書評 「恐竜の教科書」


本書は2016年に出版された恐竜本「Dinosaurs: How They Lived and Evolved」の邦訳.著者も監訳者のばりばりの恐竜研究者で,「教科書」と名打つのにふさわしい本だ.これまでの恐竜の教科書的な本としては原著2012年邦訳2015年の「恐竜学入門」があったが,本書は2012年以降の研究の進展が反映されていて,より最新の知見*1に触れることができる.また「恐竜学入門」はやや系統樹と分岐学にこだわった内容だったが,本書はよりバランスが取れた総説本といっていいだろう.
 

第1章 歴史,起源,そして恐竜の世界

 
第1章では恐竜研究の歴史と恐竜の起源が扱われる.ここではまず恐竜とは何かが扱われ,その中で鳥類は恐竜そのものであり,恐竜はなお1万種現存するということが強調されている.(このため本書においては「恐竜」という表記は鳥類を含む意味となり,鳥類ではない恐竜を指す場合には「非鳥類型恐竜」と表記されている)
つづいて学名,系統樹,地質時代,研究手法(ブラケッティング法)を解説するコラムをはさみながら恐竜発見,恐竜研究の歴史が概説されている.オーウェンによる命名,北米恐竜発掘黄金期,恐竜ルネサンスを経て現代の恐竜研究の様相が描かれている.近時発掘と記載数が大きく上昇中であり,軟組織の化石の報告も増えている.
ここから恐竜がいた中生代の環境(大陸移動,気候),恐竜の起源(翼竜との分岐で恐竜側にあり,なお恐竜とは認められないラゲルペトン,マスケラス,シレサウルスなどについて詳しい),中生代初期のワニ系統主竜類との競争(なぜ恐竜が陸上で優勢になったのかはなお明らかではない)などが扱われている.
 

第2章 恐竜の系統樹

 
ここでの最初の問題は鳥盤類,獣脚類,竜脚類の系統関係だ.長らく獣脚類と竜脚類を竜盤類として括る分類(鳥盤類(獣脚類・竜脚類))が主流だったが,2017年に鳥盤類と獣脚類の方が近縁だ((鳥盤類・獣脚類)竜脚類))という新説が提示されて論争になっていることが解説されている.現在では(((鳥盤類・竜脚類)獣脚類))という説も提示されて争われているそうだ.
ここから獣脚類,竜脚類,鳥盤類という伝統的な順序で系統樹を示しながら代表的な恐竜が解説されている.
以降私的に新知見だった記述を紹介する形のレビューとしたい.

  • マニラプトル類の中の1グループであるカンソリオプテリクスは長い前肢の指の間に皮膜を持っていたことがわかった.前肢に羽毛を持つグループに属していながら皮膜を進化させて滑空していたらしい.
  • かつて古竜脚類とまとめられていたグループには竜脚類との近縁性が様々なものが含まれており,単一クレードではないことが明らかになった,現在この名称は使われなくなりつつある.
  • ディプロドクス上科の恐竜としては,ディプロドクス,アパトサウルス,ブロントサウルスが挙げられている.(ブロントサウルスの復活.2015年にアパトサウルス属と別属としてブロントサウルス属を認める論文が出されて,本書ではそれにしたがっているということらしい)
  • 竜脚類は主にジュラ紀の恐竜であり,白亜紀には一部の例外を除いて絶滅していたとされていたが,今日これは誤りで竜脚類は白亜紀を通じて多くの大陸で支配的な存在であったことがわかっている.

 

第3章 恐竜の解剖学

 
第3章では恐竜の身体的特徴が扱われる.全体的骨格,腕,腰と後脚,動きと機能,骨の連結と姿勢.顕微鏡的特徴,体重推定,筋肉,呼吸と気嚢システム,消化器系,外見,羽毛などの解説がなされている.

  • 竜脚類の首がほぼ水平にまっすぐで可動性がなかったという見解は(骨だけを見て)頸椎の関節面でごく小さな動きしかできなかったという考えに基づいている.しかし軟組織(特に軟骨円盤)を考慮した復元を元に考えると幅広い動きが可能だったと考えるべきだ.
  • 骨の切断面の顕微鏡的観察によると,巨大恐竜でも40年~50年を超えて生きることはほとんどなかったようだ.
  • 恐竜の体重推定は軟組織の総量をどう推定するかによって大きく異なってくる.
  • 体骨格の含気性(気嚢システムを推定させる)は翼竜にあり,マラスクスと鳥盤類にはなく,獣脚類にあり,竜脚形類では最初期のものと後期のものにある.また最初期の獣脚類や竜脚形類の気嚢システムは貧弱なものだった.気嚢システムの進化(あるいは消失)過程はまだ解明されていないが複雑だったようだ.
  • 竜脚類は(気嚢システムなどにより)体内に大量の空気を含んでいたことがわかってきた.これにより非常に浮きやすくなっており,水深が深いところでは非常に不安定だったと思われる.
  • 保存状態の良いスキピオニクスの化石の1つでは腸が良好に保存されており,表面の細かいひだや顕微鏡的な特徴もいろいろ観察できる.
  • 恐竜ルネサンス以降,恐竜について軽量で細身の外観の復元が流行になった.筋肉質でスリムな外観はある意味正しいが,たるんだ皮膚や脂肪などの軟組織の可能性を無視しており,「シュリンク包装」復元とも呼ばれる.最近はデジタルモデリングや新しい化石の基づいたよりリアルな復元をめざす動きも出てきている.
  • 恐竜の顔について,頬を覆う筋肉があった可能性は小さいが,顎の縁に肉厚の唇や頬があった可能性は高い.ウィトマーは現生カメ類ワニ類の鼻孔の構造と化石に残る血管のあとに基づいて,恐竜の鼻孔についてこれまでの復元より口に近い部分に鼻孔開口部があったと主張している.
  • 角竜に角質のクチバシがあったことはよく知られているが,角質が顎の後方まで覆っていたかクチバシの後方に頬があったのかは明らかではない.

