日本鳥学会2019 公開シンポジウム「ペンギンを通して学ぶ生物の環境適応と生物多様性保全」

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今年の日本鳥学会は東京開催で,最終日(9月16日)にペンギンに関する公開シンポジウムがあると聞いて参加してきた.場所は北千住にある東京芸術センターの21階にある天空劇場.当日は小雨降る天気だったが,見晴らしの良いロビーの奥にあるあるなかなかゴージャスな会場だ.
 
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osj2019.ornithology.jp
 

趣旨説明:生物の環境適応と生物多様性保全 森貴久

最初の2講演が環境に対するペンギンの適応について,あとの2講演が環境が変わったことによりペンギンにどういう影響があるかについてのもので,最後に合わせて保全について考えたいという趣旨説明だった.なぜペンギンかについては,鳥類が冷たい海で飛行を捨てて生活しているので,強い適応への圧力があり,環境変化の影響が予測しやすいということ,そして人気者であり,学ぶのにいいという理由を挙げていた.
 

ペンギンと地球の6600万年史 安藤達郎

地球環境の変化に沿ったペンギンの進化史の講演.時代に沿って4つのテーマから解説された.

<ペンギンの誕生>

  • 最古の化石はニュージーランドから出た6000万年前のワイヌマペンギン.既に飛行能力を失っている.分子的にはオオミズナギドリとの分岐が白亜紀後期とされており,白亜紀後期から6000万年前のどこかでペンギンが誕生したことになる.
  • 適応段階としては(A)空を飛ぶ海鳥(B)潜水して採餌するようになる(C)飛行能力を失うという段階を踏んだと思われる.Cの飛行能力の喪失が真のペンギンの誕生と考えていいだろう.
  • それが生じたと考えられる地球史のイベントとしては白亜紀末の大量絶滅がある.ここで大型の海棲爬虫類が絶滅し,多くの大型のサメも絶滅している.これにより捕食圧,採餌を巡る競争圧力共に減少し,空を飛ぶ必要がなくなり,体重を増加させられるようになったのではないかと考えられる.

<ジャイアントペンギンの時代>

  • ここでペンギンは大型化する.化石が,最大のジャイアントペンギン(パラエエウディプテス・クレコウスキ,体長2メートル,115キロ),最古のジャイアントペンギン(クミマヌ・ビカイエ,体長1.7メートル,100キロ)などいろいろでていて,このジャイアントペンギンの時代はペンギン誕生の直後に始まり4000万年ほど続いたことがわかっている.その当時の地球気候は今より10℃ぐらい温暖だった.
  • ではこのペンギンの最大サイズを2メートルに制限していた要因は何か.競合生物との関係か,生理的な制限か,これは未解決だ.
  • ジャイアントペンギンは大いに栄えて分布域を広げ,多様化した.クチバシは現生ペンギンより細長く,採餌戦略が異なっていたことを示唆している.オキアミではなく魚類などを主に食べていたようだ.インカヤクの化石では羽毛の色がわかり,背中側が灰色,腹側が赤茶だったことがわかっている.また冷水への適応としての翼の対交流熱交換の仕組みもこの頃獲得したようだ.

 
<海洋環境の大変動とジャイアントペンギン時代の終焉>

  • ジャイアントペンギンの時代の温暖な海水温の時代は,漸新世の末期(3400万年前)に大陸移動により南極大陸が孤立し,南極海流が発生したことで海洋循環が大きく変化し,現代型の深層大循環が成立したことにより終わりを迎えた.これはグリーンハウスからアイスハウスへの変化と呼ばれる.
  • ペンギンにとっては深層まで海流が循環し栄養塩が舞い上がるようになって餌が変化したと思われる.ここでジャイアントペンギンは姿を消し,ムカシクジラも絶滅している.
  • この時期ペンギンは多様性を減少させ,ムカシクジラに取って代わったハクジラ類は多様性を大きく上昇させた.これは餌を巡る共同ではクジラ類に劣後したことを示している.

