべきかは,進歩をどう理解しているかによって変わってくる.もしこれまでの世界を良くしようと試みた努力がすべて無に帰したと信じているなら,つまりすべてはムダだったと思うなら,あきらめて現在を享楽的に楽しむのが最善になる.もし現在が最悪で,すべての組織が機能不全で改善不可能だと信じるなら,正しい方策は帝国を破壊してすべてを焼き尽くし,焼け跡から何かいいものが生まれることを期待すること,あるいは『私だけが問題を解決し,この国をもう一度偉大にできる』と叫ぶストロングマンにすべての希望を託すことになる.
  • しかし,もし理性と科学を用いて人々をより良くできると信じるなら,正しい方策は,よりこの世界についての理解を深め,組織を改善し,人々をより良くするように務めることになるのだ.

 
この批判は『進歩』が何を指すのかについての誤解というやや初歩的なところでつまづいたものだが,多くの人にとって大いに陥りやすいところなのだろう.ピンカーはあまり辛辣にならずに丁寧に応答している.
 

<批判 その4>
  • これらの世界の改善傾向を示す数字はみなチェリーピックされたものに違いない.

 

<応答>
  • これはひどい言い掛かりであり,世界が良くなってきた可能性を信じられないことから来ている.
  • 時にこの懐疑は完全に政治的なものだ.「進歩派は進歩を嫌う」という私のコメントに対して怒り狂った批評家たちには左派活動家のデイヴィッド・クレイバーのツイートを紹介しよう.

誰かあのネオリベラル/保守派たちのここ30年の社会の進歩についての数字への反駁方法を知らないか? あいつらの数字は貧困も文盲率も子どもの栄養失調もみな鋭く低下していると言ってる.こんなのが正しいはずがない.きっと右派のシンクタンクのでっち上げに違いない.でも正しい数字はどこなんだ.見つけられないんだ

  • そうだろう.「Enlightenment Now」で挙げた数字は(チェリーピッキングではなく)すべてのチェリーを数え上げたものだ.私はすべての論者が進歩の指標として合意できる数字,長寿,繁栄,教育から始めた.そして「Better Angels of Our Nature」でやったのと同じく暴力と蛮行をグラフ化した.そして心理学的な進歩の原因であるリベラル価値,さらにその結果である幸福感も採り上げた.
  • そのすべてで私は最も客観的で合意を得やすい指標(例えば戦争による死亡数,殺人による死亡数など)を選んだ.大学の研究者,政府機関,国連のような国際機関によってまとめられた数字にこだわり,「世界が悪い方が自分たちのビジネスにとって都合がいい」ような組織による数字を避けた.存在する限り世界全体の数字を使った.そしてそのデータセットの全期間データを用いたのだ.
  • より細かな数字(年代ごとの平均余命,雷による死亡など)については,英国とアメリカのデータを多く用いた.それはデータが入手可能で,多くの想定読者が興味を持つと考えたからだ.しかしこれらのデータは開発途上国の大いなる改善を含んでおらず,進歩を過小評価しているだろう.

 

  • どのケースでも進歩は肉眼で観察可能(なほど明確)だ.それは私が数字を操作しているからではない,そんなことはできない,データセットは簡単に入手できる.確かにグラフは上下しているし,指標について異なる定義もある.しかし進歩恐怖論者の主張とは異なり,結論はうごかない.
  • そしてこの結論を提示しているのは私だけではない.「Enlightenment Now」の出版以降同じような結論を提示する5冊の本が出版されている.

