Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その1

Animal Behavior

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オルコックとルーベンスタインによる行動生態学の教科書「Animal Behavior」の邦訳について書評を書いたが,そこで触れたように,この日本語版は底本にInternational版が使われており,ヒトを扱った第14章が訳されていない.私としては最も興味のあるところなので,原書も手に入れて読んでみた.なお,この版元(Oxford University Press)のUS以外はInternational版のみしか流通させたくないという意向はアマゾンの取り扱いにも反映されていて,amazon.co.jpを検索してもInternational版しかでてこない*1.しかしamazon.comからの直接取り寄せは可能であり,何とか入手できた.以下レビューしてみたい.
 

第14章 ヒトの行動

 
扉の部分の写真には北方民族の集団移動(おそらくトナカイの遊牧に伴うもの)の様子が描かれている.ヒトを生態的に見た場合の大きな特徴の1つは多様な気候条件に順応して全世界に広く分布しているということになり,そこを強調しているのかと思われる.
 
導入部分でヒトも他の動物と同じように研究できることが改めて述べられ,ここでは特にコミュニケーションと配偶戦略の2点に絞って取り扱うことが予告されている.
 

  • 本書で議論されてきたのと同じ進化プロセスがヒトの進化においても当てはまる.つまりヒトも他の動物と同じなのだ.もちろんヒトには独特で素晴らしい特徴があるが,それはショウジョウバエでもサイでも同じだ.この最終章ではヒトを扱う.
  • ヒトは進化史を持つ生物であり,他の動物と同じように祖先種から至近的メカニズムを引き継ぎ,適応的に行動できるように変容させている.
  • もちろんヒトのリサーチには論争がつきものだ.ここでは行動生態学者と進化心理学者がヒトを至近因と究極因の観点からどう調べてきたのかを取り扱う.このテーマでは簡単に一冊の本が書けるだろう.だからここではコミュニケーションと繁殖にフォーカスをあてる.最後に本書で扱った行動進化理論が人々の人生を向上させるためにどう役立つかを議論したい.

 
ここで研究の倫理的な問題を扱うボックスコラムがおかれている.
 

BOX 14.1 ヒトや動物についての倫理的研究

 

  • 本書を通してヒトを含む多様な動物の研究を見てきた.あなたはその背景の倫理的な問題が気になったかもしれない.たとえば渡り鳥のルートを知りたいからといって彼らにGPS装置を付けるのはどうなのか,マウスの飢餓実験の食餌量を決めるのは誰か,大学のキャンパスで学生の性的好みについてアンケートをとるのを許可したのは誰かなどだ.
  • ここ数十年の間に動物実験を取り巻く状況は劇的に厳しくなった.今日アメリカ(そしてほとんどの先進国)の脊椎動物リサーチは事前に倫理的ガイドラインが守られているかどうかについて学内の倫理委員会のレビューを受ける必要がある.おそらく今の時代の研究者が(ケロッグが1930年代にやったような)若いチンパンジーを自分の子供と一緒に育てる実験を許されることはないだろう.そもそも倫理委員会の承認がなければ政府関係の研究予算を獲得することもできない.
  • ヒトの研究の場合この委員会はInstitutional Review Boardであり,(ヒト以外の)脊椎動物の研究の場合はInstitutional Animal Care and Use Committeeだ.委員会は経験ある科学者で構成されるが,少なくとも1人は法律家などの外部の人間である必要がある.
  • 委員会はリサーチのプロトコルをレビューし,潜在的な危険や害がないか評価し,リスク利益分析を行い.リサーチがプラン通り行われるべきかどうか決定する.委員会はヒトや脊椎動物の権利の守り手になる.このようにして今日行われるリサーチは事前に倫理基準に合格したものだけになっている.
  • 関連する問題にリサーチの適法性がある.結局のところ科学者は(よその国で)きままに生物種やその環境を破壊して,自国に帰って名を上げるようなことはできない.リサーチの適法性についての基準や規制(収集してもよい標本とか行ってよいアンケートとか)は国によってさまざまだ.これらについてはいくつかのサイトで知ることができる.研究者はこれらについて個別に調べて個別に必要な許可をとることになる.倫理問題ほど厳しく扱われていないし正式の委員会もないが,結局のところ学術誌は研究者が必要な許可をとっていなければ論文を掲載しない.
  • 最終的にはリサーチの倫理問題と法的問題をクリアするのは研究者の責任ということになる.そして多くの研究者はこれにまじめに取り組んでいる.

ここ数十年で取り巻く状況が非常に厳しくなったというのは著者たちの実感なのだろう.これは道徳基準が時代とともに変容していった結果ということになるだろう.
ここでヒトとその他の脊椎動物について委員会が別れているのは興味深い.どちらも倫理的な判断なのだが,後者はどのような動物にどこまでの保護を考えるかという部分が難しく,前者はヒトについてどのように判断するかについて宗教やイデオロギーや政治の問題がからむからということなのだろうか.

やや深い問題についてはここでは簡単に流されていて,脊椎動物以外ではどうなっているのか,イデオロギー的で目的達成のためには暴力も辞さないような動物愛護運動とのかかわり方などには触れられていない.とりあえず未来の研究者に対して最小限の注意を与えておくというスタンスで書かれているようだ.

*1:カバー絵もInternational版になっている.ただここでトリッキーなのは商品の詳細説明にUS版をそのまま使っているようで目次を見ると第14章があるように見えるところだ.しかし実際に入手できるのは第14章のないInternational版ということになる.なお後でわかったことだが,直接ISBNからいくとamazon.co.jpからもUS版のページに行けるようだ.