 
<現生ペンギンの出現>

  • 現生ペンギンの最古の化石は900万年前のものだ.化石と組み合わせた遺伝子の分析では分岐は1300万年前頃だと推定されている.
  • 南極半島周辺はペンギンの肥沃な三日月地帯と呼ばれていて,現生ペンギン類の起源地だと思われる.
  • アデリーペンギン属,コウテイペンギン属はそこから南極大陸の周辺域に分布を持ち,イワトビペンギン属とキガシラペンギン属は南極海周辺の小島に,そしてフンボルトペンギン属が南米大陸,アフリカ大陸に分布を移し,さらにそこからコガタペンギン属がオーストラリアへ移ったと思われる.
  • 中新世の中頃に鰭脚類が北半球から南半球に分布を広げてきて,ペンギンと餌と繁殖地を巡る競争関係に入った.ペンギンはより小型の餌に特化し,オキアミを主に食べるようになったと思われる.

 
ジャイアントペンギンがかつて存在していたという話は聞いていたが,こうやって進化史を解説されると大変楽しい.充実した講演だった.
 

水中環境に適応したペンギンの行動・形態的特徴 佐藤克文

 
水中生物のバイオロギングの第一人者佐藤克文による講演.

  • 日本の水中生物のバイオロギングの歴史は内藤によるキタゾウアザラシの潜水記録に始まる.アザラシの潜水時間は平均20分,最長62分,最新1250メートルなどがわかった.
  • 私はそれに続き,アオウミガメ,マンボウ,イタチザメ,ペンギンなどを調べてきた.
  • 最初に気づいたのは彼等の遊泳は必ずしも採餌行動と一致していないということだった.
  • これに関連して,いつも泳ぐのより,最初は重力で沈降し,浮かび上がるときにだけ遊泳した方がエネルギー節約的だという説があり,鳥の間欠羽ばたき飛行との収斂だというリサーチも出て,支持者が多かった.
  • しかしそれは納得できない.水平に移動するよりわざわざ坂道を下ってから,登る方がエネルギー節約的なはずがないではないか.
  • ということで調べてみた.アザラシに浮きや重りを付けて遊泳させてロギングする.わかったことは彼等は浮力があるとき,重りがあるとき,中性浮力の時に泳ぎ方を変えるということだ.そして中性浮力が最もエネルギー節約的であることもわかった.実際にアザラシは潜る直前に息を吐き出して中性浮力にする.
  • するとここでパズルが生じる.ペンギンの泳ぎを解析すると餌取りに潜ったあと最後は羽ばたかずに浮力を用いて上昇している.そして実はペンギンは潜る直前に息は吸い込んでいるようなのだ.なぜペンギンはエネルギーロスになるようなことをするのだろうか.
  • どのように身体に酸素を貯めているかを調べると,哺乳類は血液や筋肉にため込み肺には貯めないのに対して,ペンギンはかなりの部分を肺に貯めている.
  • これを説明するために,遊泳のエネルギーコストに,生理的な代謝コストを合わせて考察してみた.すると遊泳コストは確かに息を吸い込んだ方が上がるが,息を吸わずに潜ると一定以上の潜水を行うには不足することがわかった.この代謝エネルギー不足は身体の大きさに大きく依存する.ペンギンは海棲哺乳類に比べて小さいので,深く潜るためにはエネルギー的ロスを負っても息を吸う必要があるということだ.これは貧乏人は何かするには利息を払っても借金せざるを得ないことに似ている.

 
ストーリーが明確で楽しい講演だった.
 
佐藤によるバイオロギング本.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/20071117/1195289971https://shorebird.hatenablog.com/entry/20110326/1301100541

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

ペンギンもクジラも秒速2メートルで泳ぐ―ハイテク海洋動物学への招待 (光文社新書)

巨大翼竜は飛べたのか?スケールと行動の動物学 (平凡社新書)

巨大翼竜は飛べたのか?スケールと行動の動物学 (平凡社新書)

 
ここで一旦休憩.当日資料としてこのペンギン特集が掲載された「遺伝」が配られた.なかなか素晴らしい.

