Animal Behavior 11th edition Chapter 14 その2

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第14章 ヒトの行動 その2

 
序論とリサーチの倫理問題と法的問題の後で,最初のトピックであるヒトのコミュニケーションが議論されている.当然ながらフォーカスされるのは「言語」の問題だ.
 

コミュニケーション

  • ヒトは非常に社会的な生物だ.社会的生物は情報をやりとりしたり,グループや配偶相手や血縁個体を認識するために複雑なコミュニケーションシステムを必要とする.ヒトはそのために非常に複雑な言語を用いる.私たちは,意味のある文を作り,それを理解するためのルール(文法)を若い時期に無意識的に獲得する.
  • ではこの言語能力はどこから来たのか? この問題に答えるにはまずそれがいつ起こったのかが問題になる.これは論争のある問題で,主張されている年代には2百万年前から5万年前までの幅がある.そしてこれに迫るには,発達と系統,神経メカニズム,適応価などいくつかのアプローチがある.

 
通常の行動生態学的なアプローチだとまず言語の適応価を考えたくなるが,本書では統合的アプローチを標榜していることもあり,進化史へのフォーカスから議論されることになる.
 

ヒトの言語の発達と進化史

 

  • 祖先的な言語がホモ属の絶滅種にあっただろうか.これを探索する1つの方法はチンパンジーに言語のなんらかの要素が見られるのかを調べることだ.(チンパンジーにヒト語を教えようとした初期の試みとその失敗,チンパンジーの声道の構造は多彩な声を出すことが不可能であることがわかったこと,声を使わない試み(図形やサイン言語)はある程度の成果があったことが解説されている)

 
チンパンジーやボノボに言語を習得させようとしたリサーチは20世紀の後半にかなり蓄積されている.本書では学説史的に振り返っている.
 

  • 一部の研究者はチンパンジーに初歩的な言語能力があると主張しているが,この主張には問題が多い.またチンパンジーがなんらかの文法ルールを獲得できるかについても論争となっている.
  • いずれにせよヒトとチンパンジーの間には大きなギャップがあるのは間違いない.600万年前に分岐して以降ヒト系統はコミュニケーションについてチンパンジー系統と全く異なる淘汰圧の元にあったのは明らかだ.

 
類人猿のプロト言語能力については定義も含めて論争中で,なお明確な答えはないが,ヒトの言語の進化史を考える上では,そこに大きなギャップがあることが確認できれば「ヒト属において独自の淘汰圧から言語が進化した」ということができるということになる.ではチンパンジーとの分岐後いつごろどのように言語が進化したのかというのが次の問題になる. 
 

  • 初期人類は少なくとも250万年前にはハンドアックスを作ることができた.一部の学者は言語が効率的な道具作りに役立ったと考えている(技術仮説).(道具作りのためには模倣やジェスチャーによる教示より言語による教示の方が有効だということを示した実験,道具作りをしているときと言語を発話しているときの脳活性部位が似ているという観察報告が紹介されている)
  • 上記の結果は技術仮説と整合的ではあるが,言語は発話なくとも可能だということには注意が必要だ.実際に比較ゲノム解析によるとヒトの発話言語は(道具作りより)はるかに新しく進化したことを示している.

 
ここで,言語の究極因仮説のうち道具作りに有利だからという技術仮説のみが取り上げられている.対立仮説も含め究極因については別途まとめて議論されているので,ここでこの話だけ取り出されているのはやや奇異に感じる.ハンドアックスが考古学資料としてあるので,年代推定がある程度できるからということだろう.
そして議論は言語の遺伝的基盤に移り,一時一世を風靡したFOXP2遺伝子が取り上げられている.
 

  • 言語の遺伝基盤の研究はFOXP2の発見と共に始まった.FOXP2が何かしら言語能力と関わりがあることが明らかだが,この遺伝子はチンパンジーやゴリラにも,さらにはカエルや魚やネズミにも,そしてさえずり学習する鳴鳥類にもある.だからこの遺伝子の起源は極めて古い.あるいはこの遺伝子は鳴鳥とヒトでさえずり学習や言語のためにそれぞれ独立に修正をうけているのかもしれない.

 
ここでこのFOXP2遺伝子についてのいくつかの知見がまとめて解説されている.ネアンデルターレンシスのFOXP2とサピエンスのFOXP2が(チンパンジーと比べて)同じような変異を持っているので,ヒトの発話言語の起源は3~40万年前にさかのぼるだろうこと,さらにこの両種のFOXP2遺伝子には違いがあり,それは分岐以降両種に異なる淘汰圧がかかったためだろうこと,これは古い遺伝子を新しい適応に利用するという生物によく見られる現象であることなどが説明されている.
ということで著者はここでFOXP2遺伝子の解析から言語の起源は数百万年前よりもはるかに新しいと結論づけている.言語のある側面に影響を与えているに過ぎない1つの遺伝子だけで議論するのもやや乱暴だし,そもそもチンパンジーとの分岐時にあったプロト言語からどこまで変化すれば言語といっていいのかの定義も明確ではなく,(進化史を再構成するのは非常に難しいという事情があるとはいえ)やや粗雑な印象だ.
 

  • 最後に,言語は(その他の行動傾向と同じく)遺伝だけで決まるわけではないことに注意が必要だ.言語能力にかかる脳部位は遺伝と環境の相互作用の中で発達する.子どもは自分の周りで話されている特定言語を母語として習得するのだ.

 
進化史的には新しいとして,次に発達の問題が扱われることになる.