It's Better Than It Looks: Reasons for Optimism in an Age of Fear

It's Better Than It Looks: Reasons for Optimism in an Age of Fear

The Perils of Perception: Why We're Wrong About Nearly Everything

The Perils of Perception: Why We're Wrong About Nearly Everything

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

Factfulness: Ten Reasons We're Wrong About The World - And Why Things Are Better Than You Think

Clear and Present Safety: The World Has Never Been Better and Why That Matters to Americans (English Edition)

Clear and Present Safety: The World Has Never Been Better and Why That Matters to Americans (English Edition)

The Optimistic Leftist: Why the 21st Century Will Be Better Than You Think (English Edition)

The Optimistic Leftist: Why the 21st Century Will Be Better Than You Think (English Edition)

(少なくとも「Factfullness」には訳書がある)

FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

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  • 作者: ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド
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  • さて,これらが示す世界の数字を読者にある代替情報源と比べてみよう.ジャーナリストは定義からしてチェリーピッカーだ.彼等は戦争や疫病や災害などの稀な出来事を取り上げる.平和や健康や安全などの日常的出来事は取り上げないのだ.寿命や事故についての統計は悪い方向に向かったときだけ報道される.
  • このビルトインされたネガティブを採り上げる傾向に加えて,ジャーナリストは彼等の言う「モラル的な見地」から読者を日常の満足感から振り落とすべく恐ろしい事件を探し求め,その際に定量的な見方を封じ込めている.(オニオンの記事では皮肉交じりにこう紹介されている「CNNはどのニュースが視聴者をその日の残りの時間中パニックに落とし入れるかを決めるためのモーニングミーティングを行っている」) そして新聞は近隣で誰かがおぞましい犯罪にあったような出来事を商売道具にしているのだ.

www.theonion.com

 

  • もしこれらのニュースがデータとセットで提示されるなら読者のトレンドへの理解に役立つだろう.しかしそうでないならそれは書き手の思いのままに読者を利用可能バイアスに突き落とすことができる.
  • このような操作的でないやり方も可能なのだ.私たちは,メディアが天気やスポーツや金融市場と同じように事件についても定量的なデータと一緒に提示することを想像することができる.

 

  • 専門的な歴史学も美味しい果実を追い求めている(つまりチェリーピックしている).戦争,飢饉,恐怖政治,革命については多くの歴史が書かれているが,平和と豊穣と調和についての歴史は少ない.そして人類のウェルビーイングの歴史的傾向についてのものはさらに少ないのだ.

 

  • 環境問題はまた別の課題を提示している.私は環境の質についてのグローバルな長期的データセットを提示することができなかった.これを計測することを可能にするどんな歴史的概念も存在しないからだ.確かに誰も過去250年で環境が向上しているとは主張しないだろう.実際に多くの進歩は環境とのトレードオフの上に実現してきた.
  • しかしながら過去10年についてはグローバルなレポートがある.そしてこの環境パフォーマンスインデックスによると180カ国のうち178カ国で環境は改善しているのだ.これは環境が向上し始めたことを示唆しているようだ.それを知って世界を眺めると,これまでの環境悪化要因であった世界全体の人口増加は,1962年に増加率のピークを打ち,現在増加率が大きく低下中であることを知ることができる.(これはまだあまり知られていないが,ブリッカーとイビットソンの本に書かれている)

Empty Planet: The Shock of Global Population Decline

Empty Planet: The Shock of Global Population Decline

 

  • すると問題は環境を示す数字のどれをグラフにして示すかということになる.私は最も刮目すべき指標としてCO2放出量を選び,さらにアメリカのCO2放出量,森林面積,石油の海洋汚染,自然保護区の面積を選んだ.それらはすべて改善している.
  • 批評家たちは,生物多様性や淡水リソースをプロットすることもできたはずだと批判している.それはすべきだったのかもしれない.しかしあの部分の私の目的は環境の状況を示すことではなく,伝統的ジャーナリズムや活動家たちの環境破滅の運命論を突き崩すことだったのだ.

 
ここは本書の大半をなす労作の真価に絡むところで,ピンカーも猛烈に反駁している.そしてマスメディアのドラマチックで悲観的なニュースへのバイアスを繰り返し指摘する.ピンカーに言われてみて確かにスポーツニュースや株式市場・金融市場の記事には定量的な部分があることに気づかされる.社会的なものも同じように扱うことは可能だろう.殺人や事故のニュースを伝えると共に,その10万人あたりの発生件数の推移を打率や防御率のように示せばいいのだ.そうであればどんなにいいかと思ってしまう.