 

気候変動がペンギンに与える影響 高橋晃周


気候変動がペンギンに与える影響を,ペンギン類全体についてとアデリーペンギンについて解説する講演.

  • 現在までペンギン18種のうち13種で気候変動の影響が観測されている.(残りも深くリサーチされていないだけで影響はあると思われる)
  • 直接的には気温変化によるストレス,雨風による衰弱,海氷減少による営巣地の減少などがある.間接的には餌不足がある.直接的影響はそれぞれ3種,3種,2種で生じていることが報告され,間接的影響は13種の報告がある.(それぞれ個別の例が解説される)

 

  • アデリーペンギンは南極大陸周縁部に生息し,379万つがいが生息していると推定されている.そして世界各国の南極基地がこれを観測している.
  • 南極半島周辺では50年間に気温が2.7度上昇しており(地球平均の倍),パーマー基地ではアデリーペンギンが80%減少したことが観測されている.これは海氷の張り出しが減少し,氷の裏につくアイスアルジーが減少してオキアミの生産量が下がったことに由来すると考えられる.
  • しかし南極の東海岸では逆に個体数が増加し,南極半島の減少を補っている.ここでは50年間で気温があまり変化していない.海氷の張り出しは減少しているが,個体数との相関は半島とは逆で,むしろ海氷が少ない方が,潜れる場所が増えるということがあるからだと思われる.
  • 影響には未解決の問題が多い.

 
アデリーペンギンの個別の話はなかなか面白かった.いろいろ一筋縄ではいかないようだ.
 

人為活動がペンギンに与える影響 山本誉士

 

  • 現在ペンギン18種のうち11種が絶滅危惧種,2種が準絶滅危惧種になっている.これには人為的な影響が大きい.
  • 繁殖地での人為的攪乱:人がそばにいると心拍数が上がる.家畜の持ち込みにより草がなくなり営巣地として不適になったり,イヌやネコによる捕食の問題が生じる
  • 漁業活動による影響:漁網漁具による損傷,乱獲による餌減少がある.
  • 性比の歪みによる影響:ケープペンギンはオスとメスで餌場が異なり,片方に負荷がかかるとモノガミー種なので,全体数の減少以上の影響が出る.
  • 不適応行動の誘発:進化適応した環境が変化することにより適応行動が不適応になる.ケープペンギンは西側の採餌場所の餌条件が悪くなり成鳥は東側に移動しているが,若鳥は遺伝プログラムにしたがって西側に行ってしまうという報告がある.
  • ペンギンが絶滅したら何が起こるのだろう.それはあとのパネルディスカッションで議論して欲しい.

 
いろいろなことが悪影響を与えていることがわかる.ケープペンギンの話はいろいろ面白かった.
 

総合討論

 
まずフロアから質問に答える.さすがに鳥学会の公開シンポジウムだけあって深い質問が多かった

Q:ジャイアントペンギンが多様化したということだったが,現生ペンギンと比べてどうなのか

A:全部が化石になるわけではないので正確には比べようがない.分布の大きさ,最大サイズなどから今より多様性が高かったと思われる.
 
Q:グリーンハウス時期になぜペンギンは北半球に広がれなかったのか

A:分布域はその海域の生産性により決まる.グリーンハウス時期には今より低緯度でペンギンが生息できたが,それでもどこかに低生産性のバリアがあったのだろうと思われる.
 
Q:羽毛の中にも空気がため込めると思われるがどうか

A:羽毛の空気も調べた.潜水開始後大体3分で泡が出なくなるので,ほとんどなくなると思われる.若干残っていたとしても基本的な結論は動かない.
 
Q:ペンギンは空気が血液に溶け込む潜水病の問題をどう解決しているのか

A:実はアザラシが空気を吐いてから潜水するのは血液に窒素が溶け込む潜水病にならないための適応的行動だと実に美しく説明されていた.しかしペンギンが息を吸い込むことがわかって,これは再考を迫られている.実際にペンギンがどうやって潜水病の問題を生理的に解決しているかについてはわかっていない.
 