 

第4章 恐竜の生態と行動

 
第4章は生態と行動.食性と採餌行動,歯の摩耗,獣脚類恐竜の前肢の使い道,消化器系の中身と糞石,歩行と走行,水中移動,生理機能(内温性),繁殖,子育て,性差,成長,群集が扱われている.

  • ティラノサウルウス類の歯は獣脚類の中でも格段に大きい.骨を突き破るのに適していたようだ.
  • デイノニクスの有名な鉤爪は長らく獲物の腹をえぐる武器だと考えられてきた.しかし実際にはこの鉤爪で獲物の腹を切り裂くのは難しく,獲物の恐竜にも簡単に切り裂くことが可能な部分はほとんどない.現生の猛禽類やフクロウと同じく,獲物を地面に押さえつけるために使っていた可能性が高い.
  • 建築物や航空機の構造解析に用いられてきた有限要素解析法が恐竜の頭蓋骨の構造解析に応用され,恐竜の採餌行動の理解が進んでいる.例えばバリオニクスの鼻面に沿って応力が伝達される様子はガビアルに似ており,スピノサウルス類が魚食だったという説を支持している.またティラノサウルス類の頭骨は大きな応力に耐えられることを示しており,骨を砕いていたという説を支持している.
  • ミクロラプトル類の復元模型の風洞実験で,滑空は可能だが滑空距離は短いということが示された.彼等は枝から枝へ滑空可能だったが,陸上生活を基本とする捕食獣であったようだ.

 

第5章 鳥類の起源

 
鳥類は恐竜なのだから,当然ながら恐竜の解説本でも主要なテーマとなるにふさわしい.ここではオストラム以降の鳥類=恐竜説の進展,恐竜の1グループとしてみた場合の鳥類の特徴,飛行の起源,いくつかの古代の鳥類の解説が置かれている.

  • アーケオプテリクスなどの初期恐竜は骨化した胸骨を欠いており,強力な羽ばたきはできず,おそらく飛行そのものができなかったと考えられる.また現生鳥類の骨化した胸骨はマニラプトル類の胸骨が起源ではなく,独立に進化したものだと考えられる.アーケオプテリクスはおそらくほとんどの時間を地面で過ごしていたのだろう.
  • 白亜紀のエナンティオニス類の鳥類化石では成長過程の卵細胞に見える組織が保存されているが,身体の片方にしか見られない.これは2本の卵管のうち1本のみを使用するという特徴が鳥類史の初期に進化したことを示唆している.
  • 飛行の起源にはいくつかの説(滑空,地上での高速助走,翼アシスト跳躍など)があるが,結論は出ていない.最近注目を集めているのは翼アシスト傾斜走行(WAIR)説だ.

 

第6章 大量絶滅とその後

 
第6章では大量絶滅説を扱う.著者たちは隕石衝突の単一原因説には与せずに,それ以前から火山活動による気候変動で衰退していたという複合要因シナリオ説に沿って解説を行っている.そして生き残った恐竜たちとして新生代以降の鳥類史と現生鳥類の多様性が解説されている.
 
以上が本書のあらましになる.勘所を押さえた端正な解説書で,わかりやすいイラストも多数掲載されている.何より最新の知見がバランス良く採り上げられており嬉しい.恐竜ファンとしてはとりあえず押さえておきたい一冊だろう.
 
 
関連書籍

原書

Dinosaurs: How they lived and evolved

Dinosaurs: How they lived and evolved


より詳しい教科書.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20150820/1440029130

 
同原書

Dinosaurs: A Concise Natural History

Dinosaurs: A Concise Natural History


シュリンク包装復元図に疑問を呈している古生物アート本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20171121/1511266243

*1:中には2017年のものもある.本書は2016年出版だが2018年のペーパーバック版に際して改訂があったのかもしれない.詳細は不明だ