Q:気嚢の存在は議論に影響しないのか

A:ペンギンにも気嚢はある.気嚢の中の酸素を調べたこともある.潜水中にどんどん下がっていってエネルギー生産に使われていることがわかった.(肺と気嚢をセットで考えると)あまり議論には影響しないと思う.とはいえよく考察してみたい.
 
Q:ケープペンギンの幼鳥が西に向かうのは遺伝的行動だということだが,エビデンスはあるのか

A:これは基本的に幼鳥の渡り行動と同じ議論.親と一緒に渡る鳥は学習かもしれない.しかし巣立ち後親と離れて独自に渡るのは遺伝的プログラムと考えられる.新潟のオオミズナギドリは太平洋に出るために親鳥は津軽海峡に回るのに対して,幼鳥は本州の山脈を越えてまっすぐ南に向かう.南に向かう遺伝的プログタムがあると考えられている.ケープペンギンもそういう意味で遺伝的と考えられる.ただし確かめる必要はある.
 
ここでコメンテイターで日本ペンギン会議の上田一生から報告
 

  • 今年2019年に3年ごとに開かれる国際ペンギン会議が開かれた.年々参加者が増えており,400人規模になっている.
  • ケープペンギンとアデリーペンギンで鳥インフル感染死が報告された.
  • 講演にあったようにケープペンギンは営巣地を東に移そうとしているように見える.しかし東側には(西にはいない)ヒヒ,ヒョウ,ハイエナが生息し,この捕食圧がどう影響を与えるかが注目されている.
  • ジェンツーペンギンは水中で鳴き声を出していることがわかった.意味については解析中.

 
総合討議として「ペンギンがいなくなったらどうなるか」がお題として与えられて,各講演者がコメント
 
森:生態系としては誰かが取って代わるだろう.水鳥はそこまで特殊化していないので海棲哺乳類になるのではないか.保全に関していうと,保護区が設定されているが,ペンギンの場合採餌場所は保護区外になる.その場合保護の効果がうまく出ないことがある.
 
安藤:誰が取って代わるかだが,翼は水中遊泳にすぐ用いることができる.鳥も候補に入れていいと思う.保全については,生態系のネットワークから考えるべきだと思っている.
 
高橋:ペンギンは営巣場に糞をすることにより,陸上生態系にも影響を与えている.絶滅するとそこに影響するだろう.保全についていえば,極地域のペンギンは温暖化の影響を受けつつもしぶとく残ると思う.それ以外のペンギンは危ない.人為的影響をできるだけ抑えることが重要だと思う.
 
上田:最後に国際ペンギン会議のロイド・デービスの言葉を紹介したい.それは「ペンギンは地球にとっての探鉱のカナリアだ」というものだ.海洋,地球全体の環境変化を我々に教えてくれる.保全してその動向を見守ることは人類の存続にとっても重要だと思う.

最後に討議についてフロアのコメントを求める

コメント1:ペンギンが絶滅すると,餌としているヒョウアザラシやシャチに影響が出るのではないか
 
コメント2:「日本のライチョウは温暖化の影響により2050年で消滅するだろう」というような予測がペンギンにはあるのか

A:ペンギンはライチョウと違って海を移動できるので,そういう単純な絶滅予測はない.コウテイペンギンについて2100年で4割の繁殖地が失われるだろうという予測はある.
 
コメント3:ペンギンがいなくなると研究者が困る.そして寂しくなる.観光資源として利用されているのでそういう影響もある.特殊な進化適応をしている生物として是非存続して欲しい.

A(兼締めのコメント):19世紀に北半球のペンギンとよばれることもあるオオウミガラスが絶滅した.之が今日の保全活動の始まる1つのきっかけにもなっている.今回のシンポジウムがそういう議論につながることを期待したい.
 
 
以上が公開シンポジウムのあらましだ.2時間半ペンギン漬けになることができ,大変楽しかった.
 
 
これは講演会後北千住で食したチャーシュー丼
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